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パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

DVD/BD『SF核戦争後の未来・スレッズ』

DVD/BD『SF核戦争後の未来・スレッズ』


BBC制作で1984年に放映された約117分の戦慄の“核戦争シュミレーション”映像作品。
キング・レコードから日本で初めてBD・DVD化されたばかりである。

監督は、
ケヴィン・コスナーとホイットニー・ヒューストンが共演した
映画『ボディガード』(1992年)を手掛けたミック・ジャクソンだが、
シリアスかつシビア極まりない“リアル・ドゥーム”な傑作だ。


今回の邦題は1984年の8月9日にテレビ東京で放送された時のものが使われているという。
ショックを和らげようとして当時加えたのか、
“SF”という言葉が入ることで絵空事の“フィクション”イメージが高まる。
だがこの映画はいわゆるSF映画から連想される非現実的な空想世界とは対極で、
じわじわと蝕んでいくタイム感でまさにこの夜の地獄が描かれる。
いい感じで妙に映像が鮮明すぎないところも朽ち果てて色あせていく世界そのものだ。

テレビ用劇映画として作られた作品だが、
ドキュメンタリーにしか見えない容赦無き冷厳な筆致と映像に身震いして背筋が凍る。
英国を舞台にしたストーリー仕立てとはいえ、
中盤以降は物語を組み立てようがないほどすべてが崩壊していく。


一つの地域に一つの核ミサイルが落とされただけの話ではないようだ。
各国で核爆発が起こったら外国から援助が来るわけもない。
米国大統領のトランプの唱える“アメリカ・ファースト”じゃないが
生きるか死ぬかの状況なったら他の国のことに構っている余裕はない。
それどころか自国に対してもどうにもならないほど政府も機能しない。

言うまでもなく爆発による直接的な肉体的被害も無慈悲なまでに描写されるが、
もちろん核ミサイル攻撃が重なるとそういったことだけに留まらない影響を広く深く及ぼす。
気候が大変動を起こすと食生活も大打撃。
無政府状態にゆっくり突入していく。
被爆だけでなく被曝の影響と飢えで苦しむ人間たちが弱肉強食の世界で生き延びようとする。
爆発のシーン以外はほとんど静かなのも怖い。

この作品が放映された頃に出たダークなハードコア・パンク・バンドの様々な曲が頭をよぎる。
まさにCRUCIFIXが『Dehumanization』のオープニングで歌った“Peace or Annihilation”。
もっと言えばまさにANTISECTの『In Darkness, There Is No Choice.』そのものだ。


実のところ基本的には英国の一つの“家族”を中心に描かれ、
後半、客観的に見てポジティヴに映る一筋の希望の光が射し込む出来事が起こる。
だがある意味“その流れ”をくむ出来事が終盤に起こるが、
息を吞むシンボリックなラスト・シーンの非情のリアリズムでとどめを刺す。

必見。


★『SF核戦争後の未来・スレッズ』
1984年/イギリス/原題:THREADS/収録時間:約117分/カラー 16:9(スタンダード)/
片面2層/音声:①オリジナル英語(ドルビーデジタル/2.0ch)/字幕:日本語字幕
©BBC 1984.


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映画『東京裁判』

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<東條英機(元内閣総理大臣/陸軍大臣)>


昭和20年(1945年)8月15日までの日中戦争や太平洋戦争での“行為”をメインに、
戦争犯罪人とされた敗戦国日本の28人の“指導者”を
戦勝国の連合国が裁いた裁判のドキュメンタリー。
もともと1983年に公開された映画で、
このたびデジタルリマスター版で全国ロードショーとなる。

六部作の『人間の條件』で知られる小林正樹監督の“戦争映画”の集大成でもある。
ナレーターは佐藤慶で音楽は武満徹という万全の制作だ゜。
4時間37分におよぶ大作だが、
長丁場とはいえ上映時は中間部で休憩タイムが設けられている。

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<極東国際軍事裁判法廷>

正式には極東国際軍事裁判と呼ばれる通称“東京裁判”は
昭和21年(1946年)の5月から昭和23年(1948年)の11月まで行われたが、
その裁判の様子が中心の映画である。
今回はデジタルリマスタリング修復補訂された彫りの深いシャープなモノクロ映像で
顔つきもしっかり鑑賞でき、
音声もくっきり聞こえてくる。
劇場のスクリーンとスピーカーで体験する映画として緻密に仕上げられているのだ。

といっても動きのあまりない裁判の様子が延々続くと飽きそうという現実的な計らいか、
裁判進行過程のその時々のネタ等の関連アーカイヴ映像をバランスよく随所にたっぷり挿入。
もちろん国内に留まらず
日本が“バトル・フィールド”にした中国、太平洋の諸国などの強烈な戦争映像中心に、
玉音放送なども盛り込み、
アクセントを付けるに留まることなく映画全体を引き締めている。

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<マッカーサー司令官>

裁判の模様はアメリカ国防総省が撮影していた膨大なフィルムをピックアップしたそうだが、
まさに気の遠くなる作業が想像できる。
“開廷”の際は毎回数台のカメラで撮影していたと思われ、
カメラ・アングルといい遠近のカメラ・ワークといい劇映画を思わせる映像力が凄い。
裁判ものだけに静的な映像がほとんどながら、
一般のアメリカ映画を思わせるほど対象に対してカメラが迫るダイナミズムで引き込む。

多少なりとも東京裁判を知っている方なら結果がわかっている推理小説を読む感覚ではあるが、
ある種のサスペンス映画やミステリー映画としても味わえる作りだ。
単なる記録映画の域を超えた一種の“ドラマ”も見せる作りなのである。
もちろん脚色の類いは無しだが、
専門家以外のふつうの人が裁判進行の流れに入っていきやすい構成だ。

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<広田弘毅(元内閣総理大臣ほか)>

28人の被告の佇まいも見どころで、
クライマックスの判決までほぼ微動だにしない表情の微妙な変化、
語り口や声のトーンも聞き逃せない。
やっぱりそういうところに人間の意識が表れているのだ。

太平洋戦争中の実質的な日本のトップ権力者だった東條英機はやっぱり存在感が格別である。
裁判が始まる前に自決失敗するも、
対応に不備がある場面ではしっかり注文を付けている。
ヒトラーと一緒にして語ることは粗雑極まりないとはいえ貧乏くじを引いた説も無理があり、
罪は逃れ得ないと覚悟を決めた風情に、
いわゆる戦前によく使われた国号の“大日本帝国”を感じる。

だがむろんセンチメンタリズムの類いは贅肉みたいに削ぎ落している。
ドキュメンタリー映画は“支持者”が喜ぶような無駄が目立つ編集でゲンナリすることが多いが、
“身内”もヘッタクレもないストイックな編集は美しくすらある。

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<ウィリアム・F・ウェッブ裁判長>

普遍的な観点で示唆に富む裁判の映画としても興味深い。
日本の被告人のために働いたアメリカ側の弁護人が“的を射た”素朴な指摘をするなど、
発見たくさんである。
“平和に対する罪”とは?
“人道に対する罪”とは?
考えさせられる。

いわゆる戦争に留まらず複雑で骨肉の争いの内戦の類いにもリンクする。
ポルポト支配下のカンボジア、ユーゴスラビア内戦、ルワンダ大虐殺、
コロンビアなど中南米での極左ゲリラとの和解、ISをはじめとするイスラム過激派関連などなど、
永遠に続きそうなほど無限大に現在進行形なのがつらい。

日常生活でもそうだが責任感が問われる。

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<極東国際軍事裁判法廷>

殺された者の無念そっちのけでエゴ丸出しの“正義”を説く知識人がのたまう
「僕たちは~しなければならない」みたいなたメッセージはない。
そんな説教、ふつうの人の耳には響かないから。

淡々と・・・だからこそ深い。


★映画『東京裁判』
1983年/日本/モノクロ/DCP/5.0ch/277分
企画・製作・提供:講談社、配給:太秦
2019年8月3日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
(C)講談社2018
公式サイト:www.tokyosaiban2019.com


映画『パラダイス・ネクスト』

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妻夫木聡と豊川悦司が台湾を舞台に繰り広げる新感覚ムーヴィー。
音楽家でもある半野喜弘監督による『雨にゆれる女』(2016年)に続く長編2作目で、
半野とともに坂本龍一が音楽を担当している。
ツマブキの“陽キャラ”とトヨエツの“陰キャラ”が絶妙にブレンドし、
『黒衣の刺客』(2015年)で妻夫木と共演したニッキー・シエもいいアクセントで、
ストレンジな情緒あふれる佳作だ。

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一年前、シンルーという名の女性が不審な死を遂げた。
事件をきっかけに、その女性のボディガードをしていたヤクザの島(豊川悦司)は日本を去り、
自分の存在を消すように台湾で生きていた。
そんな島の前にある日突然、
牧野(妻夫木聡)というお調子者で妙に軽い男が現れる。
たった一人、荷物も持たずにやって来た牧野は、初めて会う島の名前を知っており、
「あの子が死んだのは事故じゃない」とシンルー死亡事件の真相を知っていることをほのめかす。
最初は牧野をいぶしがる島だったが、事件の秘密を握る牧野が命を狙われていることを知り、
台北から台湾東海岸の町・花蓮へと一緒に移動する。

花蓮へ辿り着いた二人の前に姿を現したのは、
シャオエン(ニッキー・シエ)という日本語を話す台湾人の女性。
その容姿は、一年前に死んだシンル ー(ニッキー・シエ2役)にそっくりだった。
この運命ともいえる偶然の出会いによって、止まりかけていた時間は再び動き始め、
閉ざされた「過去」が明らかになっていく。
牧野と島は危ない橋を渡りながらシャオエンとともに“楽園”へと向かうのであった。

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クラシカルな曲からアンビエントな音楽まで、
やはり音楽に対しての気遣いもさすがの映画だ。
静謐とは言わないが、
意外と派手でやかましい場面は多くないから音楽も落ち着いたトーンが中心に使われている。

音楽だけでなく音声へのこだわりが感じられる。
試写会では一般の映画よりも音の響きが大きくてパーカッシヴなアタック感も強く聞こえたが、
もちろんうるさく思わせることなくひとつひとつのシーンに宿る感情を静かに浮き出させ、
音響彫刻といっても過言ではない音像が見事だ。

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全編台湾ロケで監督とカメラマン以外は監督とほぼオール台湾スタッフとはいえ、
“木を見て森を見ず”のチマチマした邦画とは別次元のリズム感と開放的なダイナミズムに引き込まれる。
奇想天外な物語や自由な空気感やヴィヴィッドな作りなどジム・ジャームッシュの映画も思い出す。

そういった仕上がりの要になった大胆な編集も痛快で、
楽しいことばかりの映画ではないにもかかわらずセンチメンタルな臭いとは一線を画している。
もちろん合理的なカットはせずに長時間続けるべきシーンは徹底的に続け、
特に序盤と終盤の非常に大切な二つのシーンは長回しも使ってじっくりと気持ちを炙り出し、
セリフ無しの長時間の場面だろうが妻夫木も豊川も圧倒するほどの役者魂を見せてくれる。

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『岬の兄妹』を撮影した池田直矢が、
この映画でも人物の内面にまで迫るカメラ・ワークで生々しい仕上がりに一役買っている。
島と牧野が運搬する“食べ物”をはじめ、
場面場面の匂いがスクリーンから漂ってくる人間臭い映像力も特筆したい。

説明しすぎない物語の組み立て方も素晴らしい。
人物の過去のこともストーリーに必要な最低限の情報のみでミステリアスな部分を残している。
何に関してもそうであるようにすべてがわかってしまうとつまらなくなってしまうものだ。
でもラスト・シーンまで見届けると、
『パラダイス・ネクスト』というシンボリックなタイトルのニュアンスが湧いてくる。

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妻夫木は飄々としたポップな存在感が光る。
豊川はパブリック・イメージを強化した演技が笑っちゃうほどストロングで
ハートボイルドを気取っているがゆえにちょっとした場面でこっちが失笑を禁じ得なくなるほどだ。
昨今の“禁煙ファシズム”に苦々しく中指を立てていると思うほど、
豊川がヘヴィ・スモーカーを貫く姿もスモーキーな本作にピッタリである。
はかない女の子を演じるニッキー・シエもチャーミングでたまらない。
二十四時間苦虫をつぶしたような仏頂面で笑ったことがないような豊川が演じる島に、
ニッキー・シエが“笑顔のススメ”を説く場面も見どころで、
無口な島がその言葉を転用したセリフを終盤に吐くところもグッとくる。

何しろ見どころだらけの映画。
オススメだ。

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★映画『パラダイス・ネクスト』
2019年/日本・台湾/日本語・中国語/カラー/ビスタ/100分/原題:PARADISE NEXT
■映倫:G
7月27日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。
(C) 2019 JOINT PICTURES CO.,LTD. AND SHIMENSOKA CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED
hark3.com/paradisenext/


映画『隣の影』

隣の影/チラシビジュアル


隣人トラブルで膨張した狂気がゆっくりと加速連鎖して身も心も凍るサスペンス映画。
アイスランドとデンマークとポーランドとドイツの合作ならではのストイックなタッチで、
“北欧ニューウェーブ”という宣伝文句もうなずけるほど
80年前後のニューウェーブ/ポスト・パンクに通じる突き放した冷やかな感覚の傑作だ。
1978年レイキャビク生まれの男性監督が
『ひつじ村の兄弟』の主演のシグルズール・シーグルヨンソンらと作り上げている。

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閑静な住宅地で暮らす老夫婦が隣家の中年夫婦からクレームをつけられたのが事の始まり。
老夫婦の庭にそびえ立つ大きな木が、
隣家の中年女性がいつも日光浴をする場所に影を落としているというのだ。
それをきっかけに2組の夫婦はいがみ合うようになり、
別のトラブルが立て続けに起こる。
その頃、元カノ絡みで妻から三行半を突きつけられて老夫婦のもとに転がり込んできた息子も、
庭のテントで寝泊まりして隣人の監視を手伝うはめに。
まもなく疑心暗鬼が肥大した一人が常軌を逸した行動を起こす。

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派手なシーンがあまりなく静かな佇まいで進める作りが終始絶えない緊張感をもたらし、
リアリズムに沁みる深遠な仕上がりに目が覚める。
ほとんどが二つの家の周辺が舞台のシンプルなストーリー展開で、
主な登場人物が6人程度という閉じられた世界の話にもかかわらず普遍的な作品だ。

薄日が射しているような色合いの映像も要所をしっかり押さえ、
脚本同様に贅肉を削ぎ落して対象にまっすぐ向き合って撮り、
人物の気持ちがスクリーンに刻まれていく。
遠近を絶妙に使った撮影は特に“引き”のカメラが効果的で、
安易な感情移入を拒絶して観る者を“事件”の目撃者や傍観者に仕立てるかのようである。

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サスペンス・タッチで進んでミステリーとホラーの要素も盛り込まれた映画だが、
心理描写がとにかく素晴らしい。

いったんトラブルになると相手のやることなすことがいちいち気に食わなくなる。
特に肝不気味な存在感を放ち続けるこの映画の肝の老女が怪演ぶりが強烈だ。
血の気の無い感情に突き動かされた言動のひとつひとつが無表情で冷静すぎるがゆえに、
笑ってしまうほど不敵で怖い。

隣人夫婦の女性は中年に差し掛かった年頃だろうが、
この老女は「いい年して~」といった嫉妬心がうかがえる言葉を何度か吐いていて、
サイクリングなどで自分磨きをして自分より若くて人生の可能性を秘めた女に対する
妬みの感情も“動機”と想像できる。

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暗示的で示唆に富む映画だ。
“名実”ともにこの映画のシンボルになっている巨木に加え、
両家それぞれが飼っている猫と犬もこの映画の“震源地”になっていることがまたポイントである。
他の生物を食って生きているくせに驕り高ぶった万物の霊長されるヒトという種(しゅ)を、
静かに共生しているうちに犠牲にされる植物や動物が冷やかに見守りながら復讐しているかのようだ。

単なる隣人トラブルに留めず家族関係も絡めて人間の愚かさをほのめかしているように映る。
いわゆる家族は閉鎖的にも成り得るし、
自身や身内の利己のため排他的になって周りにいる目障りな者は存在自体が許せなくも成り得る。
世界中で起こり続けている内戦もイメージする。

「これはどこにでも起こりうる話で、戦争だってそうだと思う。僕なりの反戦映画です」
という監督の言葉もうなずける。
日常の人間関係だけでなく国家間もエゴが大惨事を起こす。
音楽でも文章でもそうだが、
うわべのメッセージより意識に働きかけるこういう作品の方が百万倍深々と響く。

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音楽も静かなトーンのものがさりげなく使われている。
登場人物の一人が参加している合唱団が歌う聖歌のような音楽が流れるシーンがまた怖い。

“オチ”とも言いたくなるほどある意味拍子抜けするラスト・シーンは、
“平穏”な日常が戻ったかのような飄々とした画だからこそ死ぬほど残酷だ。
短時間だから見逃さないように。

大スイセン。

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★映画『隣の影』
2017年/アイスランド・デンマーク・ポーランド・ドイツ/アイスランド語/カラー/89分/DCP
監督・脚本:ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン
撮影:モニカ・レンチェフスカ 
編集:クリスティアン・ロズムフィヨルド
音楽:ダニエル・ビヤルナソン 
出演:ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン、エッダ・ビヨルグヴィンズドッテル、
シグルズール・シーグルヨンソン、ラウル・ヨハナ・ヨンズドッテル
7月27日(土)より東京・渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー。
2017🄫Netop Films. Profile Pictures. Madants
https://rinjin-movie.net-broadway.com


映画『COLD WAR あの歌、2つの心』

メイン


ポーランド映画の枠を超えて映画史に刻まれ、
この先何年も何年も語り継がれるラブ・ストーリーの新たな名作である。
世界中を酔わせ続ける『イーダ』(2013年)に続くパヴェウ・パヴリコフスキ監督の新作で、
冷戦下のポーランドで出会って時代に翻弄される女と男の波乱万丈のマスターピースだ。


第二次世界大戦後の“冷戦(cold war)”に揺れるポーランドから物語は始まる。
歌手を夢見る女性ズーラとピアノを弾く音楽家の男性ヴィクトルは音楽舞踊団の養成所で出会い、
生徒と講師の関係を超えて恋におちるも、
政府に監視されるようになったためヴィクトルはパリに亡命。
ズーラは舞踏団の公演で訪れた先でヴィクトルと再会し、
幾度かのすれ違いを経て共に暮らし始める。
まもなくズーラはソロ歌手で活躍していくが、ある日突然ポーランドに帰国し、
あとを追うヴィクトルには思いもかけぬ運命が待ち受けていた。

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オープニングからエンディングまで息を飲むほどすべてがパーフェクトだ。

まず今の時代ならではのシャープなモノクロの力を活かした彫りの深い映像が、
“感動”とか“傑作”といった陳腐なホメ言葉を寄せつけないほど凛然としている。
物語や人物の心も息づく陰影たっぷりで研ぎ澄まされた映像がスクリーンで命を吹き込まれ、
重厚な佇まいであると同時に軽やかに踊りダイナミックに躍る。
あちこちのシーンで往年のポーランド映画の名作群を思い出すのは僕だけではないだろう。
すべてが名場面と断言できるほど目と頭と心に刻み込まれるシーンの連続であることも驚異だ。

女を演じたヨアンナ・クーリクと男を演じたトマシュ・コットの“憑依力”も素晴らしい。
特にヨアンナは、
はすっぱでふてぶてしくも純情でアクシデントに見舞われて時に迷いも見せつつ
障害に出くわすごとにパワーを増す強靭な意思と意志のズーラを好演。
女の執念や情念といったものもイメージさせる行動だが、
そういう匂いを感じさせないほど冷たいエナジーがみなぎり、
“cold war”という言葉が政治性を超えて彼女が愛を貫くための“戦い”の意味を帯びている。

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この映画で展開される時代(1949年~1964年)が冷戦の前期あたりで
映画のメイン舞台の大半がその“最前線”だけに、
避けることのできない当時の政治の色がナチュラルに溶け込んでいる。
もともと冷戦とは、
ソ連(現ロシアを中心に1991年まで続いた巨大連邦国家)やその支配下の東欧諸国などの“東側”と、
米国や西欧諸国や日本などの“西側”とが睨み合った、
第二次世界大戦後の緊張関係を示す言葉だ。
東側に含まれていたポーランドは強権の全体主義国家だったソ連の影響が絶大な時期で、
“東西”の行き来にかなり制限があった時代ならではの出来事が本作のスパイスにもなっている。
なおポーランド、ベルリン、(旧)ユーゴスラビア、パリに移るストーリーだけに、
場面が大きく変わるたびにその舞台となる土地と年を表示する作りで物語の展開理解の良き助けになる。

でも決してポリティカルな映画ではない。
アートなイメージも漂っているかもしれないが、
物語の基本はシンプルかつストレートでわかりやすい。
映画ならではの非日常的な空間に引き込みつつもポピュラリティ十分で誤解を恐れずに言えば、
先の読めない展開にドキドキワクワクしながら楽しめるラヴ・ロマンスである。
時代が引き裂く女と男の愛というテーマは映画の定番で50年以上前の欧州が舞台ながら、
普遍的で現在進行形の瑞々しいリアリズムとロマンチシズムにあふれている。

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もちろん話の流れはしっかりしているが、
一瞬唐突に次の“場面”や“時代”に転換しているようにも感じる編集がまた見事である。
馬鹿丁寧に“原因と結果”を“説明”して観る者の想像力を殺すことなく逆に突き放し、
ストーリーの“肝”と“核”のみで話をつなげて欧州の格調の“侘び寂び”を放射しながら進める。
“美”を感じるほど贅肉を削ぎ落しているからこそ覚醒させられるほど濃密だ。
シーンとシーンの“行間”を感じ取るかのような作りながら決して難解な映画ではなく、
ある意味省略された“余白の部分”は観る人にゆだねて自由に物語をふくらませられる作りである。
カット割りの思い切りが良く大胆だから、
せわしない映画ではないにもかかわらずテンポがいいところも特筆したい。

精神的にハングリーゆえにストイックな仕上がりになる。
作りに甘えがない。
節目で入るラヴ・シーンにも言える。
野原での戯れも屋内での情事も“これぞ映画!”って感じで観ている人が憧れること必至の
ナチュラルな絡み方と鮮やかな映し方で、
ダラダラ続けずに見せるからこそ濃厚だ。
セリフも必要最小限で極々“ふつう”のシンプルな言葉にもかかわらずこれまたクールに響く。

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使われた曲が網羅されたサントラ盤がこれほど欲しいと思った映画は僕にとって初めてだ。
聴見えてくる音楽もすべてが生きている。
BGMとして背景で使われているのではなく、
映画の中で実際に歌われたり演奏されたりしている音楽だからこそますます生きている。
ヴァラエティに富み、
アレンジを変えて何度か歌われる本作のテーマ曲と言うべき民謡「2つの心」などの民俗音楽や、
ポーランド映画の伝統とも言うべきジャズが映画全体に息を吹き込んでいる。
最初のロックンロール・ヒットのBill Haley and His Cometsの「Rock Around the Clock」や、
ラテン音楽などの躍動する後半の音楽も素敵なアクセント。
どの音楽も映画の場面や登場人物の心情と共振しているからこそ生き生きと響いている。

幅広い意味での様々なダンスも見どころだ。
民俗音楽とともに披露される優雅な踊りもロックンロールに点火されたワイルドな“舞い”も、
痺れるパフォーマンスをヒロインのズーラらが披露してくれる。

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「映画に恋したのは久しぶりです…」。
本作の関係者の方が言っていた言葉である。
絶品のラスト・シーンまで観たら誰もがそう思うに違いない。

まさにグレイト。


★映画『COLD WAR あの歌、2つの心』
2018年/原題:ZIMNA WOJNA / ポーランド・イギリス・フランス/
モノクロ /スタンダード/5.1ch/88分/ポーランド語・フランス語・ドイツ語・ロシア語
監督:パヴェウ・パヴリコフスキ 脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ、ヤヌシュ・グウォヴァツキ 
撮影:ウカシュ・ジャル
出演:ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コット、アガタ・クレシャ、ボリス・シィツ、ジャンヌ・バリバール、セドリック・カーン 他。
6/28(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。
配給:キノフィルムズ
https://coldwar-movie.jp/


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プロフィール

行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

https://twitter.com/VISIONoDISORDER
https://www.facebook.com/namekawa.kazuhiko
                                

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