なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『エヴァの告白』

メイン


『エディット・ピアフ 愛の賛歌』(2007年)で知られる主演のマリオン・コティヤールのために脚本を書いた、
ジェームズ・グレイ(『裏切り者』『アンダーカヴァー』)監督の2013年の映画である。
戦火のポーランドから米国に移り住もうとした敬虔なカトリック信者の女性が、
病気の妹を思いながらしあわせを求めて自身も生き延びるために犯してきた“罪”に苛まれつつ、
微妙な距離感で接する二人の男性との間で翻弄され揺れながら“自分自身の船路”に旅立つまでを描く。

久々に“これぞ映画・・・”と溜め息が出るほどの重厚な作品に出会った。
最初の10秒でとんでもない傑作と確信し、
一気にこの映画の中に飲み込まれてしまれて一瞬たりとも目が離せなかった。
研ぎ澄まれた映像と演技と脚本と音楽に118分間覚醒させられた。
何度も観たくなるほどの中毒性も帯びている。

主役のマリオン・コティヤールの脇を、
ホアキン・フェニックス(『ザ・マスター』etc.)とジェレミー・レナー(『ハート・ロッカー』etc.)が固める。
撮影は『エピータ』(97年)などで知られるダリウス・コンジ。
『エレファント・マン』(81年)をはじめとする一連のデイヴィッド・リンチ作品を彩ってきた、
パトリシア・ノリスが衣装デザインを担当している。

サブ2

時は第一次世界大戦終結直後の1921年。
ソビエト(現ロシアほか)との戦火を逃れてポーランドからアメリカへと姉妹で移り住もうとし、
希望に胸をふくらませてニューヨークに着いたエヴァ(マリオン・コティヤール)だが、
肺病の疑いをかけられた妹が入国審査で隔離されて病院送りとなり、
彼女自身も不可解な理由で入国拒否される。
強制送還されそうになったエヴァはブルーノ(ホアキン・フェニックス)という男に助けられるが、
彼は移民の女性たちを踊り子として働かせながら売春を斡旋する仕事をしていた。
エヴァは出来心で過ちを犯してからはブルーノの命令に逆らえなくなり、
反抗的な態度を取りつつ彼以外に頼る術もないためステージにも立ち始めるが、
その縁で出会ったマジシャンの男のオーランド(ジェレミー・レナー)が彼女を解放しようとする。


大ざっぱな物語は以上のような感じだが、
二転三転しつつも話の筋をつかみやすいストーリーの中の無数のヒダが静かに息をしている。
四方八方からゆっくり攻めてくる恐ろしい作品で映画ならではの“全身芸術”なのである。
登場人物の心理の揺れと意識の流れが彫りの深い映像美とシンプルながら示唆に富むセリフに表われている。
五感を深々と刺激してくる。
目や耳はもちろんのこと肌や舌や鼻までもスクリーンから見えないものに包まれ、
2時間近くすべての感覚が麻痺する。
苦く冷たい川の流れの中に一滴の甘美がところどころに落ちては広がるかのような感覚にも襲われる。

小さな物音ひとつひとつの立体的な響きも生々しい。
踊り子のステージやバーなどで聞こえてくるポピュラー音楽も当時のニューヨークの場末のムードを醸し出し、
オペラ歌手の慰問ショーのシーンは本格的な歌唱と演出で撮られ、
映像と物語に寄り添うクラシカルな音楽も静謐な情感を震わせている。

サブ1

とにかく映像が視覚以外の感覚の中にも入ってくる。
太陽がほとんど見えないのもこの映画を象徴するが、
セピアとも違う淡くクールな色調の彫りが深い映像に目が覚める。
いかがわしく妖しく危険な香りにずっと覆い尽くされて二十世紀初頭のニューヨークをイメージさせる。
ジョージ・ベローズやエヴレット・シン(Everett Shinn)のユニークな絵画を参考にし、
イタリアの建築デザイナーの奇才カルロ・モリーノの写真や
フランスのロベール・ブレッソンの映画『田舎司祭の日記』も雰囲気などの手本にしたという。
映画の舞台である米国東海岸の移民の入り口だったニューヨーク湾の小さな島であるエリス島で
実際に撮影されたことも特筆したい。
当時の街並みや調度品の数々も本作の深い情趣に一役買っている。

緻密かつ入念な作りがリアリティを高めている。
監督は実際に移民としてエリス島に着いた自分の祖父母の体験を聞いて移民の映画を撮る決意を固め、
さらにニューヨークのロウアー・イーストサイドに実在した売春斡旋業の男の話を絡めて脚本を書いた。
と同時にポーランド映画に通じる透徹した諦観の感覚にも貫かれている。
主演のマリオンはポーランドで生まれ過ごした女性を演じる本作のために本を読むなどし、
エヴァの出身地の社会的背景を調べてキャラクターを掘り下げたこともさることながら、
彼女自身が可能な限り多くのポーランド映画を観た影響も感じられる。


そうやって映画の背景の要素を吸収しながら、
マリオンをはじめとする役者陣の生々しい演技がすべてに命の血を注ぎ込み息を吹き込んでいる。
なにしろエヴァのデリケイトかつストロングな佇まいに息を呑みっぱなしだ。
はかなさなに甘えず我を失わないプライドで透きとおっている。
どこか退廃ムードも漂わせながらも男二人は優雅で、
ある種のアンダーグラウンドのショウビジネスのいかがわしい魅力をもっていて粋でもある。

ラヴロマンスとは言わないまでも一種の三角関係の映画とも言える。
だがこの映画の鍵を握る男二人はエヴァのカラダを求めていたのか。
男性に対して“敏感”になってしまったエヴァはブルーノに身体に触れられて過剰なほどの反応を示し、
ブルーノの逆鱗に触れて“商売道具”に使われる一因にもなる。
もちろん抱きたい気持ちは伝わってくるし男二人に欲情のマグマが静かに流れていることも感じられるが、
ヤる(fuck)というニュアンスではない。
ストイックだからこそ気高く輝いている。
エヴァがステージに立たされて酔っ払いの客たちから浴びるヤジ以外に下品な言葉はほとんど出てこない。
この映画の中でセリフの中に“animal”という言葉がところどころに出てくる点にも注目したい。
動物的な生存本能という意味であり、
それと同時にいわゆるネガティヴな意味で使われる“animal”とは対極を意識した節度に貫かれている。

サブ3

映画全体が主人公のエヴァの精神性を司るカトリックの色彩に覆われているようにも感じられる。

仕事仲間の女性たちには「女をゴミ扱いする男にペコペコしない!」と吐き捨てるエヴァ。
そんな男のブルーノに「I hate you!」を繰り返しながらエヴァが自分自身も憎むのはカトリックだからで、
やはり潔癖ゆえの自己嫌悪である。
メインの男性二人も潔癖だ。
悪党のようにも描かれる売春手配師のブルーノも、
ただ弱みにつけこんでエヴァを食い物にしているわけではないこともだんだん見えてくる。
三人はみな多少なりとも犯罪もやるが、
三人はみな潔癖であり邪悪と背中合わせで崇高な精神が宿っている。

『The Immigrant(移民)』という本作のストレートな原題もハードボイルドでいいが、
『エヴァの告白』という邦題も作品の肝をストレートに示していて捨てがたい。
告白・・・confession・・・というわけでカトリックにおける“告解”の意味も含んでいるからだ。
この映画は贖罪もひとつのテーマであり、
赦し(ゆるし)ももうひとつのテーマであり、
自己犠牲ももうひとつのテーマである。


「しあわせになりたい」
「しあわせになる権利は、君にもある」
そんな感じでセリフの中に頻発する“しあわせ”がキーワードのひとつだ。
母と父を残虐な方法で兵士に殺されたポーランドの地から脱出し、
米国に向かう“寿司詰め”の船中でのひどい目に遭い、
米国に着いてからも“ふしあわせ”が重なり合うエヴァ。
不幸自慢の吹聴をしないエヴァはマリア様に初めて“告白”する。
「つらいことばかり。生きようともがくのも罪か?」
この映画の“しあわせ”はほんとうに重い。
だからこそほんとうの“やさしさ”の重みを知る。

ラストも筆舌に尽くしがたい。
映画の中で“good and evil”というフレーズが出てくるが、
登場人物一人一人の発つ様子がまさに善悪の彼岸に向かっているみたいなのである。

延々と続いて普段うっとうしく思うエンディングのテロップの時間も、
すぐに席を立てないほどの本作の深い余韻に浸り続けるための大切な時間だ。
その終盤に出てくる“KEEP YOUR HEAD(うろたえるな)”というフレーズ、
そして最後の“THE END”の文字までもがこの映画である。

グレイト。


★映画『エヴァの告白』
2013年/アメリカ・フランス合作/118分
2月14日(金)TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)2013 Wild Bunch S.A. and Worldview Entertainment Holdings LLC
http://ewa.gaga.ne.jp/


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コメント

やはりノイズとカオスというイメージの行川さんを知っている自分にとって(勝手な解釈ですが)、映画に関する文章が新鮮で即反応しちゃいます。笑。この映画の重厚さがヒシヒシと伝わってくるようです。ダリウス・コウジはデリカテッセンを撮った人ですよね。そしてリンチ作品の衣装デザイナーときたら観ないわけにはいきませんね。

増田恵一さん、書き込みありがとうございます。
音楽もそうですが、映画はその百万倍以上、常に勉強です。にもかかわらず試写会の誘いをいだけるので可能な限り色々な映画を見るようにしています。音楽もそうですが、表面的なスタイルで同じようなものばかり聴いて守りに入ったら人間オシマイですから。
とはいえこういう重厚映画はぼくのド真ん中で個人的な王道ではあります。ダリウス・コウジについては関係者の方からいただいた資料の孫引きですが、さすが御存知ですね。

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Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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