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パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『先祖になる』

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岩手県陸前高田市で生きてきた77歳の男性が
おのれの肉体で東日本大震災から復興する姿を描くドキュメンタリー。
音楽だけでなく映画も日本ものは
こぢんまりとまとまった内向きの作品が目立つが、
これは“9.11以降”云々の域に留まらない生身のスケールとパワーの“人間映画”だ。

『延安の娘』(2002年)や『蟻の兵隊』(2006年)を監督して『ちづる』(2011年)をプロデュースした
池谷薫が監督。
というわけで中国残留日本兵の男性の闘いを追った『蟻の兵隊』の流れを感じさせ、
我が道を行くストロングかつチャーミングな爺に目頭が熱くなっていく。
なにしろオープニングからしてもう完全に突き抜けている。
黄色いメガホンを手にした爺の第一声と顔にヤられる。
その瞬間にぼくはこの映画がイージーな感動を超えた傑作と確信した。

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“先祖になる男”の佐藤直志は1934(昭和9)年に陸前高田市気仙町で生まれ、
60年以上続ける“きこり”の仕事をメインに農林業を営む。
東日本大震災に伴う津波で消防団員の長男を失って二階まで水に浸かった家も激しく損傷するが、
3月14日には“再起”を決意。
昔から長い時間をかけて再生してきたこの地の歴史を承知しつつ
市の復興計画を待つ時間がない“爆弾”を身体に抱える佐藤は、
「1年でも2年でも住んで山に帰りたい」と
先祖が生きてきた元の土地に家を建て直すことを住民集会で宣言する。

津波で枯れた森の木を自らチェーンソーで次々と切り倒していく佐藤。
合法的な家財確保のためである。
味噌・醤油などの製造販売に従事する傍らで伝統文化の継承にも精力的に取り組む15才年下の菅野剛らの
サポートを得ながら着々と歩みを進める。
町の中に仮設住宅ができるも佐藤は移住を拒否し、
津波禍の後もしばらくは一緒に元の家に住んでいた妻と長男の奥さんとは別居。
1959年に結婚した時に建てた家の解体工事に踏み切ってからは、
冬はマイナス10度にも冷え込む納屋で一人暮らしを始める。
数年前に放射線治療も受けた本人曰く「秒読み」の病とは別に神経痛の薬も服用しながら、
佐藤は新居費用を稼ぐべく山仕事に向い、
建築を見守るのであった。


佐藤の呼びかけで行なわれた陸前高田の高台での花見の場を監督が偶然訪れた2日後の、
2011年4月某日の佐藤へのロング・インタヴューのシーンから始まるが、
まずもうなんたって佐藤のキャラに尽きる。
強靭な精神と飄々とした佇まいのギャップ・・・というよりそいつは背中合わせのものであり、
そんでもってオチャメかつシャイ。
自らこしらえた巨大な“男根オブジェ”を公開するシーンでは、
大きさはともかく裏筋のニュアンスを自分の男根を参考にしながら作り上げたと解釈できる言葉を
恥ずかしそうに漏らす。
一方で巨大な“女陰オブジェ”の方は布で隠し隠し披露。
それもまた佐藤のさりげないやさしさってやつである。

町のみんなのことは考えつつも安易に慣れ合うことはない。
だが屹立した心の姿勢がカッコいいから慕う人たちが自然と佐藤の周りに集まって協力している。
土地と水さえあればどうにかなるという信念も、
育てられた土地への感謝と津波禍を乗り越えての水への敬意に貫かれていて圧巻である。
言うべきことは言う。
汚水地域ゆえに立ち退きを迫る市職員の要請は佐藤にしては珍しく声を荒げて拒否したが、
一方で彼らにねぎらいの言葉もかける人間である。
誰かを責めはしないし、
能書きも愚痴も垂れずに佐藤は家を建てるための木を黙々と伐採していく。

佐藤の持論は「自給自足こそが生きている証」。
正真正銘のDIYスピリットがまさにパンクである。
「頑固一徹でがんばる」と言う姿勢はまさにハードコアだ。
特に“すべてはおのれ次第”なアメリカン・ハードコアの精神性やアティテュードと共振している。

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佐藤の奥さんや他界した長男の奥さん、
「あたりまえのことをしているから惹かれる」と言って佐藤を支える前述の菅野剛の談話も、
適宜時間を割いて挿入。
特にやはり佐藤の奥さんの正直な話がたまらない。
むろん険悪な関係というわけではないが、
佐藤が見える場で“別居”の理由を語る。
お互いの“個”を尊重し合っている仲にも見えるし、
必要以上に“家族の絆”云々の類いを強調してない作りも素晴らしい。
だからこそ先祖とのつながりを大切にしつつ佐藤がとても解き放たれて見える。

試写会でいただいた資料によれば、
山師の父親が大酒飲みで家に金を入れなかったために十代の頃から佐藤が一家の生活を支えたらしい。
という人生を歩んできたにもかかわらず
丈夫な身体に産んでくれて育ててもらったからこそ自分自身で復興できるということで、
親に感謝する言葉を述べながら位牌を移す。
もっとヴァイオレントで非常識な独断専行型だったが、
佐藤を見ていると21年前に他界した自分の父親を妙に思い出してぼくは目が潤んでしまった。


佐藤をはじめとする人間たちの魅力をシャープかつあたたかく表現した映像力にも舌を巻く。
“人間力”を描くには映像力が第一だし、
それこそが映画ならではのダイレクトな表現ってもんである。
適度に植物などを映し出しながら、
ぐいぐいぐいぐいダイナミックにカメラが人間に迫っていく。
対象に気後れして躊躇した映像が目につく日本の映画が多いだけに快哉!である。
監督が“真剣勝負”の心意気で真正面から臨んたから佐藤は“はらわた”まで輝かせてさらし、
まっすぐなカメラの目で佐藤の肝が放射されっぱなしである。
特に「山さ来ればまだ二十代のつもり」と
自らチェーンソーを手に取って木を伐採する姿が特にあまりにもクールだ。
さらに光を司る撮影センスも静かなる磁場を生み出すのに一役買っている。
すべては佐藤と監督のストレートな交感の賜物である。

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音楽は影響力が大きいから時に映画の生々しい濃度を薄めがちで雰囲気をぶちこわす。
だから『先祖になる』に音楽は挿入されない。
そもそも人間と映像の律動が共振している映画だから『先祖になる』に音楽は要らない。
天然の音声がすべてである。
農作業などの生活の音や自然界の音に加えて、
900年続いていると言われ2011年の夏も開催された気仙町の祭りの“けんか七夕”の音声が強力だ。
骨組みを支える藤ヅルを佐藤が切り出して作った山車がガレキの残る中を進む音や祭り太鼓の音、
その周りの人々の声。
特に若い衆の声が強力で、
覚悟を決めた復興宣言を猛烈に熱く“壇上”から叩きつける青年部のリーダーをはじめとして、
伝統的なジャパニーズ・ハードコア・パンクよろしくの気合と涙に満ちた魂の震えを聴かせるのだ。

さらに佐藤が発する“オーガニックなサウンド”が格別である。
PLASMATICSやEINSTURZENDE NEUBAUTEN、HANATARASHIなどのバンドは
レコーディングやライヴでチェーンソーを使ってきたが、
“きこりの佐藤”の片腕になっているチェーンソーは“生”のノイズ。
研ぎ澄まされた“音楽”である。

何より佐藤の声そのものが極上の“歌”だ。
たとえ大声でなくても、
いつなんどきに発する声でも佐藤の高い音域の声は中途半端な俳優のセリフの百万倍空気を震わす。
すべてが“生きている声”だからである。
オードリー・ヘプバーン主演の某映画の大ファンで
新居建築中も夜は一人テレビで映画を見ていた佐藤は、
天然で剥き出しのリアリズムに富むシリアス&ユーモラスな“役者”である。

佐藤に天然の後光が差しているラストがまた美しすぎて痺れる。
映画の肝になった音声とテロップが流れるシンプルなエンディングも言うこと無しだ。

あっ、そうそう、
FILAのジャージやジョージアのジャンパーなどをクールな着こなす
佐藤の粋なファッション・センスも忘れちゃいけない。
こういうオシャレなところも見習いたい次第である。

というわけで敬意を込めてこう言わせていただく。
まったくもってグレイトなジジイだぜ!


★映画『先祖になる』
2012年/日本/カラー/デジタル/118分/ヴィスタ
2月16日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。
Photo by Hiroko Masuike
http://senzoninaru.com/


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プロフィール

行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)、
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)、
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)<以上リットーミュージック刊>、
『メタルとパンクの相関関係』(2020年~BURRN!の奥野高久編集部員との“共著”)<シンコーミュージック刊>
を発表。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

https://twitter.com/VISIONoDISORDER
https://www.facebook.com/namekawa.kazuhiko
                                

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