映画『最愛の大地』
2013-07-18

© 2011 GK Films, LLC. All Rights Reserved.
遺伝子の関係で乳ガンになる可能性が高いと知り決行した乳腺切断と乳房切除でも最近話題になった、
米国生まれの女優として知られるアンジェリーナ・ジョリーの初の長編監督/脚本映画。
国連のUNHCRの親善大使を務めるなど多彩な政治的活動も行なっている彼女ならではの作品で、
東欧の旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナで90年代前半に起こった
血を血で洗う民族衝突のボスニア紛争を舞台に、
異民族間の恋愛を描いた映画である。
セルビア系、ムスリム系、クロアチア系の争いのボスニア紛争が絡む映画は
ぼくが見た数作品だけでもほとんどが底無し沼の地獄のように重い。
それこそ大量殺戮ものでも基本的には一人のファシストが仕切ったゆえに趣が違うナチを扱った映画より、
悲惨に見える。
いたたまれない作品になるのは現実がそうだから必然なのだが、
これはナチュラルなフェミニズム感覚の活動も展開している女性ならではの切り口で
ロマンスを絡めたことにより一層むごい現実を際立たせている。
原題は『In The Land Of Blood & Honey』。
恋愛が甘い要素として潤いをもたらしているから“honey”という言葉もタイトルにふさわしいが、
米国のバンドであるMINISTRYのアルバム・タイトル『Land Of Rape & Honey』(88年)をもじれば、
実際の状況は“In The Land Of Blood & Rape”だった。
その一部も生々しく描かれている。
出演した俳優はほとんどが無名だが、
実際にボスニア紛争を体験した俳優や配役に該当する人種/宗教の役者を起用して
精神的なリアリティを高めている。
ボスニア人も含むスラブ系のスロバキア人の血を引く父を親に持つだけに
アンジェリーナ自身にとっても避けて通ることができないテーマだった。

(撮影中のアンジェリーナ・ジョリー)
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時は92年。
画家でムスリム系のアイラと警官でセルビア系のダニエルは恋人同士だったが、
紛争が本格的になって別れ別れになる。
再会したのは4か月後。
アパートに踏み込んできたセルビア兵士にムスリム住民が外に出され、
女性の中でも様々な意味で“メイド”として使い物になりそうな者の中にアイラも含められて
セルビア兵士の宿舎に連行されたのだが、
そこにセルビア系ボスニア軍の将校になったダニエルも滞在していた。
アイラを助けようとするダニエルはリベラルな価値観の人間で「俺は“隣人”を殺したくない」とも言うが、
セルビア将軍の父からはムスリムを殲滅しようとするセルビアの行為の正当性を説かれる。
“自分だけ守られていて強姦を逃れている”などの葛藤を抱えるのはダニエルに保護されたアイラも同じで、
置かれた立場や運命や民族などにより生じる自分の中の軋轢の“種類”の違いにより、
二人は惹かれ合いながら反目。
信頼と疑心暗鬼が渦巻く。
「俺は敵か?」と言うダニエルに対してアイラは同居していた姉のことも心配だ。
そうこうしているうちに94年の冬にはセルビア側が8割を制圧するが、
それはムスリム側にとっての重大な“人道危機”を意味した。
そこで当時の米国大統領クリントンらが“重い腰”を上げたことによりNATOの空爆が始まり、
ムスリム側もゲリラ戦で逆襲を続ける。
ストーリーは二転三転するが、
ネタバレを避けるためにここでは大ざっぱにまとめさせていただいた。

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繊細な音楽が情趣と情緒をおくゆかしく演出している。
どの場面でも煽るようには音楽を使っていないが、
物哀しい民俗音楽/民謡が流れるところでは“文化”というものも考えさせられた。
“個”というより“民族/社会/地域”が生むいわゆる“文化”は肯定的に解釈されることがほとんどだが、
民族意識の高揚のために歌われているようなシーンは複雑な気持ちになる。
この映画に対してセルビアの人からは不満の声も少なくないという。
たとえば映画『アンダーグラウンド』を監督したクストリッツァが複雑な思いを抱くと想像するのは、
ぼくだけではないはずだ。
「“ボスニア内戦”の最中はどの民族もみんなヤることヤってた」という話もウソではないだろうが、
セルビア側による“民族浄化”政策が際立っていたという有力な説に
アンジェリーナものっとって監督したと思われる。
セルビア兵士がイケイケで傲慢極まりなく描かれて
女性はもちろんのこと男性もムスリムの方がおびえた様子なのは、
民族性を表したというより優勢に立った側と劣勢に置かれた側の間で普遍的に見られる悲惨な事実と言える。
さらにアンジェリーナは、
“個”を抹殺する集団意識が高まる戦争や内戦や民族紛争でエスカレートする人間の潜在意識の一つである
性暴力にも焦点を当てた。

Photo:Dean Semler. © 2011 GK Films, LLC. All Rights Reserved.
アイラを愛する将校ダニエルは吐く。
「人はなぜ簡単に人を殺すのか」と。
似たようなことは今も世界中のあちこちで行なわれている。
戦争や紛争に限ったことじゃない。
殺しだけでなく暴力に関してもそうだ。
世の中なんでもかんでもイージーすぎるし無責任すぎるし想像力がなさすぎて日々激昂が止まらない。
ただこういう民族間のことは日本で起こっているような殺しとはやっぱり次元が違って根深く、
集団の圧力も手伝って個人で抗うのは困難に近いことも描かれている。
いくつのも残酷シーンと非情のシーンが織り込まれる。
ムスリムの人は一列に並べられて一人ずつ銃殺され、
街で見かけたら即射殺。
まさに“ムスリム狩り”である。
兵舎に囚われたムスリムの女性たちは
兵士たちの食事の支度や洗濯などをこなしながら慰安婦…否、性奴隷(sex slave)にされ、
暴力的な仕打ちも日常茶飯事だ。
暴力はクールな筆致で描かれる。
なぶり殺すなんて面倒なことはしない。
“使い物”になる女性は該当者から外し、
後の人間はさっさと始末する。
感情を殺ぎ落としてただ黙々と職務をこなすのみで
無慈悲ゆえに暴力や殺害が冷厳に見えて一層残酷だ。
“R-15+指定”の映画だから容赦ないショッキングなシーンが頻発する。
だが暴力行為やセックス・シーンの描写を必要最小限の断片に留め、
ホラー映画のように血だらけのシーンはあまり見せず、
銃殺なども“音”だけで表す手法も特筆したい。
エグい場面を長時間執拗に見せると冷めたりシラケたりする逆効果も多々あるわけで、
モロよりチラリの方が強烈な印象を残したりもする。
想像力を刺激することで逆に恐怖心を増幅させており、
このへんの映像と音の必要最小限の使い方もアンジェリーナならではのセンスである。

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街並みやガレキも落ち着いた発色の映像で見せて当時の彼の地の空気感が伝わってくる。
もちろん銃声や爆発のシーンは別だが、
静かなトーンがアイラとダニエルの葛藤と軋轢の深さをじっくりと語っている。
ストイックなほど無駄なシーンがない。
終始引き締まっている。
一時たりとも気を抜けなかったこの映画のムスリムの人たちの、
いや当時も今も根は変わらぬボスニア・ヘルツェゴビナ周辺の人たちすべての緊張感そのものだ。
それにしてもダニエルと一緒にいたときもアイラは結局くつろげなかったのか。
終盤のシーンのアイラの気持ちはどんなものだったのか。
結局は監督のエゴでしかない説明過剰や説明不足の両極端に陥っている映画がほんと多いが、
いちばん大切なところの解釈を見る人にゆだねている作りで無限に悲しみが広がっていく。
オススメ。
★映画『最愛の大地』
2011年/アメリカ/127分/カラー/シネマスコープ/英語/R-15+/原題:In the Land of Blood & Honey/配給:彩プロ
8月10日(土)より新宿ピカデリー他全国ロードショー
http://saiainodaichi.ayapro.ne.jp/
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