SIGUR ROS『Valtari』
2012-05-30

アイスランドの4人組による4年ぶりの6作目。
その間にはヨンシー(vo他)のソロ・アルバムの『Go』や、
本作でエンジニアなどを務めたアレックス・ソマーズと彼が組んだ『Riceboy Sleeps』が出た。
悪くはなかったが、
プライヴェイトなその2作を経て今回のアルバムを聴き、
メンバー個人よりもSIGUR ROSというバンドが好きということも再認識できた。
もはや完全にポスト・ロックの域を超え・・・、
いやもともとそういう立ち位置とは違うバンドだ。
すべてのポスト・ロックがとは言わないが、
生気がなくて軽くて小ぢんまりとしたポスト・ハードコアの流れのポスト・ロックとは別物の
静かなるダイナミズムに打ちのめされる。
ギター、ベース、ドラム、鍵盤楽器を使っていると思われるが、
これまで以上に極めてミニマル&ミニマムだ。
ピアノをはじめとする鍵盤楽器のウエイトが大きいとはいえ、
どうやって音を編んでいるか見当もつかない音像。
ストリングスも元の音が見えないほど溶け込んでいる。
さりげなく緻密に作っているし、
現代音楽も応用しながら一種のオーケストレーションにも聞こえる。
歌が入ってない静かなパートもアンビエントと呼ぶには生々しい。
命の血がかよっている。
やさしく、
だがヘヴィ。
小さな響きに聞こえてもかなりの音圧を感じる。
恐ろしくデリケイトな凍てついたサウンドがあたたかい聖歌のような緊張感を醸し出す。
ドラムは必要最小限の入り方だし、
たとえドラムを使ったパートでもあまりはっきりしたビートではない。
だが確かなるビートが鳴っている。
ゆっくりとした律動・・・・そう心の律動だ。
生命力のリズムだ。
筋骨隆々とは対極のヴォーカルは、
こういう声が人間は出せるのか・・・という域まで進んでいる。
穏やかな歌声と研ぎ澄まされたファルセットは男性原理から完全に解き放たれた響き。
歌詞は不明だが(曲名から察するに母国語と思われる)、
歌詞に頼るシンガーやバンドではない。
響きがすべてだ。
立ちのぼる霧が見えてくるほど
かの地の空気が伝わってくる音。
ゆっくりとまっすぐのびていく音。
最果てまで届かれるべき音。
どこまでも遠くが見える風通しのいい音。
ダイナミック・レンジの大きいレコードの音みたいに彫りが深い音の仕上がりも素晴らしい。
例によって落ち着いた欧州の映画みたいなアルバムだが、
今年2月の“北欧映画祭”の一環で上映された時に見た
アイスランドのリアル・インディ・バンドたちのドキュメンタリー映画『バックヤード』を思い出す。
のどか&エキサイティングな我流のパフォーマンスで彩った素敵な作品だったが、
SIGUR ROSはビッグになっても
いい意味でそういうバンドたちと同じピュアな眼差しの響きだ。
世界の極北の地とも言えるアイスランドならではの
世界の潮流に揺らぐことのない表現は、
どんなメッセージよりも強い。
実際ここで響いているのは華奢に見えて強靭な音だから。
雪どけ、もしくは飛翔のメタファーの音楽。
涙腺を愛でる佳作だ。
★シガー・ロス『ヴァルタリー~遠い鼓動』(EMIミュージック・ジャパン TOCP-71290)CD
詫び寂びの利いたアートワークの淡い色がよく出た味のある紙質の三つ折り紙ジャケットの
約55分8曲入り。