なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『北朝鮮強制収容所に生まれて』

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北朝鮮の強制収容所で生まれて“脱出”した青年を中心に極限を描く2012年のドキュメンタリー映画。
見たらすべての感情が決壊して止めどもなく言葉が湧いてくる死ぬまで忘れない作品である。

原題は『Camp 14 : Total Control Zone』。
“主人公”の青年の家も含む“Camp 14(14号管理所)”は
様々な工場や炭鉱、牧場を含む大きさ(500㎢)のいわば一つの“都市”で、
収容された人たちが息の絶えるまで暮らすタイトルに偽り無しの“Total Control Zone”地帯である。

最近テレビのNHK特集でも取り上げられた映画だし日本語のサイトでも本人が詳しく語っているが、
ここではネタバレを最小限にすべく彼のターニング・ポイントの話は多少ぼかしながら書く。


82年の11月に“主人公”のシン・ドンヒョク(申東赫)は北朝鮮の政治犯強制収容所内で生まれる。
表彰結婚(模範収容者同士を結婚させる制度)により収容所内で一緒になった両親と兄が家族だが、
収容所内の規則で父母は別居で兄とも切り離されて母親と一緒に幼児期を暮して6歳から労働に従事。
96年に7ヶ月間、母と兄が脱走を企てたことが“発覚”してシンは秘密監獄に収監されて拷問を受け、
98年から発電所の建設現場~豚の牧場~縫製工場の流れで働いていく。
2005年の1月2日に、“外の世界”を教えてくれた年上の男と収容所からの脱走を試み、
“運”も手伝ってシンは“脱出”でき、まさに必死で逃げて“外の世界”に入ってショックを受ける。
客観的に見れば地獄に映っても真の地獄で生きてきたシンにとっては北朝鮮の中の“外の世界”は天国だったが、
北朝鮮内に留まっていては危険と察したシンは約1か月後に中国に脱出して上海の韓国領事館に保護され、
2006年の8月に韓国に入国して今に至る。

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青年のシンがメインの作りだが、
かつて数百人を逮捕して収容所に移送して尋問と拷問を行なって脱北した元秘密警察の高官の男性と、
かつて収容所内で虐待や拷問や処刑を行なった元警備員の男性という、
虐げた側の二人の人間のインタヴューも顔出しで盛り込んでいる。
元秘密警察の高官の男性があくまでも国を守るために行ない自分をナチスのゲシュタポになぞらえているのも、
復讐されかねないからであろう元囚人と顔を合わせるような機会を恐れるのも、正直な気持ちだろう。
かたや元警備員の男性の方は話しているうちに興奮してきたのであろう拷問の様子も熱を帯びて語り、
それなりのポジションの人間はお気に入りの女性を好き放題にヤれて孕んだら容赦なく“用済み扱い”とも言い、
と同時に家族のために仕事に汗を流す良き夫で良き父親のオヤジという現在の生活も映し出される。
体制に逆らえば命が危ない世界一の独裁恐怖国家に生まれてしまった人間たちの宿命という点では
シンと同じと言える。

さりげなくシンの生活も映し出しているのがこの映画のポイントだ。
特に自室と思われる部屋での食事と外食のシーンでシンが食べる光景が頻繁に盛り込まれている。
“外”を経験した収容所内の人との会話で募った食への欲望がシンにとっては“脱出”の主因だったからだ。
収容所内は生かさず殺さずの食事でトウモロコシをつぶして固めたと思しき単調なメニューの毎日。
北朝鮮では“外”でも餓死者が絶えない状況のようだから収容所の管理者側に言わせれば、
「豚と違って食い物にすらならない豚以下の“中の人間”に回す食い物はない!」ということなのだろう。
幼少時からそういう食生活で食べたい盛りの二十歳過ぎに“外の食”の話を聞いてシンは突き動かされた。
生き延びること云々以前に親や兄弟への憎しみや食欲も含めて人間の正直な思いを真空パックしているからこそ、
この映画はリアルなのである。


とにかくドキュメンタリーとしての希少価値に甘えぬ映画そのものとしてグレイトな作品だ。
ネタがネタだけにシンを素材にすれば誰が撮っても衝撃的な映画にはなったと思う。
だが出身国のドイツに始まり、ベトナム、ボスニア、パレスティナ、北アイルランド、アルバニアなど、
虐げられて埋もれた人々や地域のドキュメンタリーを作ってきた、
67年生まれのマルク・ヴィーゼ監督だからこそ政治性を超える“超ポリティカルな映画”に成り得た。
取材のオファーのほとんどを断るシンがなぜマルクに映画を撮ってもらいたいと思ったかがよくわかる。
手垢にまみれた告発映画作りで終わりそうな単細胞のリベラルの人間にも反共の人間にもこういう映画は撮れない。
みんながみんな同じ方向を向いて同じことをするように仕向けるのは左も右も同じ穴のムジナで、
シンをはじめとして人間を“個”として捉えていることこそが“全体主義”に対する本作の回答と言える。

長時間話をするのは精神的に無理なシンに対して監督はかなり気を遣って話を訊いたようである。
まっすぐにシンの心に向き合って言葉を待つ様子はインタヴュー・シーンから震えるほど伝わってくるし、
思い出すのがつらくて回答に悩む長い沈黙の時間も大切に活かしていることも特筆したい。
物事すべて“行間”にこそ最も“生”の気持ちが横溢しているのだから。

いわゆる音楽がほとんど使われない静かな空間の中で
風音や銃声や扉の開閉の音などの寒気がゆっくりと湧き上がる生々しい音声がひっそりと響き、
同じく映画館で上演する必然性十分のスクリーンに映える映像力もおくゆかしく見事だ。
談話が中心ながら言葉だけに頼らない起伏に富む構成で情緒に流されない風景などの映像も適宜挿入。
他の人間の拷問シーンの“秘蔵フィルム”も一ヶ所で使われているが、
むろんそういう生映像どころか収容所内の写真もはほとんど出回ってないから使えない。
だがそれを補足すべくシンプルな2D/3DのCGIアニメーションを多用し、
息遣いが伝わってくる生々しい描画の陰鬱な絵柄も奏功して底無しの戦慄と閉塞感を空恐ろしいほど高めている。

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シンは生まれた時から収容所内しか知らず、
“犯罪者”の子供ということを洗脳されて幼少の頃から自由も権利も一切存在しない日々を送る。
特に収容所内では子供も容赦しない。
麦を盗んだことが抜き打ち検査で発覚した“小学校時代”のシンの同級生の女の子は何時間も殴られて死。
規則に反した者は即射殺が原則だが、
収容所に囚われた人々が見守る中での野外公開処刑(大半は銃殺、一部絞首刑)も行なわれる。

三代続く世襲で金正恩体制になったこの2年ほどの間で北朝鮮は金正日時代以上に暴政がエスカレートしている。
昨年後半には、
性的醜聞に発展しかねない妻の過去を口走った彼女の元仲間の人たちを処刑した話も伝わってきたし、
実質体制ナンバー2の後見人ということもさることながら義理の叔父にもかかわらず張成沢を粛清(即処刑)。
そんな出来事が象徴する閉鎖的な親族関係から生まれえる拘束と排他性の恐怖もこの映画から見て取れる。

百歩譲って自分が政治犯などで“犯罪者”になったとしたらまだしも、
家族の誰かが罪を犯せば“連帯責任”になってその家族の全員を収容する国だ。
さらに収容所内は北朝鮮の“外の世界”以上に家族間も“監視社会”である。
たとえ身内だろうが規則違反を知っているにもかかわらず報告しないと自分も処刑される。
家族の愛を感じたことがなく自分を裏切った母と兄は殺されても仕方がないと当時思いつつ、
父親に笑顔を見せて別れることができなかったのが心残りというシンの家族に対する思いは、
映画のところどころから薄っすらと濃く滲み出ている。
“愛”という感情を根こそぎ殺ぎ落とす(≠削ぎ落とす)のが北朝鮮の“非情体制”ということも炙り出される。


基本的な日常生活は送れているようにも見えるが、たび重なる拷問でシンの両腕は湾曲している。
全身が傷などの痕だらけで目立つからなのか脚は短パンをはいて外出できないほどの状態らしく、
ひどすぎるからだろうそれらの痕の方は未公開である。
シャワーを浴びて全身を鏡に映すときが一番つらいという。
どんなに悲惨な状況やハードな局面を語るときもクールな表情だったシンが、
この映画の中で唯一、目を潤ませていたように見えたのがそのことを語るシーンであった。
当時を目でも克明に蘇らせようとしたかの如く肉体に一生刻まれた“深手”だからに他ならない。

多感な13~14歳の時に半年間も虐待され続けて“釈放”された直後に身内の公開処刑に立ち会わされ、
生まれてから22年余り飢えて一切娯楽のない生活を送って肉体的にも精神的にも極限を彷徨い続けたシン。
自分の部屋ではできるだけ何も考えずにぼーっとしていると言うその表情は諦観の境地に見える。
北朝鮮の体制が血も涙もないとしたら、
シンは十代で血がすべて流れ出て十代で涙がすべて枯れてしまったかのようにも映る。

スイスで毎年行われている“Genova Summit for Human Rights and Democracy”
(注:2001年のいわゆるジェノバ・サミットとは別)の2010年の回をはじめとして、
世界中に人たちに伝えるべく各国で講演をしているシンの姿は生き生きとしている。
様々な講演の出演料をシンが送っているLAのLiNK(Liberty in North Korea~北朝鮮に向けた人権団体)の本部で、
同年代か多少年下と思しきイケイケのアメリカンたちの中に混ざって見せる笑顔も実にイイ。


ノート・パソコンは持っているが、
シンの自室と思しきインタヴュー場所の生活空間には物らしき物があまり見えなくてほとんど空洞だ。
何も持たない生活を送った二十代前半までの日々と所有物に関してはあまり変わってないように映る。
シンは今住んでいる韓国はお金に支配されていてお金がすべてと感じ、
収容所では自殺者がいなかったにもかかわらず韓国では世を怨んで自殺するニュースが絶えないとも言う。
収容所時代に行なわれたと思しき“反韓教育”で洗脳されたからではないだろう。
当時を懐かしむことはないが、収容所の中では心は純粋だったとシンは繰り返す。

現在のような独裁体制が崩壊したら北朝鮮に戻って収容所の土地で農作業をして暮らしたいという。
シンはそこにしか思い出がない。

必見。


★映画『北朝鮮強制収容所に生まれて』
2012年/ドイツ/HD/106分
3月1日(土)~東京・ユーロスペースにてロードショー、
以下、大阪・名古屋ほか全国順次公開。
(C)Engstfeld Film GmbH/BR/WDR/ARTE 2012
http://www.u-picc.com/umarete/


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コメント

これは人生が変わる、ミュージシャンにとっては創る曲が変わりそうな映画ですね。行川さんの文章からそれが伝わってきます。

増田恵一さん、書き込みありがとうございます。
ドキュメンタリーものに限らないですが、世界各地の様子や匂いを伝えるのに映画はダイレクトな表現手段だと再認識もします。ナチスを生んだドイツの監督が手がけたというのもポイントですね。

以前、『さらば収容所国家北朝鮮』という脱北された方の本を読みましたが、ちょっと信じられない内容で衝撃的でした。この映画は順次全国公開という事で是非観に行きたいと思います。

chumbaさん、書き込みありがとうございます。
その本は読んでいませんが、この作品は視覚的/聴覚的なアピール力も強くてスクリーンで見るための映画としてもしっかり作られていますので、オススメです。

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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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