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パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『娘よ』

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アジアを“舞台”にしたグレイトな映画が続く。
今回紹介する日本初公開のパキスタン映画もその一つだ。
この作品が長編デビュー作となる、
1974年パキスタン生まれの女性アフィア・ナサニエルが監督・脚本・プロデュースを行なっている。

パキスタンの村で起こった実話を基に作られた映画だ。
いわゆるテロとは直接関係ない映画だが、
イスラム過激派組織のパキスタン・タリバーン運動に“暗殺”されかけて
2014年に17歳でノーベル平和賞を受賞したマララもパキスタン出身で、
彼女が狙われた背景をイメージすると一層わかりやすい映画とも思う。

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パキスタンとインド、中国の国境にそびえ立つ山脈の麓が映画の舞台。
多くの部族がひしめき合う地で、
そのうちの一つの部族に属する10歳の娘と母と父の家庭から物語は始まるが、
まもなく血で血を洗う部族間のトラブル解決のために娘が“取引のブツ”にされそうになる。
だが、
結婚をはじめとして女性ゆえに自由や自己選択がなかった自分の経験を活かして母は娘を連れ出し、
掟に縛られた部族を脱出して文字どおりの命がけの逃亡を決行。
名誉丸つぶれで体面が汚された両部族の男たちが執拗に捜索する中、
道中の序盤で出会ったトラック運転手の男を巻き込んで母と娘は逃避行を続ける。


山あり谷ありながらストレートでわかりやすいストーリー展開だが、
やはりある程度決まった音楽スタイルながら無数のヴァリエーションがある“ロックンロール”と同じく、
物語としては普遍的な定盤のシンプルな逃避行劇でも監督らの手腕とセンスによって無限にふくらむ。
本物に古いも新しいもない。
政治性を露わにしてないとはいえ、
ジェンダーの問題や家族関係などの社会的な問題で肉付けされ、
映像力と音楽力も相まって深い人間ドラマに仕上がっている。

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明るい素材の映画ではないが、
山岳地帯メインの大自然の景色をはじめとして土の匂いが漂う秋色の映像に魅せられる。
かと思えばドギツイ配色センスのトラックなどの鮮烈な色使いのアイテムの数々に驚かされ、
淡い色合いの民族衣装も映画に彩りを添えている。
さらに村人たちの生活もしっかりと映し込んでいるからこそ、
これが必ずしも特例ではなく彼の地の一般の人の間で起こっている出来事であることをさりげなく示す。
やはりセリフで理屈をこねるより、
ガツン!とアピールする映像は正直だしダイレクトに伝わってくるとあらためて思う。
景色だけでなく人物の意識を掘り起こす遠近のカメラ・アングルも見事だ。

民謡も含めて情趣に富んだ民俗音楽がいい感じで挿入され、
映画全体のゆっくりとした躍動感に一役買ってテンポも良くしている。
もちろん“生”と“命”の肝の作品だから、
音楽が聞こえてこない場面でも心のビートがずっと振動している映画だ。

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アジアやアフリカなどの地域によっては今も
いわゆる民族間というより部族間の争いが元で内戦が始まるケースも絶えないわけだが、
部族に限らず掟が支配する様々な集団が“犠牲者”を作り出す怖さもあらためて知る。

映画の中では“イスラム”が強調されていないとはいえ、
パキスタンがイスラム国家だけに否応なく“そういうイメージ”で薄っすらと覆われてもいる。
“やられたらやり返す”という考え方もその一つだが、
部族間の憎悪復讐の連鎖を断ち切るために娘が“生贄”になりかかる。

少なくても『娘よ』の地では女性に人権はない。
死ぬまで続きかねない母と娘の逃走は彼の地の伝統と言えそうな女性の受難を象徴している。
女性に対する迷信と呼ぶべき奇妙な言い伝えは子どもたちの間にも広まっていて、
風習というより因襲と呼ぶべきしきたりを初潮が始まる前後には思い知らされる。
“娘を自分みたいな目に遭わせたくない”“娘にはしあわせになってほしい”という気持ちに駆られ、
「15才で結婚させられて私は終わり。自分の母親にも会えなくなった」この母親は部族からの脱出を決意。
この映画は必ずしも親が子どものしあわせを願っているとは限らないことも見せるが、
この母親は命がけで娘がしあわせになることを願って命がけで実践している。
さらに娘を救うことが逃亡のメインの動機ながら、
娘の母親は何年も何年も会うことが半ば許されなかった自分の母親との再会も目指していた。
とにかく母と娘の強靭なつながりがこの映画の肝である。

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家族の問題も炙り出している。
一般的には“家族の絆”とかそういう単細胞な観点で家族ってものが語られがちだが、
基本的にはあまり選べない人間関係だけに“家族が地獄”という人は世界中にいくらでいる。
助け合い協力し合うことがどの家族でも行なわれているわけではないし、
外ヅラは良くても家族内の人間を利用することに罪の意識がない無神経な自己愛人間もいる。
計算高い人間は自分のエゴを満たしながら利益や体裁のために、
親だろうが子だろうがきょうだいだろうが関係なく利用する。
家族内は血のつながり云々の拘束性が高いからこそ陰惨なのは日本の家庭内殺人事件でもよくわかる。。
『娘よ』を観てそんなことをあらためて思いもする。

部族と家族は抑圧的な拘束力という点で共通するものがあると読むことも可能な映画だろう。
『娘よ』では娘の父親の兄弟間で嫉妬の感情も元々あり、
娘の父親の弟が娘の母親(父親の妻)を探すのは部族のためというより彼女を自分のモノにするためで、
そのへんの絡みでもまたストーリーがふくらんでいく。

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ただ『娘よ』が心を揺さぶるのは、
そういったネガティヴな面を突き抜けるポジティヴな人間の交流がていねいに描かれているからだ。
大半の映画と同じように『娘よ』も人間のつながりが肝で、
男性優位社会批判にも受け取れる映画ながら母娘の味方になる男もいる。

母と娘の逃走劇のキーパーソンになっているのは、
途中からずっと二人に関わり続けるトラックの運転手の男だ。
イスラムのムジャヒディンの戦士を経験して修羅場をくぐってきて訳ありの人生を送ってきただけに、
トラックの運転手は母娘に出会って状況を察知した当初は“もう面倒事は御免!”の態度だったが、
部族の有力者の力で包囲網が張られて二人が“指名手配”までされている状況の中、
命がけで母娘を手助けしていく。
三人が親密になっていく様子が見どころで、
母親と運転手の交感にロマンスを感じるのは僕だけではないだろう。
部族の男たちも同じように感じて母親の行為を駆け落ちと解釈し、
女性の不貞か絶対に許されない地ゆえに一層激昂して執拗に母と娘を追い求める。

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トラックの運転手は暗黒の中に火を灯す人物だが、
もう一人、映画の灯になっているのが娘である。
無邪気な中にドキッとした色気も香らせ、
“輝ける道”につながる存在感を放っている。

とにかくどの俳優も熱演で感情表現が素晴らしく、
特にメインの三人である母親、娘、運転手の感情のワイルドでデリケイトな震えを
映画としてしっかり描写した監督の手腕も特筆したい。
治安が不安定な地でイスラム法的にも自由が利かない撮影も反映したかのような息を呑む緊迫感と、
まったりした叙情の調べが背中合わせであることもほのめかしている。
三人が交わす会話の一つ一つも味があるし、
さりげなく示唆に富んで希望のロマンが滲む言葉も多い。

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観た人ひとりひとりの想像の中でその後の展開を作らせる締めもいい。
余計なお世話の過剰な説明や付け足しは興ざめなだけだから。
ラストは、
視野が狭く高圧的で自己保身の人間たちが支配する現実社会では思うように進まない不条理に対して、
奇跡を祈るかのような救いの光である。


★映画『娘よ』
2014年/パキスタン・米国・ノルウェー/デジタル/93分
3月25日(土)〜東京・岩波ホールにてロードショー。以降、順次全国公開。
© 2014-2016 Dukhtar Productions, LLC
http://www.musumeyo.com/


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プロフィール

行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)、
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)、
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)<以上リットーミュージック刊>、
『メタルとパンクの相関関係』(2020年~BURRN!の奥野高久編集部員との“共著”)<シンコーミュージック刊>
を発表。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

https://twitter.com/VISIONoDISORDER
https://www.facebook.com/namekawa.kazuhiko
                                

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