なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『日本の悲劇』

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『ワカラナイ』(2009年)、『春との旅』(2010年)、『ギリギリの女たち』(2011年)などに続く、
54年東京生まれの小林政広監督の最新作。
まっすぐなタイトルどおりに少なからずヘヴィな趣の佳作である。

『春との旅』では娘の父親役を演じた仲代達矢と
その息子役の北村一輝が大半の場面で映画の舵を取り、
仲代の妻役で北村の母親役の大森暁美、
北村の妻役の寺島しのぶも出演。
あとは北村と寺島の間の赤ちゃんが登場するだけという、
出演者数とカット数も含めてたいへんミニマルかつストイックな手法でギリギリ感が際立っている。

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舞台も東京下町の木造の古い平屋内のみで、
物語もいたってシンプルだ。
会社のリストラで精神的に不安定になって妻子の元から飛び出した義男(北村一輝)は、
ハローワークに通いながら父親・不二男(仲代達矢)の年金で切り詰めながら暮らす日々。
その不二男は東日本大震災の日に肺ガンで入院するも、
一回の手術で懲りて勝手に退院して家に戻り、
息子の義男は心配して再度の手術の入院を必死で勧めるも不二男は聞く耳持たず。
母親(大森暁美)の命日ということも重なって奮発して寿司を用意した義男の気持ちもそっちのけで、
不二男は妻の遺影と位牌とお骨が置かれた部屋の戸に釘を打って外部から入れなくして立ち籠る。
義男は食事を勧めるも“末期”を悟った不二男は聞く耳持たず、
独り部屋でじっとしている中で妻との最後の日や初孫と初めて顔を合わせた日や
息子の結婚の破綻の日の様子がフラッシュバック。
“亡き妻と二人だけの空間”の中でおのれの最期を迎えようとしているかのような父に対し、
義男の必死の説得が続く。

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映画だけでなくテレビでもドラマをはじめとする各種の番組で家族が題材のものが盛んだが、
仲良し話でまとめる作りが大半で違和感を覚える。
小林監督も近作の『ワカラナイ』や『春との旅』や『ギリギリの女たち』で、
日本の風土ならではの家族を描いてきている。
だがそのいずれも悲劇を“生贄”にした感動ものとは一線を画し、
家族というものの骨の軋みが聞こえてくる映画だ。
“外”では隠すエゴをぶつけるための甘えの場にも成り得る共同体の家族(≠家庭)という名の舞台は、
精神的にも肉体的にもズタズタの犠牲者を生んで時として大事件に至る。
失敗国家(failed state)という言葉があるが、
少なくてもこの映画の家族は“失敗家族”ではない。
経済的にもどうにかはなっているし息子は親に少なからず愛を持っている。
でも家族だからこそ真剣勝負で向き合った結果として致し方なく“闘い”に至る映画に仕上がっているのは、
小林監督の意識の表れに他ならない。

“高齢者所在不明問題”と
そこから派生して2009年7月に報じられた東京・荒川区の“年金不正受給事件”をモチーフにし、
東日本大震災の直後から改稿を繰り返して脚本を書き上げたという。
そういった流れの問題を“裏テーマ”に忍ばせ、
ぼくみたいな“ひがみ屋”には“絆の大安売り”に異を唱えているかのようにも見えて心に響く。
ウソがない。
甘えがない。

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年金をもらっているとはいえ役所は出てこない。
すべては家族で解決する問題ということか。
だが親戚も“きょうだい”も出てこない狭い“家族”の中だけの話になっているから、
“身内”もあてにならないように映る。
孤独も孤立も突き抜けて一人奮闘する息子の義男は、
どんな問題でも結局はてめえ自身がどうにかするしかないと言っているかの如きハードコアな佇まいだ。

仲代演じる不二男は「こんな世の中でおかしくならない方がどうかしている」という言葉を吐く。
政府の無策を告発するような映画ではない。
監督のメッセージがあるとしたら最後の最後でスクリーンに数字で示されるデータが代弁している。
東日本大震災以降の“トレンド”に埋もれてしまったたくさんの問題を炙り出しているように見えるのは、
小林監督の昨年の名作『ギリギリの女たち』と同じである。

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その『ギリギリの女たち』の冒頭の流れを感じさせる固定カメラの長回し手法をはじめとする
ミニマル&ストイックな撮影方法も、
映像の大半がモノクロにもかかわらず鮮烈だ。
撮影は家の室内のみで、
カメラを固定した場所は10ヶ所もなかったように思える。
カット数もかなり少ない印象で、
いわゆる長回しで撮るということは俳優の緊張感が格別で醸し出される気持ちも自然と濃くなる。

会話中心で進める映画で人物やカメラの動きがほとんどないにもかかわらず映像でも魅せるのは、
やはり監督の手腕と気合である。
人物に対して大胆に迫って大胆に引くこういう撮影は気持ちが入らないとなかなかできない。
その結果、カメラのアングルや映像の切り取り方もかなり独特になっている。
まるで覗き見しているような気持ちになるレンズの向け方なのである。
特に仲代達矢に対する撮り方が絶妙で後姿と顔のアップでも多く捉え、
うらぶれた声が跳ねたかと思えば常に咳き込みムチャなワガママ言う姿は妙にポップでかわいくもあるが、
底知れぬ不安と恐怖の裏返しにも見えて息を呑む名演だ。

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パソコンも携帯もスマートフォンも出てこない映画である。
舞台になった家の中の限られた数か所の室内を見ても2010年代を舞台にしているよえには思えない。
まるで1970年代、
いや西暦より元号の雰囲気で昭和40~50年代の匂いが漂ってくる台所や居間の空気感なのだ。
そういう生活感のタイムトリップ感覚も監督の狙いに思える。
どことなく小津安二郎の映画も思い出す。

新しい家族ができて一番しあわせだった数年前のわずかな時間のみカラー映像になっているのだが、
それがまたデジタルのくっきり感ではなく淡いカラー発色なのもやはり昭和時代に撮影した映像風だ。
他のシーンは気持ちの表れかはほとんどがグルーミーなモノクロ。
ただモノクロのシーンでも場面によって明るさや淡さのトーンが違い、
それぞれの時間の場の空気に合わせて空漠感と閉塞感を高めている。

ここに音楽はいらない。
すべての声と映像に監督と出演陣をはじめとする関係者すべての念に満ちているから退屈もしない。

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最後の最後に“紆余曲折の後の結果報告”みたいなことをする大きなお世話の映画も多いが、
ややあいまいな終わり方も『日本の悲劇』にふさわしい。
想像力の余地を残す映画ほどメッセージが重く、
そして深い。

家族だからこそ逃げられない得体の知れぬ苦悩にじわじわと絞殺される気持ちになる映画だが、
“良薬口に苦し”。
古く見えて新しい。
日本の、
いや世界的にも映画の新しい地平を切り開く作品である。


★映画『日本の悲劇』
2012年/日本/35㎜&DCP/5.1ch/101分
8月31日(土)よりユーロスペース、新宿武蔵野館ほか、全国順次ロードショー。
(c) 2012 MONKEY TOWN PRODUCTIONS
http://www.u-picc.com/nippon-no-higeki/


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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