なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『CRASS:ゼア・イズ・ノー・オーソリティ・バット・ユアセルフ』2/2 【解説】

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http://www.curiouscope.jp/CRASS/
のオフィシャル・サイトで書かせてもらった映画の解説の方もこちらにupしておきます。


【解説】
 CLASHにインスパイアされて結成したにもかかわらずCLASHをオチョクる曲のオープニングでこの映画がグレイトだと確信した。
 まずよくぞまとめたと言いたい。CRASSは究極の政治的なバンドゆえにプロテスト云々の単純な話では収まらないネタの宝庫だからである。でもこの映画は64分にCRASSの肝を凝縮している。何時間も収録したと思しきインタヴューは要所のみをセレクト。黒ずくめになる前で普通の格好が初々しいデビュー・ステージのフィルムをはじめとして当時の映像や写真も適宜挿入されるが、“お宝”も小出しである。もったいないと思うのはぼくだけではないだろう。だがジャンル問わず蛇足のシーンの類を盛り込んで間延びした映画が実に多い。それって監督のエゴで監督のエゴでしかない。バッサリ切ることが引き締まった映画になる決め手であり、それによってドキュメンタリーは主張の強度を高める。

penny and gee

 本作はそういうストイックな作りで成功している。アレコレ詰め込みすぎずに焦点を絞ったことでCRASSに馴染みが薄い方も入り込みやすく、と同時にマニアも納得の本質を突く構成にもなっている。センチメンタリズムに流されないCRASSと結論のみを叩きつけるパンクの両方の表現方法を映画作りにも活かし、贅肉を削ぎ落としてCRASSの魅力をダイレクトに伝える。すべてリンクさせながら厳選したテーマの一つ一つに時間を割くことでCRASSの核を際立たせているのだ。
 監督と撮影と編集を行なったのはオランダでテレビ・ドキュメンタリーを撮っている男性である。ミーハーなファンや信者みたいな活動家とは一味違うクールな視点でCRASSを捉え、ジャーナリスティックな切り口ならではの簡潔なまとめ方だからこそ彫りの深い作品に仕上がっている。

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 オーソドックスな音楽ドキュメンタリー映画みたいに“シンパ”のバンドやアーティストや関係者がCRASSを絶賛する声も一切入ってない。そもそも手放しの礼賛で対象を崇めたてる行為こそCRASSが一番嫌うことだ。映画の中のメンバーの言葉を借りれば「思想を共有することに興味はなかった」のだから。
 その代わりメンバー自身がたっぷり語る。ただし3人に絞られている。ドラマーでCRASSの歌詞と曲の大半を書いたリーダーのペニー・リンボー。過半数の曲で歌っていたCRASS唯一の男性ヴォーカリストのスティーヴ・イグノラント。ほとんど表には出ないで主にアートワークを担当した女性メンバーのジー・ヴァウチャー。そしてインタヴューはなく映るのもわずかな時間だが、CRASSの女性ヴォーカリストの一人であるイヴ・リバティーンのお茶目な姿も拝める。

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 この映画で扱ったトピックをいくつか挙げておく。
 むろんCRASSが始まったいきさつの話は落とさないが、ダイヤルハウスの成り立ちとコンセプトにも時間を割いている。緑に囲まれて農作業も十分できる広大な土地を有して部屋がいくつもある建物に住み、自給自足で生活が成り立つことも理解できる視覚アピール十分の映像だ。厨房に立つ姿などもカメラがとらえ、“石頭”のイメージをくつがえすペニーの暮らしぶりも楽しめる。
 70年代前半に起きた米国の政治スキャンダルのウォーターゲート事件をもじった名称の“サッチャーゲート・テープ”の真相を、生の音声込みで露わにしたシーンも興味深い。英国と南米アルゼンチンとの間で勃発した82年のフォークランド紛争(≒戦争)にまつわるネタで、当時の英国首相マーガレット・サッチャーと米国大統領ロナルド・レーガンの声をコラージュし、電話の会話を“捏造”したテープを英米などの大新聞社に送り付けて波紋を呼んだCRASSならではの強烈な“イタズラ”だ。
 いわゆるグラフィティ戦術をはじめとしてゲリラ的でありながら分別を持って事を進めたことを話す一方、CRASSの活動中最も過激な直接行動で他のアナーキストと共に金融街を攻めた活動末期の“ストップ・ザ・シティ”の真相も、リーダーが明かす。

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 適度に曲が挿入される際にレコードのインナースリーヴと同じくタイプライター書体で歌詞がスクリーンに書き殴られるのも、インパクト大だ。言葉数が多く大半の曲は速射されて映像に追いつけないから“部分訳”になるが、もちろん日本語字幕付だから、この声でこの言葉!というのがリアルタイムで感じられる映画ならではの醍醐味が堪能できる。
 かつてヒッピーが唱えた“ラヴ&ピース”ならぬ“アナーキー&ピース”をスローガンにしていたバンドだし、“anarchy”の“A”を“○”で囲んだ有名なマークが象徴するようにCRASSといえばアナーキー!というイメージが強いにもかかわらず、そのへんについてのツッコミは入れてない。言葉でアナーキーを語るとアカデミックになりがちだし、そもそもCRASSは論理的にアナーキーを突き詰めたわけでもない。でもCRASSが思い描いたアナーキーの姿はこの映画の中で今もしっかりと進行している。

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 2006年の映画だから撮りおろし映像も厳密に言えば8年前のものだが、CRASSを“現在進行形”の視点で描いているのも高ポイントだ。感慨にふけるシーンを多少含むとはいえ“昔は良かった……”とノスタルジーに浸る映画とは完全に一線を画している。その一つがダイヤルハウスに集まってきている人たちとの交流シーンだ。CRASSのオーガニックなライフスタイルに近い現代の“パーマカルチャー(人間だけでなく自然を尊重するエコシステムに基づく生活文化)”も、CRASSに絡めて大きくフィーチャーしている。
 自然回帰の生活様式や平和の取り組み方などでCRASSが“時代遅れのヒッピー”とも呼ばれていたことに対して、ジーは「ヒッピーには夢があったわ。もちろん私たちにもね。私たちの夢は人々をひとつにすることだった」と言っている。その発言箇所で“Come Together”というフレーズを含めているのはBEATLESの曲名を意識してのことに思える。

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 映画の中では言及されてないが、リーダーのペニーはジョン・レノンへのシンパシーを隠さない。レノンもラヴ&ピースを活動のキーワードにしていてヒッピーの意識に通じていたが、70年代のパンクの多くは“Never trust a hippy”の価値観であり、その流れをくんでニヒリズムを強めた80年代初頭の荒くれパンク・バンドには、CRASSがヒッピー崩れのインテリに映った。
 半分事実ではある。上流中産階級で生まれ育ったヒッピーの生き残りで結成当時三十代半ばのバンド最年長のCRASSの司令塔ペニーがそうである。だが労働者階級で結成当時十代終盤のバンド最年少のスティーヴもCRASS創設メンバーで、一つのパンク・バンドの中で同じ釜の飯を食うことはなかなかありえない立場の二人が核だった。15歳近く歳が離れ、英国では厳然として根を張る階級が違う二人のコントラストが最大の見どころだ。

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 CRASSの両輪のペニーとスティーヴがこの映画の中で交わるシーンはない。二人共ボディはさすがメタボとは無縁でシェイプアップされているが、CRASSの後の暮らしぶりの明らかな違いが映し出される。ジー・ヴァウチャーと共に昔と変わらずダイヤルハウスでの暮らしを続け、“煙”をふかして庭いじりをしながら世間と隔絶した生活を送る、ボサボサの白髪の長髪で浮世離れした頑固ジジイのアーティスト肌のペニー。ガールフレンドと思しき女性と家からパブに赴いてビールを飲みながら周りの酔客と共にテレビでサッカー観戦を楽しみ、丸めた頭で気のいいオッサン風だからこそ中年ストリート・パンクスそのものの庶民肌のスティーヴ。よくぞCRASSの本質の両極端を端的に捉えた!とうならされる。
 恵まれた環境で育った人間の理想論と子供の頃から生活に追われた人間の現実論の軋轢こそが、CRASSのカオスの源でありエナジーだったことがこの映画にも刻まれている。タブーにされがちな経済的な現実や“お金”に対する考え方が醸し出されている点も特筆したい。本音を漏らした直後に「今の発言は撤回する」と言うシーンまで削除せずに収めたところにも、監督の本気の取り組みとメンバーの“検閲ファック・オフ!”の姿勢が表われている。

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 話題を厳選しているとはいえ、ジョージ・バーガー著の労作本『CRASS』では言及されてないネタにもけっこう触れている。英国では切っても切れないサッカーのネタを絡め、TシャツがつなぐCRASSとベッカムの関係に焦点を当てて葛藤を炙り出すシーンも面白い。
 アートワークに表われていたCRASSお得意の“スカトロ・ネタ”をさりげなく挿入しているところには笑わされる。リーダーのペニー自ら“ソレ”を実践しようと試みるシーンをしっかり収めているのだ。シリアスに留まらないCRASS直伝の“センス・オブ・ユーモア”のダシも効かせているからこそ、この映画はリアルな仕上がりになっている。
 映画のタイトルは84年のCRASSのラスト・アルバム『Yes Sir, I Will』の最後に出てくるフレーズで、ライヴ中のステージ後方の垂れ幕にも記された言葉だ。そんな“遺書”と共にCRASS終焉の弁が語られる。

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 ドキュメンタリー映画は言葉の比重も高くなりがちだし本作も例に漏れないが、理屈じゃなくスクリーンで見る必然性たっぷりの映像力で魅せるところが何より重要である。さりげなく侘び寂びの効いたイングランドの空気感が伝わってくるのだ。CRASSが生まれた地の温度が肌で感じられるし、雑草の緑と室内の調度品の匂いが漂ってくる映像からは情趣も滲む。挿入されるCRASSの曲はどれも扇情的だが、映画全体は静謐と言ってもいいほどの佇まい。だからこそ深々とはらわたに響く作品になったのである。


★映画『CRASS:ゼア・イズ・ノー・オーソリティ・バット・ユアセルフ』
5月3日(土)から新宿K’s cinemaを皮切りに全国順次公開。


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コメント

映画楽しみです!
が、写真だけでもすごくカッコ良いので加工無しの素のライブの映像もいずれは出ないものかと期待してしまいます。
思想無しにしても音楽的なフォロワーがいないように思います。
個人的にはTAGRAGから音源出してた頃のRFDは音楽的な影響も大きいと思ってます。

能年さん、書き込みありがとうございます。
昔VHSで出た『Christ: The Movie』をDVDにして、特典映像として付けるのもいいと思います。JOY DIVISIONの『Here are the young men』のように、もともと画質がそれほど良好ではなく今やネット上で見られるからか『Christ: The Movie』もDVDになりませんね。
RISE FROM THE DEADはLESS THAN TVから見るからにCRASSを意識した作品も出しましたが、まさにTAG RAG時代の作品の方がその色がロックな形で表れていたと思います。彼らはコラージュなどの音の面だけでなくユーモアの面も影響を反映していましたね。

これは涙物ですね。
何があろうとも観に行きます。今まで本や雑誌でむさぼり
読んでいたCRASSの歴史や活動をメンバーの声で紹介してくれるとは!
すごく楽しみです。

chumbaさん、書き込みありがとうございます。
やっぱり本人たちの映像と音声で綴られると生々しいです。作りは落ち着いていて静謐・・・・だからこそ素のまま表されています。友川カズキの映画『花々の過失』と同じく、音楽ドキュメンタリー映画としても一つの指針をさりげなく提示してます。

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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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