映画“ポーランド映画祭2022”
2022-11-08

今年もポーランド映画祭の季節がやってまいりました。
今回は11月22日(火)から27日(日)まで東京・東京都写真美術館ホールで開催される。
やはり注目は、
この映画祭を11年前の第一回から監修しているイエジー・スコリモフスキ監督の最新作、
『EO(原題)』(2022年)の日本初公開だろう。
スコリモフスキ監督作品は2015年の前作『イレブン・ミニッツ』も上映される。
<ポーリッシュ・シネマ・ナウ!>と題して、
毎年現在進行形のフレッシュな精鋭作品がポーランド映画祭に送り込まれてきた。
前出の『EO(原題)』以外の今回そのプログラムに挙がった映画は
『パンと塩』(2022年)と『愛についての歌』(2021年)で、
今年も目を覚まさせられそうだ。
また、まさにウクライナ戦争が世界中を揺るがしている今だからこそ、
『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(2019年)も気になってしょうがない映画である。
ポランスキー監督の『戦場のピアニスト』(2002年)の音楽も担当した
ポーランドのヴォイチェフ・キラルがスコアを手がけた小特集も敢行。
アンジェイ・ワイダ監督の『パン・タデウシュ物語』(1999年)と『コルチャック先生』(1990年)、
フランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』(1992年)が上映される。
特に『コルチャック先生』は
終盤がCRASSの名曲「Shaved Women」の楽曲や音楽、音声に触発されているとしか思えない映画で、
世界中で戦争や紛争による子どもたちの受難が続く今だからこその作品だ。
そして今年のドキュメンタリー映画は、
『ショパン 暗闇に囚われることなく』(2021年)と『ポルミッション パスポートの秘密』(2020年)である。
僕もどんなに忙しかろうと一日は空けて今年も観に行く。
10年間続けて体験してきた映画祭だけにそれだけの価値があると確信する。
ポーランドものの中でも評価の定まった“古典”に頼らぬラインナップに
関係者の意思と意志もみなぎる映画祭だ。
http://www.polandfilmfes.com/
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映画『ソングス・フォー・ドレラ 4Kレストア版』
2022-10-13

ルー・リード(vo、g)とジョン・ケイル(vo、ピアノ、ヴィオラ他)による
1990年のライヴ映像作品のリストア版が日本で上映される。
アンディ・ウォーホルを題材に二人が作った1990年のアルバム『Songs For Drella』を
無観客の会場で“再現”した同タイトルの作品で、
今回のロードショーの映像はオリジナル16㎜ネガから4Kで“復元”されたものだ。
もちろん歌詞の和訳字幕付である。
55分の映画だが、
実に濃密な55分間ということを断言する。

ファースト『Velvet Underground & Nico』(1967年)のプロデュースをはじめ、
初期のVELVET UNDERGROUNDにとってウォーホルの影響力は大きかった。
そんなウォーホルが1987年に他界してまもなく、
一種の“追悼”として二人は曲を書き始める。
永遠の“好敵手”の二人がアンディの死によって再び“手を組んだ”形だったが、
二人の間の絶えることのない確執を知る者にとっては“ありえない”タッグであった。
実際、このプロジェクトの後に二人はまもなく“元の関係”に戻ったとされる。

オリジナル・アルバムのレコーディングのための共演は
VELVET UNDERGROUNDのセカンド『White Light / White Heat』(1968年)以来ではあった。
ただライヴは1972年に一緒にやっている。
さらなる“火種”を持ち込むかのようにニコも同じステージに立った
(厳密に言えばルーやジョンと同じく座って歌っていたようだが)。
その歴史的な模様は『Live At Le Bataclan 1972』というタイトルでCDにもなっている
(抜粋映像のDVD付のCDや単独DVDもあり)。

アルバム『Songs For Drella』のリリースから4ヶ月後には、
1990年8月6日に東京NHKホールで来日公演も実現した。
同じ時期に行なっていたルーの『New York』のソロ日本ツアー終了後に行なわれたのも、
そのツアーがモーリン・タッカーもバック・バンドのメンバーの一員だっただけに、
感慨深いものがあった。
アンコールで、
ジョンが去った後のVELVET UNDERGROUNDのサードに収めた「Pale Blue Eyes」を
ジョンのヴォーカルで披露した“サプライズ”には、
まさか!のイントロの段階で大歓声が沸き上がったものである。

(参考画像)
「Pale Blue Eyes」はもちろんやってないが、
その時の静かなる興奮が蘇る映像作品だ。
ライヴというよりコンサートと呼びたい静謐なパフォーマンスを脚色なく映し出す。
アルバム『Songs For Drella』と同じくひたすらストイックな仕上がりだからこそ生々しく迫り来る
ルーとジョンの研ぎ澄まされた交感に、
ゆっくりと覚醒されていく。
MC無しの淡々とした進行ながら、
曲ごとに撮り方や見せ方が違う。
ステージ後方にアンディ関係の写真等を映す曲もあるが、
ほぼ二人のプレイ映像のみ。
しかも顔のアップが多く、
二人の表情を交互に映し出すことで
プレイ中の各々の意識の流れや“相方”に対する思いがじわじわ伝わってきてなかなか刺激的だ。

プレイ中の二人の気持ちを想像するとまた楽しい。
顔色を窺っているわけではなかろうがジョンは、
ルーをチラチラ見ながら歌い演奏しているところが多いも意味深だ。
ルーはほとんどジョンを見ず、
いい意味で仕事を完遂することに専念しているかのように黙々と歌い弾く。
でもジョンがリード・ヴォーカルの「A Dream」で自分のことが歌われるパートでは、
やや気色ばんでジョンを睨むルーも楽しめる。

歌詞の和訳が日本語字幕で表示されるのもありがたい。
終始落ち着き払った二人の表情がその時々の言葉で微妙に動くのが楽しめるのだ。
“フィクションを交えたノンフィクション”と言いたいウォーホルの物語の歌詞で、
二人の視点がブレンドしたウォーホル批評が味わえる。
あくまでも和訳の日本語ではあるが、
ヴォーカルや音と歌詞の意味を瞬間瞬間で同時に感じることのインパクトを再認識する。
香港やミャンマー、タイが歌い込まれた「Forver Changed」における先見の明の歌詞など、
『Songs For Drella』には色々と発見がある。
ここでのルーのギター・プレイは、
90年代以降の自由形エレクトリック・ギター演奏の序章にも思える。
ジョンの方はピアノ弾き語り中心のライヴ盤『Fragments Of A Rainy Season』に直結した気がする。
音響面も含めて考えると、
やっぱり劇場で体験したい。
グレイト。

★映画『ソングス・フォー・ドレラ 4Kレストア版』
原題:SONGS FOR DRELLA 1990年-2021年(4Kレストア版)/55分/アメリカ
監督・撮影:エドワード・ラックマン 歌詞全訳:林かんな
🄫1990 Initial Film and Television / Lou Reed and John Cale
10月28日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほかロードショー。
以降全国順次公開。
http://drella.onlyhearts.co.jp/
映画『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』
2022-08-01

BEACH BOYSの中心メンバーだったブライアン・ウィルソンのドキュメンタリー映画。
本人をはじめとする談話と昔の映像等で進める作りながら、
真正面からブライアンに向き合った真摯な仕上がりである。
BEACH BOYSの代表作とされる『Pet Sounds』(1966年)しかブライアン関連のアルバムを持ってない
僕みたいな人間にもわかりやすく作られていて、
深く楽しめる。
厳選した“関係者”にもインタヴューを行ない、
エルトン・ジョンやブルース・スプリングスティーン、テイラー・ホーキンス、
ドン・ウォズ(イギー・ポップの1990年の佳作『Brick By Brick』も手掛けたプロデューサー)
らの談話もポイントを押さえている。
ブライアンに対する絶賛の嵐ではあるが、
それも、むべなるかな、の映画だ。
もちろんブライアンの話が軸だが、
そのほとんどはインタヴューというよりも雑談である。
演出過剰なアーティストと違って金言を連発するタイプの人ではないからこそ、
ぶっきらぼうな物言いの中にブライアンの“生の人間”が見え隠れし、
本音がほのめかされている。

ざっくばらんな空気感の流れをうまくまとめた監督の編集作業も見事だが、
この映画におけるブライアンの“パートナー”を務める進行役で、
ローリング・ストーン誌の編集者だったジャーナリストのジェイソン・ファインが実にGJ!だ。
ブライアンがリラックスして話ができる場と思しき車中でのトークがメインで、
自分がハンドルを握りながらのドライヴ中の何気ない会話が多い。
とりわけ極度にデリケイトな人に話を訊くには相手を思いやって、
落ち着ける“舞台設定”と詰問や質問とは違う世間話みたいな語りかけが大切だと
“同業者”として勉強にもなった。
前述の『Pet Sounds』をはじめ制作秘話などの音楽の話も随所に盛り込まれ、
プロデューサーでもあったブライアンのこだわりの作りが音楽の魔法を生んだことが伝わってくる。
といっても本作ではブライアンがそういう話にあまり言及せず、
関係者の推測で進める。
ブライアンに言わせればそういうことは、
BEACH BOYSの名曲「God Only Knows(邦題:神のみぞ知る)」ということかもしれない。
と同時にブライアンにとってソングライティングやレコーディング、ライヴ・パフォーマンスは
自己救済のためのポップ・ミュージックの錬金の場とも言える。

ブライアンは昔からやっぱりオタクっぽい。
今のブライアンもオタクがそのままオジサンになった様相である。
BEACH BOYS時代はシャイで女っ気があまりなかったようで、
サーフィンしたことないのにサーフィンと女の子の歌の名曲をガンガン書いていたことを思うと、
表現において妄想力のパワーの大切さをあらためて思う。
と同時に精神がヤられたことにも納得させられる映画だ。
映画の醍醐味はやはりヴィジュアル。
夢にも出てきそうな顔であり、
沈黙の時間も生々しい表情にヤられる。
終始、神経質そうなというか、気難しそうというか、
ふつうのオジサンっぽい見た目だからこそ逆に近寄りがたいオーラを発している。
四六時中、気が張っているようにも映る。
ガリガリではなく肉付きが良くて図体が大きかろうが、
まさに、こわれもの。
特に60年代後半は様々なプレッシャーとストレスで苦しみ、
頼りにした精神科医の“洗脳”によって悪化するなど底無し沼を経験したからこそ今がある。
オジサンかもしれないが“おじいさん”に見えないところが高ポイントだ。
強い意思に貫かれたツラ構えなのである。
スタジオ・ワークの鬼のイメージも強いが、
今年の6月で80歳になるも、
精神疾患と闘いながら今もなおツアーを楽しむ精力に僕もインスパイアされる。

山下達郎や大瀧詠一、桑田佳祐あたりがファンなのはよく知られている。
ただ1999年にブライアンが初のソロ日本ツアーを行なった際、
80年代結成で今も活動を続けている東京の某ハードコア・パンク・バンドのヴォーカルが
「たまには高い金を払って大きい会場でライヴ観るのもいいですね」と観に行った話を聞いた時は
ちょっと驚いた。
けどストイックな取り組み方はリアル・ハードコアと相通じる。
パンク・ロックとBEACH BOYSとの関係と言えばもちろんRAMONES。
1977年の『Rocket To Russia』で「Do You Wanna Dance?」をカヴァーしたことは、
70年代のRAMONESにとってBEACH BOYSの影響が大きかったことを象徴するし、
そういったサーフ・テイストは80年代以降のガレージ・パンク系に受け継がれてもいった。
色々とサポートしつつ高圧的だった父親との確執もさることながら、
BEACH BOYSのメンバーでもあった弟たちへの思いが熱くてグッとくる。
ブライアンの“妻子”に対する言及が過剰でないところも特筆したい。
控えめな佳作である。
★映画『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』
2021年/アメリカ/英語/93分/原題:Brian Wilson: Long Promised Road/字幕監修:萩原健太
監督:ブレント・ウィルソン 製作:ティム・ヘディントン、テリサ・スティール・ペイジ、ブレント・ウィルソン
製作総指揮:ブライアン・ウィルソン、メリンダ・ウィルソン、ジェイソン・ファイン
共同プロデューサー:ジャン・ジーフェルス
出演:ブライアン・ウィルソン、ジェイソン・ファイン、ブルース・スプリングスティーン、
エルトン・ジョン、ニック・ジョナス、リンダ・ペリー、ドン・ウォズ、ジェイコブ・ディラン、
テイラー・ホーキンス、グスターボ・ドゥダメル、アル・ジャーディン、ジム・ジェームス、
ボブ・ゴーディオ
配給:パルコ ユニバーサル映画 宣伝:ポイント・セット
Ⓒ2021TEXAS PET SOUNDS PRODUCTIONS, LLC
8/12(金)、TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほかにて全国公開。
公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/brian-wilson
映画『モガディシュ 脱出までの14日間』
2022-06-28

アフリカ・ソマリアの1991年の内戦に巻き込まれた韓国と北朝鮮の大使館員たちの“脱出劇”を
実話に基づいて描く2021年の映画。
ポリティカルなネタをある種のエンタテインメントを交えてわかりやすく組み込み、
韓国映画らしいダイナミックな仕上がりだ。
1990年、ソウル五輪で大成功を収め勢いづく韓国政府は国連への加盟を目指し、
多数の投票権を持つアフリカ諸国へのロビー活動に励んでいた。
ソマリアの首都モガディシュで韓国大使を務めるハン(キム・ユンソク)は、
現地政府の上層部に何とか取り入ろうとしている。
一方、韓国より20年も早くアフリカ諸国との外交を始めていた北朝鮮のリム大使(ホ・ジュノ)も
国連加盟のために奔走し、
両国間の妨害工作や情報操作はエスカレートしていく。
そんな中、ソマリアの現政権に不満を持つ反乱軍による内戦が激化。
暴徒に大使館を追われた北朝鮮のリム大使は、
絶対に相容れない韓国大使館に助けを求める決意をする。

韓国と北朝鮮は、朝鮮戦争の“休戦協定”をかわしてはいるが、完全な“終戦”ではない。
形式上は今もなお“戦争状態”で、
北朝鮮にとって中国やロシアなどの強権同志国家以外は世界中が敵だから金正恩は挑発を続ける。
この当時から今も基本的に状況は変わってない。
そんな油断大敵一触即発の両者が、
疑心暗鬼の反目を繰り返しながら協力していくところがこの映画の見どころの一つ。
ソマリア駐在の“南”と“北”の大使館員が、
自分の家族らとともにモガディシュから脱出する様子がスリリングである。
イラン革命の時のアメリカ大使館人質事件(1979~1981年)ほどではないにしろ、
わりと最近だと昨年のアフガニスタンやロシア侵略後のウクライナに連なる
大使館員の“受難”の歴史の一断面だ。

僕にとってはソマリアを舞台にしていることがこの映画のポイントだ。
アフリカ大陸の東端のソマリアは
ネット社会になった今でも一生懸命情報を捜さないと状況はわからない。
この映画の内戦の“流れ”で2000年代には
イスラム過激派勢力“アル・シャバブ(略称:シャバブ)”が生まれ、
容赦ない活動で国民を恐怖に陥れる。
あくまでも米国のシンクタンクの“評価”だが、
ソマリアはここ15年近く連続で“失敗国家(failed state)”ワースト・スリーに認定されている。
何年も真にアナーキーな政治状況とみなされている。
ジョン・ライドンが最近“転向”を表明したように、
政治レベルでのアナーキーは理想主義で現実問題とんでもないと言わざるを得ない。
真の無政府状態で暮らすソマリア国民の「治安をどうにかしてほしい」という何年も前に聞いた声が、
僕の鼓膜から永遠に離れない。

基本的に韓国はソマリア国内の問題に関して“部外者”で“他人事”だからこそ、
クールな視点でソマリア“動乱”の一端がディテールにこだわってリアルに描かれている。
現在ソマリアは韓国政府から渡航禁止国家の一つに指定されているため、
この映画の舞台であるモガディシュでは撮影ができなかったという。
そのためスペインにも近くアジアっぽさも漂うアフリカ大陸北西部のモロッコで撮影を行ない、
しっかり当時のモガディシュをリサーチして生々しく“再現”している。
シリアやミャンマーやアフガニスタンなどと同じく
ソマリアも忘れられた地の一つになっている・・・というか、
それ以前の問題でほとんど状況が知られてない国と思われる。
プライベートの人間関係と同じく関心を持つことが大切だし、
様々な視点で物事を見ることの大切さもあらためて知る映画だ
★映画『モガディシュ 脱出までの14日間』
原題:모가디슈 ESCAPE FROM MOGADISHU/2021年/韓国/カラー/121分/シネスコ/5.1ch/字幕翻訳:根本理恵
監督:リュ・スンワン
出演:キム・ユンソク、ホ・ジュノ、チョ・インソン、ク・ギョファン、キム・ソジン、チョン・マンシク
提供:カルチュア・エンタテインメント 配給:ツイン、 カルチュア・パブリッシャーズ 宣伝プロデュース:ブレイントラスト
(c)2021 LOTTE ENTERTAINMENT & DEXTER STUDIOS & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.
7月1日(金)新宿ピカデリー、グランドシネマサンシャイン 池袋ほか全国ロードショー。
mogadishu-movie.com
映画『魂のまなざし』
2022-06-22

19世紀から20世紀にかけて生きたフィンランドの国民的画家ヘレン・シャルフベックの劇映画。
50代前半から60代頭にかけての時期に絞った作りで“ロマンス”を絡め、
僕みたいに彼女の名前すら知らない人でもまったく問題なく入っていける。
ウクライナ戦争によってクローズアップされたロシア帝国からのフィンランド独立前後の時代で、
そういう“変革”の空気と共振したヘレンの解放と自立の歩みがていねいに描かれていく。

1915年、ヘレン・シャルフベックは、いわば忘れられた画家であり、
支配的で兄を可愛がっていた高齢の母とフィンランドの田舎で一緒に暮らしていた。
最後の個展から何年も経っていたが、
ヘレンは、栄光のためではなく内から湧き出す情熱のためだけに描き続けていた。
そこへ画商が訪ねてきて大規模な個展開催を決めたことが画家としての朗報になるが、
彼と一緒に来た森林保護官でアマチュア画家のエイナル・ロイターとの出会いが
ヘレンの人生後半の運命を決定づける。

まず俳優陣が素晴らしい。
芸術家ならではと言える気難しいキャラをラウラ・ビルンが見事に演じている。
1981年生まれとは思えぬほど50~60代のヘレンに成り切っているのだ。
けわしくもなり、穏やかにもなる表情ひとつで、
その時々の感情の機微がデリケイトに表現されている。
ヘレンにとっての運命の男性であるエイナルを演じたヨハンネス・ホロパイネンは、
『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』(2018年)の主演男優だ。
その映画でバンドのヴォーカル役を務めていたが、
見た目は別人ながら引き続き好青年役で好演している。

その時々の絵の作風にも表れているだろうが、
ヘレンの意識の流れを描いた映画である。
ポイントになる一つが家族・・・特に母親との関係だ。
節目節目で反目シーンが挿入され、
母親との“清算”はヘレンが飛翔するのに大切だったことが映画の後半でほのめかされる。

そして、やはり、この映画の核はヘレンとエイナルの関係だ。
出会いからゆっくりと親密になっていき、
特にヘレンはクールな佇まいの中に彼の肉体への興味を隠せないあたりにゾクゾクさせられるが、
エイナルからの衝撃の“告白”で錯乱し、病んでしまうあたりのインパクトが強い。
そこから二人の関係を“再生”していく過程が特に見どころだろう。
芸術家の映画ではあるが、
年が離れた年下相手と繰り広げる中高年/シニアの“ロマンス”の映画でもある。
観ていると切なくなるばかりだが、
“男性経験”無しに見えるぐらいウブと言えるほど純情なヘレンの感情の揺らぎが、
エイナルとの関係の状況によってクールに激震する様子が痛いほど伝わってくる。

すべて、虚飾無しの作りによるところが大きい。
晴天でも曇天でもない明るさに終始包まれている映像色がヘレンの人生を象徴する。
建物や調度品、自然の風景なども侘び寂びの効いた仕上がりに一役買っている。
手紙が主な伝達手段ならではのスローなテンポ感が心地いい。
ゆっくりした律動に貫かれているからだれることはなく、
ピアノ中心の静かな音楽もぴったり寄り添う。
観終わったあと、
ヘレンと一緒に気持ちが晴れやかになっている佳作だ。

★映画『魂のまなざし』
2020年/フィンランド・エストニア/122分/原題:HELENE/字幕:林かんな
監督:アンティ・ヨキネン/出演:ラウラ・ビルン ヨハンネス・ホロパイネン クリスタ・コソネン エーロ・アホ ピルッコ・サイシオ ヤルッコ・ラフティ
配給:オンリー・ハーツ
(C)Finland Cinematic
7月15日(金)より、東京・渋谷Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
http://helene.onlyhearts.co.jp/