なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『ハンナ・アーレント』

ハンナ・アーレントビジュアル


1906年ドイツ生まれでユダヤ人家庭で育って強制収容所に連行された経験を持ち、
一人のナチス親衛隊員の行ないと周囲の状況を前代未聞の視点で世に問いかけた、
一人の政治哲学者のハンナ・アーレントを描く2012年の作品。
生涯すべてを描く映画ではなく、
クールな風情の彼女が葛藤を抱えながら“ここ”に至ったことがわかる若い頃の様子も挿入しつつ、
ナチス戦犯のアドルフ・アイヒマンにまつわるリポートを発表して波紋を呼んだ前後に凝縮されている。

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『悪の神々』(1969年)などで女優として活躍する一方、
70年代半ばからは映画制作に手を伸ばして『鉛の時代』(1981年)などを手掛けてきた、
マルガレーテ・フオン・トロッタが監督・脚本。
彼女が手掛けた『ローザ・ルクセンブルク』(1986年)の他に
ファスビンダーの『ローラ』(1981年)でも知られる1950年ドイツ生まれの女優、
バルバラ・スコヴァがハンナ・アーレントを演じる。

アイヒマンの実際の裁判シーンの実写モノクロ映像を適宜織り込んでリアルに迫り、
ナチス云々について考えさせられる映画でもある。
だがハンナ・アーレントとアイヒマンを通して、
いかに主体性を持った一人の人間として生きるかを迫られ、
じわじわと普遍的に問いかけていく静かに強力な作品だ。
ぼくも大いにインスパイアされた。

ハンナ・アーレント サブ2

ハンナ・アーレントは、
第2次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出してアメリカへと亡命したドイツ系ユダヤ人。
何百万ものユダヤ人を収容所へ移送したナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが、
イスラエルの諜報部のモサドに捕えられるシーンから始まる。
アーレントは1960年代初頭のアイヒマンの裁判に立ち会い、
影響力が大きかった雑誌のザ・ニューヨーカー誌にレポートを発表。
だが“集団単位”の敵と味方で語る政治性を超えて“個”に向き合う独自の視点と切り口で捉え、
“身内”も免罪にはしなかった掟破りの内容なだけにユダヤ人社会をはじめとして世界は騒然。
抗議と脅迫の連射と旧知の人間たちとの軋轢の苦悩を抱えながら、
あくまでもおのれの道を貫こうとする。

6_20130919154855740.jpg

ハンナ・アーレントを取り巻く人間関係も映画を進める大切な要素だから。
↓に書いておいたこの映画のオフィシャル・サイトで登場人物を軽く頭に入れてから見るのもオススメだが、
アーレント自身に対する予備知識はゼロでもまったく問題ない。
そして本作のメイン・テーマはナチスの残虐性やユダヤ人の悲劇を問うといった類いのものではない。
いわゆる政治的なテーマを扱ってはいるが、
ナチスを扱うことは人間存在そのものがテーマということであり、
敵を作ることをいとわぬ一人の人間の強靭な意思と意志が道を切り開く物語だ。

VISION OF DISORDER(VOD)のヴォーカルのティム・ウィリアムズが、
VODの路線変更と捉えられてしまった問題作『From Bliss To Devastation』(2001年)をリリースした際に、
「全世界に中指を突き立てるのがハードコア」という名言を吐いた。
そのグレイトな言葉はハンナ・アーレントにも捧げたい。

ハンナ・アーントサブ1

抗議の手紙に返事を書くハンナ・アーレントのマメな行動も含めて、
“個”として一人一人の人間に誠実に向き合うことの大切さを知る映画だ。
ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが自分の残虐な意志でユダヤ人を“処刑場”に送り込んだのではなく、
ヒトラーに逆らえなかった凡庸な人間の一人とアーレントは解釈した。
いつでもどこでもヒエラルキー(上下関係)は最悪だ。
“個”を殺す。

“孤”を恐れずに“個”でいられるかということ。
“族”も“党”も“組”も“隊”もあらゆる集団も得てして“個”を殺すものだが、
徹底的に“個”を抹殺したその究極のナチスが素材だからこそ説得力が強い。

全世界を敵に回しても言うべきことは言う。
しかもこの映画のネタは世界最大のタブーである。
ヒステリックな反応に疲弊していくハンナ・アーレントの神経がゆっくり高ぶっていく流れが
静かに生々しく描かれている。

ハンナ・アーレントサブ5

“みんなと同じ”に異を唱える行動は日常生活の中でも神経をすり減らす。
ましてや“正義と善意の大勢”に抗うことは陳腐な反体制アティテュード以上のエネルギーを要する。
彼女はいわゆる“人権屋”でもない。
アイヒマンの死刑は当然と考えた。
ただいくらナチスに殺されかけようが“弁護”するところは弁護する。
一人だけ、一つの組織だけ、一つの民族だけ悪者にして免罪符を得ることはしない。

彼女の行動を見て、
パレスチナに対するイスラエルと米国のユダヤ・ロビーの態度を思うと、
色々また考えさせられる。
被害者も加害者もヘッタクレもない。

メイン

観念的なセリフも多少出てくるが、
頭デッカチな映画ではなく、
ひとりひとりの人間を描いている。

この映画を見るにハンナ・アーレントはヘヴィ・スモーカーだったようである。
当時の米国の大学では何ら問題ない行動だったのかもしれないが、
講義の前後に生徒たちを前にして教壇の机の上に腰かけてタバコをふかす姿もクールで、
数々の映画と同じくタバコが大人のアイテムのひとつだとあらためて思わされる。
なにより熱い闘士というより弱みを覗かせて打たれながら鋼を強くしていくようなアーレントを動かす、
竹を割った演技力にじわじわと痺れていく。

とりわけ世界を敵に回した後の終盤に大学の授業で行なわれる毅然としたスピーチのシーンが名演だ。
毅然とした態度を貫くこの映画におけるアーレントのストロングな魅力が集約され、
彼女の圧倒的な迫力に学生たちも感動する。
ここで終わればハッピーエンドだが、
リアルな余韻を残すエンディングも見事である。

ハンナ・アーレントサブ4

ナチス・システムの中にいた彼とは立場も違うしアイヒマンの弱さを反面教師にしたわけでもなかろうが、
どんな立場に置かれようが“仲間”が次々と離れようが屈することなく自分が信じた思いを貫く。
“誰もが共犯者”とは言わないが、
アーレントは“身内”も共犯者と書いた。

“身内”とは何かとも考えさせられる。
どんな民族かより友達ということが大切という関係でいた彼女にとって、
様々な意味での“身内”に裏切られたと考えるユダヤの友達たちに愛想を尽かされていくダメージは
計り知れない。
短なる“同族”というあいまいな向き合い方の関係の“身内”ほど信用できないことはあり得る。
なぜなら慣れ合いや甘えが許される間柄だから。
一人一人みんな違う人間のはずなのに考え方が違ったら関係が切れるのか?
流される人間の醜さが次々と描かれていくのもリアルな姿だから自然なことである。

と同時に深い人間関係の素晴らしさもゆっくりと描かれていく。
心強いのは単なる友愛と馴れ合いを超えた様々な形での“パートナー”の存在だ。
彼女の本質が変わってないと理解している何人かの友達はアーレントをサポートし続ける。
そして彼女にとっていちばんの身内の夫。
映画の最初からずっとささやかな夫婦愛に救われる。
描かれているのは熟年夫婦だが、
もちろん古今東西普遍的なテーマだから年齢関係なく心に響いてくる。
見栄や損得関係なくしっかり向き合って支えてくれる人がそばにいる人間は強い。

ハンナ・アーレントサブ3

チェンバー(室内楽)・ロック系のプログレ・バンドのUNIVERS ZEROやART ZOYDで演奏した
チェロ奏者として知られるルクセンブルグ生まれの音楽家の、
アンドレ・マーゲンターラー(Andre Mergenthaler)の音楽も深く落ち着いた趣に一役買っている。
おくゆかしく静かな音楽が使われているが、
それでいて映画全体はテンポがいい。
ハンナ・アーレント自身のビートが鳴っている。

だってこれは命の映画だから。


★映画『ハンナ・アーレント』
2012年/ドイツ、ルクセンブルグ、フランス/114分/ドイツ語、英語/カラー、モノクロ
10月26日(土)より岩波ホールほか全国順次公開。
©2012 Heimatfilm GmbH+Co KG, Amour Fou Luxembourg sarl,MACT Productions SA
,Metro Communicationsltd.
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル 宣伝協力:テレザ+VALERIA
ホームページ www.cetera.co.jp/h_arendt


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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