ナガオクミ『まばたき』
2021-11-18

神戸拠点のシンガーソングライターの新作。
小泉今日子の「サヨナララ」(1998年の『KYO→』に収録)のソングライターとして知られ、
2000年代初頭からいくつかの形態で作品発表とライヴを続けているが、
これは“KUMI”名義も含むソロ4作目で8年ぶりのリリースとなる5曲入りである。
セルフ・プロデュースで、
尾方伯郎(Minuano)が全曲の編曲と歌詞のない2曲の作曲、様々な楽器の演奏を手掛けている。
全体的には尾方がプレイする鍵盤楽器の音に包まれているが、
歌詞が“躍る”2~4曲目はエレクトリック・ベースの音が鍵を握る仕上がりだ。
中低音が目立つバランスのミックスもポイントで、
耳にやさしい質感のモダンな音作りで仕上げられている。
全5曲で計約11分というヴォリュームだが、
シングルではなくEPと呼びたいCDだ。
1曲目がいわゆるリード・トラックではなくイントロダクション的な曲で、
CD全体の流れがしっかりした構成だからである。
曲間はほとんどなく、いつまにか次の曲に移っている感じで、
全5曲が1曲にも聞こえる。
歌が前に出すぎてない作りも相まってセリフに頼らない物語のようでもあり、
ちょっとしたラヴ・ストーリーもイメージできる純な人間ドラマの短編映画みたいな作品だ。
オープニングの「僕は月を追いかける」はピアノとリズム・プログラミングのインスト。
しっとりミニマルな小曲である。
2曲目の「わたしの青空」は僕にとってシティ・ポップど真ん中。
70年代後半の米国のAORの匂いもちょい漂う音で、
シュガーベイブの香りも漂ってくる。
アコースティック/エレクトリック・ギター、エレクトリック・ベース、ドラムス、チェロ、
ヴァイオリン、ヴィオラ、テナー・サックス、トランペット、フリューゲルホルン、トロンボーン、
フェンダー・ローズ、ピアノ、シンセサイザー、バー・チャイムを11人が演奏。
でもシンプルに聞こえるし、
スウィングする歌とサウンドが共振して溶け合っている。
3曲めの「恋」は1979年のアルバム『Feelin' Summer』あたりの太田裕美も思い起こす音。
これまたシティ・ポップと言えそうだが、
これまたグルーヴィな音が気持ちいい。
こちらはホーンやヴァイオリン等が入らない5人による演奏で、
バックグラウンド・ヴォーカルも高得点である。
4曲目の「ごはん」は3人のバンド演奏のシンプルな音でゆったり歩み、
まもなくシンセサイザーがリードするゴージャスなアレンジで引きこんでいく
ミニマルなテクスチャーながらこれまたシティ・ポップと言えそうだが、
童謡のような人なつこいメロディもナガオクミの魅力だ。
エンディング・ナンバーの「花は君に問いかける」は、
ドラムス、ピアノ、クラヴィネット、エレクトリック・ベースを2人が演奏。
バート・バカラックを思い出すソフト・ロック調の佇まいで、
言葉無く次々と解き放つ声の重ねも魅惑的な反復の佳曲である。
70~80年代の歌謡曲をリアル・タイムで体験したナガオクミならではの、
やさしい日本のポップスだ。
やや高い声域を活かしたナチュラルな初々しい歌唱で、
おくゆかしく粋なポップスである。
彼女のCDのジャケット色はショッキングピンクが多かったが、
今回は薄いピンク色。
淡い気持ちをさりげなく描いたこの作品にピッタリである。
さらに初めて自分自身の写真を表ジャケットに使い、
そこはかとなく自信が感じられる。
ナガオクミにしかできない“はかなくもポップ”な佳作だ。
それにしても『まばたき』、素敵なタイトルではないか。
★ナガオクミ『まばたき』(Hanapira HP-0007)CD
4ページのブックレットが薄手のプラケースに封入された約11分5曲入り。
実際のジャケットの色は↑の画像よりも全体的にピンク寄りです。
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青木マリ『SHORT FILMS』
2021-08-28

1970年東京都豊島区生まれのシンガーソングライターの青木マリが
2年ぶりにリリースした実質7作目のフル・アルバム。
これまでバンドやユニットの形態でも作品を発表してき人だが、
今回は彼女の原点といえるギター弾き語りの独演盤である。
ギター弾き語りといっても、
グレッチのエレクトリック・ギターがメインの弾き語りだ。
昨年7月から今年2月までに宅録し、
オーヴァーダビング無し。
“青木マリが部屋に来て目の前で歌っているかのような音作りを目指した”というが、
まさにこれまでのアルバム以上に歌っている息が吹きかかってきそうなほど
生々しい仕上がりである。
エレキの鳴りも空気と弦の震えが伝わってくるほどだ。
やわらかく太い響きでミニマルなギター・ワークからシンプルなフレーズを紡ぎ出し、
やさしく研ぎ澄まされた小音からストロングな歌心がこぼれ落ちて癒される。
今回のCDは、
デビュー・アルバム『違う!』をリリースした年でもある1996年から
昨年までの間に書いたアルバム初収録の曲がセレクトされている。
ラヴ・ストーリー中心の8本の短編映画で一つの物語を構成したような流れだ。
2000年代までの青木マリのアルバムには煩悩を秘めたクールな“攻めの曲”も目立ったが、
背中合わせでその当時からラヴソングもけっこうやっていたとも思わされ、
まっすぐな気持ちにブレのない人だと再認識する。
もちろんヴォーカルも“生”。
まっさらだ。
まさに“肉声”で、
すっぴん具合が今回際立つ。
純愛がイメージできる歌が多いためか、
曲によってはかわいくて色っぽくもある。
ますます気負いが薄れて突き抜けている。
ほとんどの曲のテンポがほぼ同じで、
あまり昔から変わってない。
そもそも、わざとらしく急ぐ必要はない。
ゆったりしたこれが青木マリのリズム。
語りかけるようなヴォーカルとギターのコンビネーションにR&Bやジャズも感じさせ、
70年代までのジョニ・ミッチェルも頭をよぎる。
彼女も社会や世相、国際状況について思うことはあろうが、
いわゆるメッセージ・ソングとは一味違う歌にしか持ち得ない無限の力が静かに湧き上がる。
SNS等での騒々しい“内向きネガティヴ・キャンペーン”とは別次元で、
プライヴェイト・ソングに留まらず外に向かう普遍的な肯定の歌が静かに屹立する。
すがすがしくてたまらない。
歌詞も素晴らしいが、
歌声とギターにウソがないから日本語がわからない外国にも響くこと間違い無し。
たおやかに包容していく佳作だ。
★青木マリ『SHORT FILMS』(Tamatasa TMTS-003)CD
二つ折りペーパー・スリーヴ仕様の約38分8曲入り。
歌詞が載ったインサート封入。
8月29日(日)発売。
ベニシア・スタンリー・スミス(Venetia Stanley Smith)『音楽という贈り物』
2020-01-23

NHKの『猫のしっぽ カエルの手』や諸出版物で知られるハーブ関係の園芸家で
今年70才になる英国生まれ京都在住の、
ベニシア・スタンリー・スミス(ヴォーカル/ヴォイス)の5曲入りCD。
2010年代前半にくるりのメンバーだった吉田省念(ギター、チェロ)、
元・渋さ知らズの横山ちひろ(ピアノ、トイ・ピアノ、アレンジ、共同プロデュース)、
今井春子(ピアノ)らが参加している。
今回のリリースは、
京都の銀閣寺か百万遍の喫茶店で40年前に出会った発売レーベルの主宰者に、
彼女が「録音したい」と言ってきたのがきっかけだったという。
これがまた、なかなかの作品だ。
十代の頃にロンドンでフォーク・グループを結成していたそうだが、
全編ほとんど無意識のうちにアシッド・フォークになったような空気感に包まれている。
もちろんもっと“ちゃんと”歌っているが、
誤解を恐れずに言えばSHAGGSを思い出すほどで、
混じりっ気無しの純そのものの歌だからこその静かなるパワーに覆われている。
もちろん人生のダシもたっぷり染みている歌声だ。
ドノヴァンの曲でジョーン・バエズのヴァージョンでも知られるの「Colors」のカヴァーが
オープニング・ナンバー。
60年代のマリアンヌ・フェイスフルの曲を
80年代のマリアンヌ・フェイスフルが歌っているかのようだ。
2曲目はCARPENTERSで知られる有名曲「Sing」を日本語でも唄い、
3曲目はピアノと語りの曲「音楽という贈り物」。
4曲目は自身の作詞・作曲のオリジナル曲「風に舞う」で、
後半は京都大原学院の子どもたちの合唱が日本語でリードする強力な仕上がりだ。
Simon & Garfunkelでお馴染みのラスト・ナンバー「Scarborough Fair」も生々しい。
素朴な歌い口がヤバい。
やっぱり声にポーズ付けて歌ってない“すっぴん”だからこそ、
研ぎ澄まされた内なるマグマの静かな息遣いに包まれているのだ。
本人もレーベルも本意じゃなかろうが、
カルト作品になりそうな一枚。
★ベニシア・スタンリー・スミス(Venetia Stanley Smith)『音楽という贈り物』(地底 B90F)CD
セルフ・ライナーが封入されたデジパック仕様の17分強の5曲入り。
黒岩あすかと夜『黎明』
2019-07-26

大阪生まれのシンガーソングライターの黒岩あすかが、
『光与影』と同時リリースしたセカンド・アルバム。
こちらは去年の7月から始めたバンド編成でのレコーディングだ。
メンバーは、
黒岩あすか(g、vo)、
須原敬三(b~ギューンカセット主宰者、サイケ奉行 etc)、
澤野祥三(g~ウンラヌ、魚雷魚、したっぱ親分、NEOJAPANESE)、
秋葉慎一郎(ds~ACID EATER、AYM、ayathmo、OZ、Instant Karma!、ウンラヌ etc)
である。
ファーストの『晩安』や『光与影』にも収録した曲がほとんどだが、
他の演奏者とのバンドならではのケミストリーで長めにリメイクしている。
8分前後の2曲、13分弱の1曲、10分弱の1曲を含む約48分6曲入りのヴォリュームながら、
音のフックだらけで取っつきやすく一気に聴かせるちからがある。
須原をはじめとするバンド・メンバーの黒岩に対する慈しみ溢れる演奏で、
黒岩ならではの“こわれもの”の静謐な佇まいにエレクトリックな響きを絶妙にブレンド。
たおやかに研ぎ澄まされたサイレントな歌とサウンドに覚醒される。
長めの曲は轟音寸前のダイナミックな演奏も際立つが、
日本語の繊細な語感を活かしたデリケイト極まりないヴォーカルが入るところは黒岩の声に寄り添う。
どんな曲でもミニマルかつリリカルな黒岩のギターがゆっくりとリードして引き締めている。
と同時に息を吐くような“生”の黒岩の肉声は、
バンドの音に包まれて“ウィスパー・ヴォイス”と言いたくなるポップ感も醸し出している。
すべての響きからから“黎明”の歌心がひっそりと湧き上がり、
優美なサイケデリック・ロックの新たな名盤とも言い切りたい絶品だ。
ライヴが観たくなる。
★黒岩あすかと夜『黎明』(ギューンカセット CD95-80)CD
手書き書体で歌詞と作品クレジット
(担当パートの名前は各々の自身のものと思しき手書き書体で記されている)が綴られた、
8ページのブックレット封入の48分強の6曲入り。
黒岩あすか『光与影』
2019-07-25

1996年2月10日大阪生まれのシンガーソングライターの黒岩あすかが、
『晩安』以来の約2年ぶりのセカンド・アルバムを2枚に分けてリリースしている。
本作はそのうちの一つの独演盤だ。
2015年にクラシック・ギター弾き語りを始めた人だが、
そのスタイルに留まらない10曲が呼吸をしている。
自作自演歌手というだけでなく、
さらに演奏者としても作曲家としてもささやかな魅力いっぱいのCDなのだ。
今回はピアノとギターをほぼ半々の割合で弾き、
弾き語りとインストがほぼ半々の割合でアルバムを構成している。
ゆっくりと、ゆっくりと、すべてが、生々しく、静かな、“歌”である。
こわれもののようで、
おくゆかしく力強い。
6分台の2曲も一気に聴かせる吸引力がある。
ピアノ/ギター弾き語りは息をするような歌唱で、
やっぱりやっとのことで声を出している感じに聞こえ、
耳を傾けている方が息を吞むほどだ。
インストの演奏もミニマルで、
ギターのインストは揺らぎ切なく、
ピアノのインストは目が覚めるほど凛としている。
インストかと思いきや終盤に語りが入る曲では、
彼女にしては饒舌な表現が躍る。
飾りは要らない
歌詞も簡潔だが、彼女の音楽のイメージが伝わってくる曲名も、
「渦」「漂泊の城」「夏」「洞窟」「日常」「風花」「温和」「影」「季節」「光」
といった具合にほとんどが一つの言葉。
“さんずい”の部首の漢字を含む曲名が半数近くを占めるのも興味深い。
ファーストの曲名も“水”に関連する曲名が多かったが、
今回は、より透明で、深く、広く、
そして大きい。
もちろんいかにもの前向きな歌詞ではないが、
ヴォーカルとピアノとギターの肯定の響きに包まれている。
曲によっては聖歌にも聞こえる。
つつましやかで、
“出来合いのエモーショナル”から限りなく遠く生のまま。
やっぱり一度耳にしたら一生忘れない音楽だ。
★黒岩あすか『光与影』(ギューンカセット CD95-79)CD
黒岩の手書き書体で歌詞とクレジットが綴られた8ページのブックレット封入の
約40分10曲入り。