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パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『ぼくらの家路』

ぼくらの家路■main_small


10歳と6歳の兄弟が母親を探す2013年のドイツ映画。
フランソワ・トリュフォーの名作『大人は判ってくれない』にも通じるニュアンスの作品である。

テレビ映画等を作ってきた70年生まれのエドワード・ベルガー監督が約13年ぶりに手がけた長編で、
2002年ドイツ・ベルリン生まれの主演のイヴォ・ピッツカーが今回初めてカメラの前に立って作られた。
そういう感じで日本での知名度が高くないこととは別に、
“また家族絡みで子供がメインの映画か・・・”と冷めた気持ちで僕は見始めたが、
いつのまにか引き込まれていた。
わざとらしく手垢にまみれた感動を超えて大切なものが突きつけられるストロングな佳作である。

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舞台はベルリン。
10歳のジャックは登校前から帰宅してからまで6歳になる弟のマヌエルの世話で毎日大忙しだ。
仕事もしていて優しいが、まだ若いシングルマザーの母親が恋人との時間や夜遊びを優先していたからである。
でも、家で起こったとあるアクシデントで半強制的にジャックは施設に預けられることになる。
施設の中で待ち続けた夏休みがようやく来るも母親から迎えが3日後になると電話が入ってジャックは落ち込む。
さらに歳が離れていて問題児が多く友達もできず馴染めなかった中で“事件”を起こしたジャックは、
施設を飛び出す。

夜通し歩き続けて家に着くも母親は不在で鍵もないから中に入れず、
母親の携帯電話は留守番伝言メッセージばかりだったから、
いつのまにか母親が知人に預けていた弟のマヌエルをジャックは迎えに行く。
そして兄弟は母親と会いたい一心でベルリンの街中の心当たりの場所を尋ね歩き、
彼女の職場やナイトクラブから“元彼”の仕事場にまで押しかけるのであった。

ぼくらの家路■sub01

兄弟の3日間の“旅”がメインの物語である。
親戚などの頼れる大人もいないからお金も食べ物も寝る場所もない。
“腹ペコのため”と“自分の行動で迷惑をかけた施設の同部屋の子への仁義”のために“犯罪”もいとわない。
そんな兄弟、
いや実際は主人公のジャックがたくましくなっていく3日間での“成長”を見届ける映画である。
登場人物が極端に限定されている作品ではないにもかかわらず、
映画の中のほとんどのシーンにジャックが映っている。
たとえ主人公だとしてもこれほど一人の人物がスクリーンから消えない映画はあまりない。
映画の原題が『JACK』なのもうなずけるほどジャックに“照準”が合わせられており、
ジャックの3日間の生き様を描いた映画と言っても過言ではない。

離れ離れになった原因にもなったとある自分の“過失”が頭に残っているのか、
みんなで一緒に家で暮らしていた時以上に弟の世話に気を使うジャック。
一人で行動できない弟を見殺しにはできないという使命感と責任感にも思える。
陳腐で押しつけがましい兄弟愛みたいなやつじゃなく、
さりげないからこそ生々しい。
ただし僕にはジャックが“弟と一緒に頑張る!”という気持ちでいるようには見えない。
まだ弟は物心がついてなく母親への思いも曖昧なだけに、
ジャックは10歳にして一人ですべてを決めて行動に移さなければならなかった。
そんな自立心の芽生えの加速度がこの映画の肝である。

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ジャックは孤独だ。
中盤以降は弟とほぼずっと一緒だから寂しくはないだろうが、
母親を探している最中、
いや映画の冒頭からエンディング間際までずっと孤独に映る。
何しろジャックは“会話らしい会話”をあまりしてない。
弟と母親以外にコミュニケーションらしいコミュニケーションが取れた人間は、
後半で手を差し伸べる母親の元彼ぐらいだ。
施設から飛び出してからの会話の相手がほとんど弟だけなのも象徴的である。
そんなジャックの孤独感がさりげなくスクリーンから劇場内に広がっていく作りが素晴らしい。

ジャック役をまっとうした男の子の演技は初心者とは思えないほどのリアリズムで、
やはり邪心がないからこそである。
序盤から苦虫をつぶしたような表情は楽しいことなんて何もないとばかりで、
既に自分が出会ってきた人間との経験で否応無しに鍛えられていたように映る。
物語が進んでからも晴々した表情がほとんど見られず、
色々と体験して調子いい連中のウソと底意地をますます見抜くようになっていく。
それは親子の関係だけでなく人間関係全般に対してのようで、
この歳で人生の徒労を覚えて諦観したかのような表情は演技とは思えないから僕の胸を刺し続けた。

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母親はジャックを施設に預けるように児童福祉局から命じられて猛烈に拒絶している。
その気持ちもウソではないだろう。
でも自己愛の強い母親は子供に計り知れないダメージを刻み続ける。
自己愛の強い人間は自己保身に努め、
家族も含めて他の人の気持ちを察することなく結局は自分のことしか考えてないからだ。
いわゆる虐待をする親はわかりやすい。
だが“silent abuse”とも言うべき知らす知らずのうちの“虐待”は悪気がないからこそタチが悪く、
心の深手が消えないほど残酷である。
母親は衣食住に不自由させずにそれこそ物さえ与えてれば自分も満足みたいな調子で、
ジャックたちの気持ちに向き合っているようには見えない。
自分のことしか話さない。

そんな母親を演じた女優やキュートな弟もジャック役の男の子に匹敵するほどの名演で
他の俳優たちも自分がこの作品で為すべきことを身体でわかっていて映画をふくらませている。

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リアリティ十分の脚本も含めて引き締まった映画全体の作りも特筆したい。
最初の方で出てくる“エッチネタ”以外はストイックなほどのストーリー展開で、
ドイツらしい剛直な筆致に目が覚めていく。
父親に関してぼかしていることをはじめとして、
作品にとって“不必要なこと”にはあまり触れていない。
色々詰め込むことで作品の本質が見えにくくなっている映画がとても多いのだ。
無駄なシーンを削ぎ落とした作りと同様に、
音楽が必要最小限にしか使われてないこともポイント。
テーマ曲が、
スウェーデンのシンガーソングライターAnna Von Hausswolffの「Funeral For My Future Children」なのも粋だ。

そしてやはりまず映像そのものに力があるからこそ最後まで魅せられる。
兄弟二人をずっと見守っているようなカメラなのだ。
特に目立つような凝った映像はないが、
まっすぐに対象をとらえていてホット&クールなベルリンの街並みと人々の映像もシャープに迫ってくる。

母親を探すためにずっと歩きまわり追っ手から逃げるためにずっと走り続けるジャックと共振して、
映画全体が止まってないことも特筆したい。
いわゆるスピーディな映画じゃないもかかわらず、
ジャックの意思と意志が宿ってずっと加速しているのだ。


ネタバレになるからこの映画を観て思った一番大切なことを今ここで書くことは控えた。
“Never give up”は一見かっこいい言葉だが、
死ぬほど頑張っている人間には死ぬほど残酷な言葉だし人生も命も無駄になりえる。
他人をあてにしてはいけない。
進むために断つ。
絶望から失望、そして希望に。
解き放たれるラスト・シーンに胸がすく。

オススメ。


★映画『ぼくらの家路』
2013年/ドイツ/ビスタ/5.1ch/1時間43分/原題:JACK/PG12/日本語字幕:吉川美奈子/配給:ショウゲート
9月19日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか公開
© PORT-AU-PRINCE Film & Kultur Produktion GmbH  


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プロフィール

行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)、
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)、
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)<以上リットーミュージック刊>、
『メタルとパンクの相関関係』(2020年~BURRN!の奥野高久編集部員との“共著”)<シンコーミュージック刊>
を発表。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

https://twitter.com/VISIONoDISORDER
https://www.facebook.com/namekawa.kazuhiko
                                

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