なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『カイロ・タイム ~異邦人~』

カイロsmall


72年にカナダのモントリオールで生まれ育った女性のルバ・ナッダが、
シリア人の父とパレスチナ人の母が親という血筋に向き合って監督と脚本を手がけた映画。
エジプトの首都カイロを舞台にした一種のラヴ・ロマンスだが、
おくゆかしさで心が薄っすらと焼け焦げてひそやかに香ばしい落ち着いた趣の佳作である。


シンプルな物語ほど奥が深くなりえることをあらためて思い知らされる。

女性誌の編集者ジュリエット(パトリシア・クラークソン)は、
エジプトの北に位置するパレスチナ自治政府のガザ地区で働く国連職員の夫マークと待ち合わせ、
カイロで休暇を一緒に過ごす予定だった。
ところが夫はトラブルでなかなかカイロに来られず、
かつて夫の警備担当だったエジプト人のタレク(アレクサンダー・シディク)が街を案内することになる。
初めて中東に降り立って異文化の中で息をすることに不安を覚えるジュリエット。
自分のコーヒー店を含めて様々な場所に連れて行きながらあくまでも彼女を紳士的にもてなすタレク。

これ以上ストーリーを書くのはやめておこう。
あまりにももったいないから。

カイロ(サブ1)small

ジュリエットが夫に会えないオープニングをはじめとしてこの映画にもアクシデントはある。
でもこれほど“事件”のない映画は珍しい。
エキセントリックな出来事をテロのように盛り込むのは音楽も映画も一つの常套手段だろうが、
そういった手法が幼稚に映ってしまうほど地に足が着いた映画である。
静かな時間の進行の中でも人生を変えるドラマが起こり得るということ。
熟年に差し掛かった二人が中心だが、
不倫だのセックスだのを超えてゆったりとした時間の流れにほろ酔いだ。

まったりした空気感に包まれている。
でも単なるレイドバックした時間感覚とも違う。
心地よく張りつめている。

カイロ(サブ2)_small

実のところこの試写会は、
エジプト舞踏/ベリーダンスの第一人者として知られるD・O・TのNEKO(元NURSE)に誘われて足を運んだ。
2年前の“エジプト革命”以前は80年代半ばから数えて40回以上エジプトを行き来してきただけに、
彼女はしきりにうなずきながら見ていた。
ジュリエットの戸惑いや驚きが自分も実感したことだからで、
否応なく直面する政治的な要素のさりげない描き方による緊張感もさることながら、
カイロの空気を吸った瞬間に浴びる強烈な熱さや匂いをはじめとして描き方がリアルだという。

“一人で居る女は守るべきもの”という意識の過剰な延長という見方もできるが、
NEKOによれば女性一人だと彼の地の男性はよくセクハラ紙一重の行動に出るらしい。
この映画でもジュリエットは
ギラギラした好奇の目の男たちが付いてきて性欲丸出しのナンパを試みられる。
でもそういうシーンがあるからこそタレクとの関係が際立つ。
ギリギリの緊張感の間でゆらめく女と男が“プラトニック・エロティシズム”は
終盤までゆっくりと加速して熱を帯びていく。

カイロ(サブ3)_small

風景をナチュラルに映し込んでいるから観光案内めいた要素も自然と感じられる映画だ。
すべてが大きく感じる。
ピラミッドや砂漠、ナイル川はもちろんのこと、
歴史が刻まれた様々な場所が映画の中に溶け込んでいる。
そしてさりげなく織り込まれた人々の風俗(注:むろんエッチな意味の方ではない)を見ていると、
生々しい生活の匂いがスクリーンから漂ってくる。

露天商を含む街のお店やシーシャ(水タバコ)などの映し出し方も含めて、
高い気温と強烈な匂いが漂ってきて肌と嗅覚を痺れさせるほど
五感を突く色やアングルの映像が全身に焼けつく。
天然のドラッギーな色彩にゆっくりと気持ちよく全身が包み込まれていく。
光を支配するのではなく共生するように光を使う撮り方が絶妙だから映像が淡く鮮やかで、
とろけながら目が覚める。
そうやって広く深く精神性までが映し出されるカイロの地に包まれてジュリエットとタレクの二人は
どこまでも解き放たれた姿で佇む。

品があり生活感もほのかに漂う映画にふさわしく
ピアノによるクラシカルな調べと民俗音楽とで場の空気を静かに震わせる音楽も素敵だ。
聞き取りやすく音楽的と言えるほど美しい英語の響きも特筆したい。

カイロ(サブ4)_small

この映画は全編エジプトのカイロとその周辺で25日間のロケが行われた。
ムバラク前大統領の独裁体制が崩壊する前、
すなわちいわゆる“アラブの春”以前に撮られた。
関係者の方々の話によれば今こういう撮影をするのは困難らしい。
人々の間で疑心暗鬼の空気も強まっている今のエジプトの混乱を思うとやるせなくなる映画でもある。

主人公のジュリエットがカイロの現実を体感して自分の生活を省みる流れもナチュラルだ。
イスラム要素の薄っすらとした溶け込ませ方も絶妙で、
タレクもイスラムとして描かれている。
最近のエジプトに限らず世界あまねく、
この映画の人々がもつ距離感と空気感、
そして大人の責任感みたいなものが浸透したら誰もが生きやすくなる。


女性も男性も40~50代の設定と思われる登場人物が多いから、
そういう年代の方々に染みる映画ではある。
でも年齢関係なく、
見終ったあとに「こんな映画があるのか・・・」と静かなる感動に包まれるのは間違いない。


★映画『カイロ・タイム ~異邦人~』
2009年/カナダ・アイルランド合作/カラー/シネマスコープ/ドルビー・デジタル/90分
10月12日(土)より新宿武蔵野館他、全国順次公開。
©Foundry Films Inc. and Samson Films All Rights Reserved.
配給:EDEN
http://www.cinematravellers.com/


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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