なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『イーダ』

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“ポーランド映画祭2013”におけるプレミアム上映で観た者すべてを魅了した映画『イーダ』が、
遂にロードショー公開される。
その時に観てぼくもあらためてポーランド恐るべし!と思い、
同国の巨匠たちとは違う新たな地平を見せて映画シーンだけでなくポーランドの深さにあらためて畏れ、
恐れおののいた。
このたびの上映にあたって試写会で観させていただいてまた新たな静かなる感動が呼び起された。
底が見えないほど深遠な映画だから観るたびに発見がある。

1957年にポーランドのワルシャワで生まれるも14歳からドイツやイタリアに移り住み、
80年代から英国に定住しているパヴェウ・パヴリコフスキの監督・脚本による2013年の映画。
アンジェイ・ワイダイエジー・スコリモフスキなどによる50~60年代以降のポーランド・モノクロ映画の流れ、
特にアンジェイ・ムンクを思わせる陰影を物語にも映像にも感じさせつつ、
新たな息吹が静かに息をしている。
そういう先達の作品群と並んで永遠に語られていく佳作である。

サブ2

時は1962年。
孤児として修道院で育てられて修道女として生きる少女は、
母親の姉妹のおばの存在と生存を院長から知らされる。
興味を抱いて会いに行ったアンナはおばのヴァンダから
本名がイーダであることと自分がユダヤ人ということを告げられ、
自分の出生を知るべくおばと一緒に車で旅に出る。
手がかりを探るために二人はイーダの両親が第二次世界大戦中に住んでいた家に向かう。
その道中でひょんなことからサックス吹きのクールな男性と出会い、
イーダの心は揺れる。

サブ5

宗教をはじめとして様々な事象がさりげなく絡められている深い映画である。
当時実質的にソ連(現ロシアほか)支配下の全体主義国家で、
否応なく染みこまざるを得ないポリティカルな要素もオーガニックに炙り出されている。
第二次世界大戦中、
ナチスだけでなくフツーのポーランド庶民がユダヤ人を殺したこともあったこともほのめかされる。

でもこと細かく“説明”はされない。

セリフも必要最小限。
“無駄口”を叩く人物は一人もいない。
誰もがギリギリ感を抱いているように見えるほどで目が覚めるほどストイックである。
政治的背景などの予備知識がなくてもいちばん大切な意識の流れが空気感で伝わってくる。
落ち着いた映像美に包まれているから言葉の意味性に頼らない。

彫りが深く静謐な映像は“光と影”が“光と陰”になる。
シーンによって異なるが、
やや白みがかったモノクロ映像が目立って明るめのトーンに包まれている。
わずかに露出オーバーのように見える場面も印象的で、
淡い質感の白がとろけそうな美しさで映画館のスクリーンから肌に染みこんてくる。

サブ4

カメラ・アングルや対象への迫り方、遠めの撮り方、時に断続的にすら見える場面転換は、
ホセ・ルイス・ゲリン監督の映画も彷彿させる。
決してスピード感を追求した映画できないがテンポと歯切れがとてもよく、
ショート・シーンのつなぎ方にもメリハリがあるのだ。
暗いストーリーのようでも前に進もうとしている意思が映画全体に宿っている。

覗き趣味的視点の撮りからもゲリンとの接点が感じられる。
ちょっと遠い場所からちょっとした望遠レンズで撮っているような画もあるし。
隠し撮りとまではいかないまでも隠れて撮っているような映像も印象に残る。
液晶モニターやファインダーを見ないで撮っているみたいなシーンもいいアクセントだ。

映像を収めるフレーム(枠)の使い方もこの映画の静かなる特異性である。
人物をあまりフレームの中心に収めていない。
場面場面で人物などのメインと思われる対象を真ん中ではなく映像枠の下や左や右に映し出し、
まるで意識がゆったりと息をするための空間のように“余白”を多く用意し、
一種の行間みたいにイメージを広げさせる。

“人間中心”の考え方に抗うささやかな映像表現とも解釈できるが、
何かが宿っているかのように“余白”に吸い込まれそうな気分になる。
風景の中に人間がどう収まっているのか気を使っているようなフレーミングは室内の映像でも同じだ。
人間と周囲との関係や映像の広がりと奥行きを常に意識して撮ったとも想像できる。

サブ1

映画を観る人の人生や想像力を尊重するからこそ様々な点で余白を大切している。
コンピューター社会で情報が有り余って安易に詰め込むことしか能がない“現世”と隔絶した空気が、
ひたすら透徹している。
押しつけがましさがまったくない。
どこもかしこも、おくゆかしく、ひかえめで、つつましやか
寡黙だからこそ“たくさんのこと”を言っている。
感情がアンビエント状になってスクリーンからゆっくりと覆ってくる。
映像だけでなく物語もモノトーンの味わいに包まれた余白が目立ち、
俳優陣がセリフだけでなく物言わぬドラマを演出している。


おば役のアガタ・クレシャが気丈な世捨て人っぽい人物を好演している。
正義感あふれる検察官ゆえに“過ち”を犯し、
酒と煙草が鎖みたいにつながっている生活を送る。
対照的な人生観のようでクールな体温が近いイーダを適度な距離感でさりげなく鼓舞する。


それにしてもイーダである。
イーダ役のアガタ・チュシェブホフスカは92年ワルシャワ生まれで、
演技経験のない状態で出演して主役をまっとうした。
“ヴァージン”ゆえの初々しく恐れを知らず物おじしない演技に痺れるしかない。
ヒッピー風の強烈なルックスでカフェにいるところを
女性監督のマウゴジャタ・シュモフスカにスカウトされたが、
本作のパヴェウ・パヴリコフスキ監督は会って彼女が戦闘的なフェミニストで神というものに懐疑的だと知り、
さらに深く向き合って修道女のイメージとは対極ながらイーダ役は彼女しかしないと確信した。
ぶれず揺れず息を呑むほどまっすぐな彼女のオーラの佇まいにゆっくりと圧倒される。
最初から最後まで達観した佇まいだからこそ、
“俗の世界”に傾いて心がときめいた後半の数日間の目の輝きにぼくはヤられたし、
その一場面でおばを真似したかのように“不良女”を気取るシーンもかわいすぎる。

彼女が今後女優を続けるつもりはないというのが残念でならないが、
最初で最後の覚悟を決めた演技であるならば
静謐に加速するラスト・シーンの数分間は配役のイーダとしてではなく彼女自身の人生の意志に映る。

サブ3

もちろん脳天気な映画ではないが、
決して暗く重い映画でもない。
なにしろ一種のロードムーヴィーとしても楽しめる。
とても陰影に富んでいて洒落てもいる。
コルトレーンなどのモダン・ジャズやモーツァルトなどのクラシックをはじめとする音楽が象徴するように、
優雅な光に照らされている。
それぞれレコードをかけるシーンや生演奏のシーンで聞こえてくることも多いというのもあり、
とても自然な入り方だ。
落ち着いたトーンではあるが、
登場人物と映画自体が静かにリズミカルでビートを内包し、
イーダたちがしっかり人生をスウィングしていることの“暗喩”である。


“大きなお世話”なクライマックスは用意されていない。
観た人それぞれが愛でればいいのである。

これぞ映画だ。


★映画『イーダ』
2013年/ポーランド・デンマーク/80分/モノクロ/スタンダード/
配給:マーメイドフィルム/宣伝:VALERIA
8月2日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開、
以降全国で順次ロードショー。
http://mermaidfilms.co.jp/ida/
↑のオフィシャル・サイトでは多部未華子のナレーション付の予告篇も見られる。
ⓒPhoenix Film Investments and Opus Film


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コメント

少し前に観てきました

ひさしぶりに書き込みます.

今年の秋頃に観てきました.
かなり読みが深い評を書かれていたので,驚きました.
自分は,すぐには考えがまとめられなかったです.

やり過ぎることのない,けれども芯の強い映画だと思います.
ぴんと張りつめた色彩が,映画全体をよく表現しています.
トリミングや構図のセンスもヨーロッパ映画ならではでしょうか.

一昔前のタランティーノやウォン・カーワイの時代は
確実に終わったのだなと感じました.(彼らは大好きです!)
大げさですね・・・

浮世離れせずに普段の生活に寄り添うような仕上がりだと思います.
だから,音楽がとても素直に心に響きました.びっくりです!

自分も最後の数日間に凝縮された,イーダの考えの深まり方と
表情にやられました.
それまでの描写がいっきに花ひらきますね.

ヨーロッパ映画を観ないひとに,自信を持ってすすめられる
映画だと思いました.

それでは!


ss2gさん、書き込みありがとうございます。
先週からポーランド映画祭2014+時間がかかる原稿が続いていてブログを覗かないでいて、返事が遅れてスイマセン。
コメント恐縮です。僕は去年のポーランド映画祭で一回観て、今年試写会で見せていただいて、2回体験したからまとめられたのだとも思います。
「やり過ぎることのない,けれども芯の強い映画」 「ぴんと張りつめた色彩」・・・・まさに!ですね。わさとらしいトピックやストーリー、セリフに頼る映画が多い中・・・もちろん『イーダ』もストーリーはわかりやすくセリフしっかりしていますが、“主題”めいたものをストイックに絞っていて引き締まり、何より映像だけで持っていかれるのです。
「トリミングや構図のセンス」もまさに!ですね。グレイトな音楽と同じく言葉の意味性に頼るような理屈はいらず、実は直球勝負の映画です。だからこそ、日本を含めてポーランド以外の国でも反響を呼び、ビッグなバックボーンがないと思われるにもかかわらず色々と賞にノミネートなどされているのです。
使われている音楽を含めて過去の映画を踏まえつつ新感覚!を持ち込んでいる・・・・だから地に足が着いているのですね。

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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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