なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『軍中楽園』

main_20180428213822b24.jpg


台湾が中国と激しく対立していた時代に設けた“娼館”を中心に描かれる2014年の台湾映画。
激動の時代に運命に翻弄される男と女の悲哀を描く長編人間ドラマの佳作である。
監督、脚本、エグゼクティブ・プロデューサーは、
『モンガに散る』(2010年)で知られるニウ・チェンザーだ。

sub7_20180428213907eb6.jpg

時は1969年。
台湾の青年兵ルオ・バオタイは、
台湾から距離があって中国大陸に近い金門島のエリート部隊に配属される。
だがカナヅチゆえに最前線の兵士としては役に立たず、
故郷に将来を約束した恋人がいる童貞ゆえに女たちに手を出す心配がないと目され、
金門島内の“特約茶室”で働くことになる。
そこは最前線の軍人用の“慰安所”で、
当時台湾の軍人は結婚を禁止されて島民の女性に対する兵士の暴行の多発等を契機に設置され、
台湾の民間の募集拠点を通じて募集して書類選考で合格した台湾出身の女性が送り込まれていた。

軍人が買ったチケット報酬が女性たちに与えられる形だから、
現代のいわゆる風俗に近い公娼とも言える。
でも機密保持が大切な軍関係の施設であり女性たちは部屋を離れてはならず、
外の世界で楽しむ日は基本的に小中学校の遠足のような集団行動で、
問題のある女性はルオのような立場の男が手錠でつないで管理されていた。

sub4_20180428213827a89.jpg

様々な事情を抱えて働いている女性たちの過去にはあまり言及されてないが、
男女の掘り下げ方に差があることが
この施設の女性たちのポジションを象徴していると解釈もできよう。
結論を押しつけたり白黒つけたがる映画も多い中で、
あまり説明しすぎずに観る人のイマジネーションにゆだねているようにも感じられる。
なぜ主人公が初体験寸前でやめたのか?などなど
ぼかすことで人物の気持ちや背景を想像したくなるのだ。

映画の中で扱っているメインの期間は数か月と思われるが、
トータル133分の中に様々な人間模様が盛り込まれている。
ストーリーの核は3組の男女関係だ。

sub5_2018042821382412d.jpg

砲撃が降り注ぐ序盤以外に“紛争中”であることを思い知らされるシーンはほとんどない。
ただ軍隊組織のいくつかの断面は描かれている。
閉鎖的な中での先輩の陰湿なイジメが繰り返される若き兵士が、
接待中に“客”の暴力におびえる女性と決死の行動を起こすのが一組目。

男を翻弄する小悪魔な女性には中国大陸の家族から引き離された悲運の老兵が猛アタックするが、
“落ちかけた”ところで彼女が吐いた言葉が娼館のすべての女性たちの本音だろう。
彼女たちの人格を否定することは許されない。
敬意なき“愛”はエゴでしかない。

そして主人公のルオは影のある女性と仲良くなる。
愛情というより友情のようなつながりだったが、
ざっくばらんだった関係が一種のソウルメイトにも発展していく中で、
娼館の中でも特に不条理な過去を持つ女性ということを知る。

sub2_201804282138226b4.jpg

そんな中であまり屈託のない主人公が飄々とノリが軽くていい味を出しているが、
だからこそ終盤に悔やんで泣き崩れるシーンが印象に残る。

ただ彼は例外で、
背負っているものに押しつぶされないように頑張って生きている者たちのリアルな様子が、
“その他大勢”の登場人物も含めて俳優たちが好演している。
死を覚悟している兵士たちもさることながら、
娼館の大半の女性たちの明るさには諦観を突き抜けたようなパワーを感じる。
ストレスが溜まって女同士の争いも起こるが、
たくましく生きるポジティヴな方向性は陳腐を超えている。

sub6_2018042821390516f.jpg

そういった空気感が映像そのものに表れている。
あだっぽく、艶めかしく、猥雑な場の匂いがスクリーンから漂ってきて鼻をくすぐるほどだ。
当時の建物などを再現したセットが見事で、
“仕事場の部屋”や一人一人の個室の中も含めて娼館の作りが味わい深い。
食堂や美容室など外の風景も目を引く。

映像全体的が淡いトーンなのに微妙にケバい色合いに包まれている。
それは哀しみだけの色ではない。
理不尽な運命の中に置かれてしまった人たちの生命力の色だと最後まで観て確信する映画だ。

sub3_20180428213822782.jpg

★映画『軍中楽園』
2014年/台湾/カラー/DCP/シネマスコープ/133分/5.1ch/字幕翻訳:神部明世
監督、脚本、エグゼクティブ・プロデューサー:ニウ・チェンザー
編集協力:ホウ・シャオシェン
出演:イーサン・ルアン、レジーナ・ワン、チェン・ジェンビン、チェン・イーハン
監修協力:野嶋剛 提供・配給・宣伝:太秦
(c)2014 Honto Production Huayi Brothers Media Ltd. Oriental Digital Entertainment Co., Ltd. 1 Production Film Co. CatchPlay, Inc. Abico Film Co., Ltd All Rights Reserved
5月26日(土)より ユーロスペース、横浜シネマ・ジャック&ベティ、シネマート心斎橋ほか
全国順次ロードショー。
http://gun-to-rakuen.com/


スポンサーサイト

映画『レザーフェイス―悪魔のいけにえ』

LF_Key.jpeg


その後のホラー映画の指針となった『悪魔のいけにえ』シリーズの8作目。
シリーズの最初の2作を監督したトビー・フーパーの最後のプロデュース作品であり、
2007年の『屋敷女』で知られるフランスのジュリアン・モーリーとアレクサンドル・バスティロが監督だ。

“テキサス・チェーンソー虐殺王”レザーフェイスがどのように誕生したかが描かれる。
『悪魔のいけにえ』シリーズは各々レザーフェイスの背景が異なるわけだが、
数々の“伝説”を塗り替えた“真実”の物語である。
18禁指定されているほど観るのにかなりの覚悟が必要な映画でもあり、
だからこそ1974年の第一弾作に匹敵するほど容赦無き傑作に仕上がっている。

LF_メイン_convert_20180428152833

このブログにアップした画像は映画のイントロダクションの幼年期のみだが、
映画の大半はオリジナル『悪魔のいけにえ』の10年ほど前の少年期~青年期のストーリーである。

5歳の誕生日のプレゼントにチェーンソーをプレゼントされた少年。
異常な環境で育った少年は農場近くで起きた少女の変死事件により青少年の更生施設へと送られる。
少年は青年になった10年後、
未成年のカップルに強いられ、女性看護師を人質誘拐して、収容されていた精神科病連の施設から脱走。
狂気に満ちた一人の警官に執拗に追われる中で道連れにされた青年は、
友達で気立てのいい巨体の女性、やりたい放題のイカれたカップル、巻き込まれた女性看護師とともに、
死に物狂いの逃亡を続ける。

LF_SUB2.jpg

ジャンル限らずグレイトな映画のすべてがそうであるように無駄がなくテンポも文句なく、
一気に見せる。
この映画の物語の時代である50年代と60年代の空気感も、
鮮やかすぎない映像色で生々しく醸し出されてもいる。

血も涙もない映画であると同時に、
言うまでもなく出血多量映画でもある。
スクリーンで体験すると際立つ感動的なほど妥協なき描写に身震いがする。

ホラーものに限らず戦争ものも含めてCGで血を漫画ちっくに見せる映画が最近多いが、
色にしろ噴き出す状態にしろ血の見せ方がリアルそのもので、
さすが本家本元!と膝を打ちたくなる。

“最小限で最大限の効果”ということが、さすがよくわかっていると思った。
たとえば臓物が飛び散る類の映像をダラダラ続けるとただエグいだけに思えてしまったりもする。
チラ見せじゃないが、
最高のアングルとフレーム使いを駆使して残虐シーンを短時間に凝縮することで、
観た人に永遠の“トラウマ”を植えつけるのだ。

LF_SUB3_convert_20180428152805.jpg

強烈な映像に現実味を満たせているのが脚本。
とてもわかりやすい。
と同時に複雑な心理の描写が素晴らしい。
レザーフェイスになる少年をはじめとして感情表現が見事な演技力に引き込まれる。
みんな役に成り切っていて必死なのだ。

ラヴ・ロマンスみたいな要素もさりげなく織り込まれている。
クレイジーな未成年カップルのモロな行為もその一つだが、
レザーフェイスになる直前の青年と更生施設の青少年に親身な女性看護師との関係もキーポイント。
だが女性看護師の様々な面での“甘さ”と
ただ巻き込まれてしまっただけに規格外の恐怖から逃れたい一心の自然な気持ちによる行動の連続が、
愛情に飢えていた純な青年にとっては“裏切り”と映るようになっていく。

“犯罪者”に理解を示す若い警官も登場するが、
復讐心に駆り立てられて社会のゴミは抹殺すべし!とばかりに発砲する一人の無法者警官もいいスパイス。
アメリカンの極端なアティテュードで突き進んでいるわけだが、
その警官の銃とレザーフェイスのチェーンソーの“殺害ツール”のコントラストも見どころの一つだ。

LF_SUB1.jpg

中途半端なユーモアでお茶を濁すシーンはなくストイックなほど“皆殺しのテーマ”を追求し、
深い美すら感じる。
だから現実感のない設定のようでとてもリアリティを帯びているのだ。

『悪魔のいけにえ』シリーズは人間の“罪”などを掘り下げて示唆に富む映画でもある。
今回は社会性が強く、
家庭環境はその後の人生の道筋をつけてしまうことをほのめかす。
笑顔の絶えない家族とは対極の中で育った人間は歳を重ねるごとに歪みがひどくなる。
もちろんこの映画のシチュエーションはエクストリームだが、
日本で最近ニュースで伝えられる例だけでも子どもが極端な環境で育てられた話が絶えないわけで、
世界中で考えたら無数ではないか。
人間不信、というか厭人の極みがレザーフェイスに思えてならない。

レザーフェイスになる青年が苦渋の決断を下す終盤を、
期待どおりと思うか否かで『悪魔のいけにえ』のコア・ファンか一般の映画好きかが判明する。
そのクライマックスが“一瞬”であることに僕は、
レザーフェイスに生まれ変わる前夜の青年の“最後のやさしさ”を見た。


さりげなく盛り上げる音楽の使い方も特筆したい。
無垢と憎悪と悲嘆のチェーンソーの調べと見事なハーモニーを織りなしている。

必見。


★映画『レザーフェイス―悪魔のいけにえ』
2017年/アメリカ/カラー/89分/R18+
5月12日(土)より新宿シネマカリテ他にて全国順次公開
c2017 LF2 PRODUCTIONS ALL RIGHTS RESERVED
http://leatherface.jp/


映画『イカリエ-XB1 デジタル・リマスター版』

00_main_convert_20180424163139.jpg


1963年のチェコスロヴァキア(現在のチェコ+スロヴァキア)のSF映画の古典が、
陰影くっきりで味わい深いモノクロ映像のデジタル・リマスター版で5月から公開される。
これまでも自主上映はされたそうだが、
日本では今回が初の正式公開ロードショーとのことだ。

01_sub1_convert_20180424163207.jpg

時は2163年、世界で初めて生命調査の旅に出た宇宙船イカリエ-XB1。
目的地は、太陽に似ていて生命の存在が期待されるアルファ・ケンタウリ惑星系。
イカリエ-XB1は15年後に地球へ帰還する予定だが、時間の遅れにより、
宇宙空間を高速で移動する乗組員は、その間2歳ほどしか年をとらない。

乗組員は老若男女計40人。
艦長、副艦長、数学者、社会学者、歴史学者など様々な分野と職務の人が揃い、
奥さんが身ごもっている夫婦など家族を含む。
船内には、制御室の他、スポーツジムや遊戯室もあり、
長い共同生活をストレスなく暮らせるようになっている。
乗組員の誕生日を記念したダンスパーティーなどのイベントも開かれる。

そんな中で謎の宇宙船を発見し、
探査シャトルで乗り込んで調査したところ20世紀に地球から飛び立ったロケットだと判明。
中で乗組員全員の死体を発見し、
核兵器が搭載されていることも判明する。

02_sub8_convert_20180424163256.jpg

中盤に至るまでのあらすじを書いてみた。

序盤は平穏だった日常が変容していく様子が緊張感の推移からも伝わってくる。
乗組員の中から事故で亡くなる者や自暴自棄になる者も出てくるが、
救いはあり新たな命の誕生で未来に希望も託す。

SF映画でも意外と肝になる人間関係が丁寧に描かれ、
宇宙船内で生活を共にする人間たちのチームワークも見どころの一つだ。
ほのぼのした人間味が滲み出ている。

02_sub3_convert_20180424163231.jpg

とにもかくにも“モノクロの宇宙色”で研ぎ澄まされた映像そのものが実にクールだ。
テキパキとシーンを切り替えるリズム感も相まってテンポがいい。
大胆なカメラのアングルと人物への迫り方が今見ても斬新で、
フレームの切り取り方も的確て対象にしっかりと焦点を絞り、
いわゆる自由主義圏とは状況が違っていた国ならではの創意工夫が感じられる。

宇宙船などのフォルムのカッコよさも格別で、
CGでは味わえない手作り感覚あふれる宇宙映像に目が覚める。
体温が感じられるほどリアルなのだ。

02_sub11_convert_20180424163317.jpg

アウシュヴィッツや広島もセリフの中で飛び出し、
「20世紀の人間はクズ」という言葉も吐かれる。
静かな時間の進行で張りつめていく中で放射線と対峙。
核の恐怖の描き方の点でも早かった映画である。

もちろん説教臭かったりいかにものメッセージ性ではなく、
当時の視点というだけでもなく、
普遍的な意識で暗示させている。
言葉はさりげなく、
映像もシンボリックで、
まさに映画にしかできない表現だ。

クラウス・シュルツなどのジャーマン・エレクトリック・ミュージックを思わせる音楽が、
映画全体を引き締めている点も特筆したい。


★映画『イカリエ-XB1 デジタル・リマスター版』
1963年/チェコスロヴァキア/88分/白黒/
5月19日(土)より新宿シネマカリテほか 全国順次公開
©National Film Archive
http://ikarie-jp.com/


映画『さすらいのレコード・コレクター〜10セントの宝物』

sasurai_main.jpg


米国の一人のレコード・コレクターを追った2003年のドキュメンタリー映画。
Siouxsie and The BANSHEESイギー・ポップなどのミュージック・ヴィデオも制作した、
エドワード・ギランが監督を務めている。

1936年米国メリーランド州で生まれたジョー・バザードの物語。
ラジオのDJやレーベル運営、ミュージシャンとしても活動してきている人だが、
この映画のほとんどはレコード・コレクターとしてのジョーが描かれている。
映画の中でジョーが集めている音楽の昔の演奏フィルム等も適度に挟み込まれ、
ロバート・ジョンソンやサン・ハウスなどの音楽も流しながらジョーを追っていく。

sasurai__1.jpg

ジョーがコレクションしているのは、
ブルース、ゴスペル、ジャズ、ヒルビリーなどのアメリカのルーツ・ミュージックのSP盤。
邦題で示されているように当時10セントで売られていた1920~1940年代のレコードだ。
年齢を考慮するとリアル・タイムのリスナーではなく、
1950年代以降に自分の足でアメリカ中から集めていったのである。

家族がいて子どもなどにも恵まれている姿からうかがえるように、
ジョーはレコードをコレクションすることで“破滅的な人生”を送った人ではない。
とはいえ監督によれば
レコード収集の過程で人間関係が損なわれるなどの代償を支払った人ではあるらしく、
『Desperate Man Blues』という色々な解釈ができる原題もハマっている。

sasurai_4.jpg

ただいかにものコレクターな場面ばかりではない。
もちろんお宝が眠ってそうな場に車を飛ばすシーンも含むが、
中古盤が詰まった“エサ箱”でレコードをシコシコ漁るオタクっぽい光景はあまりない。
ほとんどのレコードにはジャケットがないからアートワーク違いの盤を集める趣味とも違い、
眺めるためではなく聴いて楽しむためにコレクションしているのだ。
というわけで25000枚のコレクションに囲まれた自宅の地下室で聴いているシーンが目立つのだが、
レコードを楽しんでいる場面こそが本作とジョーの肝と監督が思ったからだろうし正解の編集である。

「レコードを聴くと興奮して、落ち着くまでに3時間かかる(笑)」という話にうなずけるほど、
レコードをかけている間のジョーの様子は尋常ではない。
エア・ギターに留まらず鳴っている音楽の楽器を次々と“エア演奏”しながら聴き、
じっとして聴いてられないとばかりに手足を動かしてノリノリなのである。
ヤバそうに見えるほど幸せな顔をしてレコードを楽しんでいるから、
観ているこっちも楽しくなる。

伝統的なアメリカン・イメージの豪快痛快明快なタレント性が炸裂し、
ほんとエンタテイナーでもある。
愛嬌たっぷりの愉快なジジイある一方で、
レコードが収納された無地の白の紙製レコード袋がヤニで茶色になるほど葉巻を“愛煙”している姿も粋だ。
そういうポイントになる画をしっかり映し出すカメラのアングルと迫り方も特筆したい。

sasurai_2.jpg

レコードに対する愛と好きな音楽に対する愛が半端ない。
商業的には価値が低くて発売後まもなくゴミ扱いになったために、
ジョーが“救出”しなければこの世に残らなかったようなレコードも多いようだ。
1940年代までのアメリカの“裏”音楽史の記録がジョーの地下室で息づいている。

理屈ではなく経験と直感で熱く語るジョーの持論は説得力がある。
妙なウンチクはほとんどタレてない。
ただ無類の音楽好きながらも好き嫌いが極端に激しい。
「今の音楽は何の役にも立たない」「ロックは癌」
といった頑固オヤジ発言も飛び出すが、
得てしてコレクターは偏っているものである。
古き良きものを愛する人が多いし、
そもそも“最大公約数”なんて求めちゃいないのだ。


モダンな鮮明映像ではないが、
画質が良すぎないところも中古レコードっぽく匂ってきそうだし、
アナログ感が滲み出ている映像色もこの映画にふさわしいのであった。


★映画『さすらいのレコード・コレクター〜10セントの宝物』
2003年/オーストラリア/16mm→DCP/52分
(C) Cube media 2003
4月21日(土)〜新宿K’s cinemaにて公開。以降順次日本各地で公開。
http://sasurai-record.info/


映画『ミスミソウ』

misumisoumain_convert_20180314144027.jpg


押切蓮介の漫画『ミスミソウ 完全版』が原作の映画。

一生忘れない映画なんてそうそうない。
トラウマになる映画なんてそうそうない。
でも僕は観てしまった。
それぐらいの覚悟が必要な問題作である。

内藤瑛亮(『ライチ☆光クラブ』『先生を流産させる会』他)が監督。
山田杏奈が映画初主演を務め、
清水尋也、大谷凜香、大塚れな、中田青渚、紺野彩夏、櫻愛里紗、遠藤健慎、大友一生、遠藤真人、
森田亜紀、戸田昌宏、片岡礼子、寺田農の大半が、
“山田を苦しめる役”で脇を固めている。

misumisousub8_convert_20180314144226.png

過疎により廃校直前で卒業を間近に控えた中学三年生のクラスが主な舞台。
東京から田舎に転校してきた野咲春花(山田杏奈)は“よそ者”として扱われ、
クラスの女王的な小黒妙子(大谷凜香)の取り巻きのイジメグループから壮絶なイジメを受けていた。
同じく転校生のクラスメイトで校内での春花の唯一の“味方”の相場晄(清水尋也)を心の支えとし、
必死に耐えるも嫌がらせは日に日にエスカレート。
そんな中で春花が学校を休んでいる間にクラス内で“異変”が起き、
久々に楽しい時を過ごした外出先から帰宅した春花が目にしたものは炎上している自分の家だった。

原作がある映画だしオフィシャル・サイトでももう少しあらすじを明かしているが、
他の映画以上に僕は話の筋を書く気にならない。
でも逆に本音を言えば一万字でも二万字でも思いを永遠に書き続けたい映画である。
それぐらい僕も春花に殺られた。

misumisousub3_convert_20180314144356.jpg

一種の復讐劇である。
尊い“処刑劇”でもある。

「自殺しろ!」と言っている人間の方こそ「自殺しろ!」と本気で願うし、
春花と一緒に本気で殺めたくなるほどだが、
主体性のないオトナと同じくつるまなきゃ何もできない集団の醜さでズタズタになった春花に
“共犯者”はいらない。
だから一人でヤる。
そもそも誰もあてにできない。
だから一人でヤる。
そんな凛とした春花の佇まいは邪念が削ぎ落されて透明だ。

misumisousub7 (2)

よそ者に対して容赦ないムラ社会の縮図が背景にも思えるが、
この映画の歪んだ動機は嫉妬だ。
それが異性間のみならず同性間の間のものも絡まっているから物語を深くしている。
いじめられている側としては頼りにしたい女教師もその一人に含まれているから始末に負えない。

そこに自己満足のエゴイスティックな愛が絡んで殺意が加速する。
トマス・アクィナスの言葉どおり
“愛することは相手がしあわせになるのを願うこと”だが、
相手の状況なんか知ったこっちゃなく、
一方通行でも“愛す”行為に酔うことで自分がしあわせになるのが目的の“愛”も描かれ、
愛する人が喜ぶと勝手に解釈した行為なら何でもやる“愛”のかたちも描かれている。

そういった自己愛のための利己的な“愛”と嫉妬が交わることでこの映画の悲劇は頂点に達する。

misumisousub411_convert_20180314151317.jpg

いわゆる大人(growing up)になりきらず幼さが残る中学三年生がほとんどの映画とはいえ、
人間の醜いところが凝縮されている。
でも事は単純ではなく複雑な思いを抱いている人間もいる。
そんな人の気持ちを春花は見抜いてた。
春花は“恩”を忘れない。
無意識のうちに“恩”を与えていた方も忘れてはいない。
その二人のリアルな絆の強さがこの映画の静かなる見どころの一つだ。

スマホのない状況というのも特筆したい。
ダイレクトに向き合わないといけない状況だからこその“生”の人間関係もさりげなく描かれている。

misumisousub1.jpg

外での撮影シーンが多いだけに、
厳寒の冬に、かなりの積雪の地で、時には吹雪の中で、
体当たりの演技をした十代が大半の俳優たちの熱演に胸が熱くなる。

紆余曲折があって監督が仕事を依頼されたのはクランクイン1ヶ月前だったらしいが、
それでも監督が引き受けたのは主演の山田杏奈を撮りたい思いが強かったからだという。
それも納得できる山田の迫真の演技は撮影時に16才だったとは思えないほど・・・、
いやこの映画の中学三年生に近い年齢の16才だったからこそである。
楽しそうな表情を見せるシーンが“とある場面”以外にほとんどなく、
声を荒げることなく感情をまさに押し殺しておのれに課した“仕事”を黙々と遂行する表情に、
観ている方も気持ちが引き締まる。

misumisousub6_convert_20180314150049.png

そもそも他の生徒たちも青春映画特有の屈託のない笑顔がない。
笑っていてもみんないやらしく寒々とした陰湿な微笑みに見えるのも、
クラスメイトたち全員のリアルな演技力によるところが大だ。

そんな中で大谷凜香は演技未経験の強みを活かし、
クラスの女王としてクールビューティな表情の裏に潜む微妙な心理をさりげなく表す。
大塚れなは撮影時に15歳で生徒役の中で最年少の立場も影響していると思える奮闘ぶりで、
春花(山田)の代わりに“ターゲット”にされて気がふれてしまったようなカオスの演技が素晴らしい。

misumisousub2_convert_20180314150252.png

グレイトな映画のすべてがそうであるように演技や脚本だけでなく、
絶えることのない殺伐とした空気感を真空パックした映像そのものも心に焼きつく。
ポイントを押さえたカメラ・アングルと対象への迫り方も特筆したい。

春花の上着の赤も血のシンボルに見えてくる。
雪の白と血の赤のコントラストもこの映画を象徴する。
何度も、何度も、何度も、何度も、雪が血で染まる。
もちろんホラー映画によくあるユーモラスなところはなく静謐な情念に包まれている。
CGの使用で、逆に、はかなさが増している。

プリミティヴなヤり方の生々しさもあらためて知る。
状況はまったく違うがアフリカのルワンダ大虐殺はこんな光景だったのかもとか、
南スーダンや中央アフリカ、ロヒンギャ族関連のミャンマーなどの放火も勝手に想像する。

misumisousub5.jpg

血を噴くシーンが開放的な屋外ばかりというのも、
その行為によって解放される気持ちの反映と解釈するのは深読みだろうか。
そんな雪の中から植物が顔を覗かせている。

ミスミソウは厳しい冬を耐え抜いた後に雪を割るようにして咲く花だという。
春花の状況を象徴する花をタイトルにしたところにも作者のエクストリームな抒情センスを感じる。
おくゆかしく寄り添う音楽もいい。

たった一人でも味方がいればどうにかなる。
その味方の“裏切り”を知った時に失うものは何もなくなる。

ラストは観る人の期待に沿わないかもしれない。
でもこういう終わり方だからこそ『ミスミソウ』が締まり、
殺れば殺るほど表情も研ぎ澄まされていった春花が解き放たれる。
赦しの末の救いと思いたい。

必見。


★映画『ミスミソウ』
2017年/日本/カラー/シネスコ/5.1ch/114分(レーティング:R-15)
©押切蓮介/双葉社 ©2017「ミスミソウ」製作委員会
4月7日 [土] より 新宿バルト9ほか全国公開
http://misumisou-movie.com


 | HOME |  古い日記に行く »

文字サイズの変更

プロフィール

行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (10)
HEAVY ROCK (252)
JOB/WORK (310)
映画 (279)
PUNK ROCK/HARDCORE (0)
METAL (48)
METAL/HARDCORE (50)
PUNK/HARDCORE (434)
EXTREME METAL (132)
UNDERGROUND? (105)
ALTERNATIVE ROCK/NEW WAVE (133)
FEMALE SINGER (44)
POPULAR MUSIC (30)
ROCK (90)
本 (9)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

FC2Ad

Template by たけやん