なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『消えた画 クメール・ルージュの真実』

kieta_e_main.jpg


餓死や過労死も含めれば推定150万人前後は市民が“虐殺”された
カンボジアのクメール・ルージュによる75~79年の凄惨な暴政を、
まったく独自の表現方法を使って市民の目で描いて既成のドキュメンタリーを超えた映像作品。
64年カンボジア・プノンペン生まれでこれまでも自国のことを映画にしてきたリティ・パニュ監督が、
ローティーンの頃に肉体と精神に負った永遠の深手をモチーフに、
「子供のときから死が目の前にあった」監督自身が当時目撃したことと自伝的要素を絡めた佳作である。


“忘れてはいけないこと”は無念のうちに殺され死んでいった人間の堆積と共に世界中で日々増えていく。
もちろん広島・長崎もそうだし、この映画のことに直結するベトナム戦争もそうである。
本作の監督が映画を始めるきっかけになった映画『夜と霧』のモチーフのナチスのホロコーストの方が
やはり亡くなった人の数は多いだろう。

でもぼくにとって忘れてはならない筆頭は、
4年程の間に国民の20%が殺されたこの映画で描かれていることだ。
当時カンボジアで起きたことは悲惨さに反比例して話題として埋もれがちだからでもあるが、
そこでのことを反面教師にして人間や諸システムの在り方、真に憎むべきものをぼくは学んだ。
決して他人事ではなく“個”を抹殺する今の世界や日本社会や日常の人間関係にも応用できる。
何より人種や宗教などの“自分たちとは違う人たち”という“わかりやすい理由”で虐殺したわけではなく、
“同朋たち”を次々と死に至らしめたからである。


クメール・ルージュは日本だとポル・ポト派という名称でも知られていて、ほぼ“=”と言ってもいい。
ちなみに米国のパンク・バンドDEAD KENNEDYSが80年に発表した代表曲「Holiday In Cambodia」の
シングル・ヴァージョンの終盤でヴォーカルのジェロ・ビアフラが連呼するフレーズの“Pol Pot”は、
このクメール・ルージュの“首領”だったポル・ポトを指す。

kieta_e_sub3.jpg

昨年日本でも大ヒットした『ハンナ・アーレント』に続き“悪の実像”を暴く映画ともされるが、
ぼくは数ヶ月前に日本でも封切りされた映画『北朝鮮強制収容所に生まれて』と完全にダブる。
同朋を虐げる究極の圧政下の極限を描いた点もさることながら、
“実写”以外の映像も効果的に使っているからだ。

だがこちらは監督をはじめとして当時を語る証言者は登場しない。
当時の映像はけっこう使われているが、
監督個人として必要だとしても撮影されてないシーンや失われた映像も多い。
そんな“消えた画”を監督が記憶で蘇らせた映像をメインにフィーチャーしている。
しかも監督が自作の人形の姿で再現(人形を作る場面も映画の中に織り込まれている)。
無念の無数の死者の血と汗が染み込んだ土で作られたたくさんの人形が主人公なのである。

土人形を囲む風景や調度品なども緻密に作られている。
まさに映画のセットそのものであり、
水を使った雨のシーンなど実写映画みたいな作りもシンプルに成されている。
色合いの美しさがまた目に焼きつく。
クメール・ルージュ支配下の4年間は黒い服を着せられたことが象徴するように、
様々な意味で“色”が失われた当時の生活の反動みたいにカラフルだ。
本作で使われているその時代の実写フィルムのほとんどがモノクロだけに
土人形などの“映画セット”とのコントラストでも引き込まれる。

土人形はアニメみたいに動くことはない。
でもすべてに監督が吹き込んでいる。
無念の死を迎えた無数の人たちを人形で再生させている。
一人一人の豊かな表情が命の宿る証しである。

監督は親兄弟や親戚や近所の人のほとんどを亡くしている。
追悼の意も込めてその近しい人たちのシーンは土人形を使った苦しく悲惨な場面だけでなく、
残された実際の写真も交えて子供の頃の楽しい思い出も綴るだけに痛々しさが深々と刺さってくる。

kieta_e_sub2.jpg

政情不安などで苦しいながらもささやかなしあわせに包まれていたそれまでの生活が、
クメール・ルージュの体制になってから一変する。

まるで当時のソ連や中国を一刻も早く超えようとしたかのように、
クメール・ルージュは階級無き社会を築くべく極端な共産主義政策を急速に進めた。
“余計な事”を考えさせないように都市住民はほぼすべて地方に強制移住させられて労働キャンプに住まわされた
(そのため首都プノンペンはほぼゴーストタウンと化す)。

知識人やブルジョアや資本家は特に目を付けられたが、
そうでなくても自分の頭で考えて自分の考えを持って自分で行動する人間には容赦しない。
周りと同じであることを拒む人間にも容赦しない。
“平等”であることを拒む人間にも容赦しない。
それでいながら支配者たちは“平等”の規定の例外でお腹いっぱい。
階級無き社会を目指しながら支配者と市民は徹底的に別世界に生きるシステムで、
市民は飢餓で衰弱して違反を犯して処刑されなくても次々と死んでいく。
お米などの市民の労働で生まれた物は自分たちにほとんどフィードバックされず、
支配者の腹を満たすためか輸出品として使われた。


「全員が平等な暮らしを!」
「原始社会に返って自分を純化せよ!」
「極楽など信じるな!」
など打ち上げ花火の如く威勢のいいスローガンが連発されていた。
実写フィルムに集団労働シーンが多いのは子供ながら監督自身の目にそれが焼きついているからだろう。
子供も例外ではなくクタクタになっても働かされて栄養も足らずに体が弱った者は死ぬ。
「いつ(の時代)でも穴を掘るのは貧しい人」なのである。

共産主義特有の用語でもある“同志”の思想をエスカレートさせた。
自分の物を所有してはならない。
個人で持てるものは、ささやかな食事をすくうためのスプーンのみ。
あとはすべて共同。
釣りなどで勝手に食料を調達することも禁じられた。
親子の間でも密告奨励の監視社会の超管理体制。
すべて規則違反や指導者に逆らった者には拷問や処刑が用意されていた。


官制の“プロパガンダ映像”に登場するポル・ポトは冷酷なほどいつも笑顔だった。
それに対して当時のカンボジアの“人民”の表情は対極だった。
クメール・ルージュは処刑シーンや処刑した人の顔写真をマメに撮影して残した。
まるでコレクターのように。
まるで自分らが成し遂げた仕事の記録のように。
本作ではそのシーンは実写フィルムでも人形でもほぼ映し出されない。
ほのめかすことによって生々しさを増すことをわかっている監督である。
だが死が近い人の様子は惜しげもなく映す。
当時一人一人が撮影された写真の顔の目は
抹殺された“個”の最期の自己主張として一人一人違う形相でクメール・ルージュの心臓を突き刺していた。

kieta_e_sub1_s.jpg


土人形の表情は朴訥としている。
だからこそ観念と諦念の佇まいがゆっくりと生々しく迫ってくる。
上下関係の被害者とも言えた支配者側の土人形の顔を掘るときに監督は何を思ったのかと考えさせるほど、
彼らの表情も意味深だ。

一人称で語られるナレーションは淡々としているからこそ重い。
シニカルなニュアンスを滲ませながらハードボイルドな言葉はリアリスティックで詩的でもある。
そして時に沈黙は叫びにもなり得る。
物言わぬからこそ無数の土人形たちは思い思いの声で叫び続けている。

絶え間なく音楽も控えめだからこそ深々と響いてくる。
実写ドキュメント・フィルムの音声も一種の“ノイズ・ミュージック”のコラージュみたいに聞こえるし、
緊迫した曲も張り詰めた空気感を作り出しているが、
しばしば使われるカンボジアの歌謡曲みたいな音楽は明るいトーンゆえ逆に重い。
さらに文化政策に反するとしてクメール・ルージュに目を付けられて殺された監督の兄が
ギタリストとしてバンドでやっていたような、
カンボジアのR&Bと思しき音楽がたびたび流れてくるのも逆に痛切だ。


既成の文化は抹殺された。
当時映画監督も俳優もことごとく処刑された。
残った“役者”は民衆ではなくポル・ポトのみだった。
息の根を止められるまで日々の生活が戦争だった民衆の人々の一人一人が
主人公として今静かに立ち上がった映画。
「飢えは人間を支配できる」
だが、
「飢えは武器にもなる」

監督は13才でクメール・ルージュの支配地域から脱出して生き延びた。
恐怖映画のラスト・シーンみたいなエンディングも真実であり、
希望である。

必見。


★映画『消えた画 クメール・ルージュの真実』
2013年/カンボジア・フランス/フランス語/95分
7月5日(土)〜ユーロスペースにてロードショー。
以降、全国順次公開。
http://www.u-picc.com/kietae/
なおこの映画の東京上映前の一週間には
リティ・パニュ監督の過去作の特集の上映も渋谷ユーロスペースで行なわれる。


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://hardasarock.blog54.fc2.com/tb.php/1282-c184edb0

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (9)
HEAVY ROCK (237)
JOB/WORK (285)
映画 (235)
PUNK ROCK/HARDCORE (0)
METAL (41)
METAL/HARDCORE (47)
PUNK/HARDCORE (395)
EXTREME METAL (127)
UNDERGROUND? (84)
ALTERNATIVE ROCK/NEW WAVE (117)
FEMALE SINGER (41)
POPULAR MUSIC (24)
ROCK (76)
本 (9)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

FC2Ad

Template by たけやん