なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『“記憶”と生きる』

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カン・ドクキョンさん © 安世鴻


1945年終戦の“アジア太平洋戦争”の下で数年間にわたり、
日本兵の“慰安婦”にされた6人の朝鮮人女性たちのドキュメンタリー。
『沈黙を破る』(2009年)や『異国に生きる-日本の中のビルマ人-』(2013年)も手がけた、
1953年佐賀県生まれの土井敏邦監督の映画である。

元“慰安婦”の方々の日々の生活の様子を盛り込みながら
彼女たち自身の証言で彼女たち自身の人生を炙り出していく作りで、
二部構成になっている。

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ナヌム(分かち合い)の家でのハルモニ(おばあさん)たち © 安世鴻

第一部“分かち合いの家”[124分]では、
韓国社会から疎外された元“慰安婦”の方々に安住の場を提供すべく韓国の仏教団体が1992年に開設した、
ナヌムの家で暮らす5人の老女の人生を綴る。
帰国後にいわゆる妾になって産んだ息子をはじめとする家族に、
“慰安婦”だったことを申告したことがテレビを通じて知られたことを葛藤する老女。
帰国後に“慰安婦”時代の記憶に支配されて溺れた酒に加えて薬も手放せない老女。
帰国後にいわゆる妾になって産んだ子供たちに“慰安婦”だったことを隠した老女。
帰国後に兄弟の勧めで結婚するも、
“慰安婦”だったことを夫に隠しながら生活することに耐えられずに“独り者”の道を歩んで転々とした老女。
帰国後に農家に嫁に行って子供4人を生むも夫も含めてほとんどが自分より先に亡くなって闘う老女。
そんな彼女たちを一人一人クローズアップしていく。

第二部“姜徳景(カン・ドクキョン)”[91分]では、
1929年生まれでこの映画の元“慰安婦”たちの中で最年少でありながら
最も読み書きが堪能であるがゆえにナヌム(分かち合い)の家のリーダーになった姜徳景に焦点を当てる。
“慰安婦”時代に子を宿したことをはじめとする激動の人生を追い、
絵画で自己表現をしながら最期まで不屈の闘いを貫いた彼女の姿をじっくりと描いた後、
第一部からの流れで6人全員を“看取る”のであった。

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パク・トゥリさん © 安世鴻

この映画が仕上げられたのは今年だが、
映画のほとんどを占める元“慰安婦”たちの登場場面の“本編”は
1994年の12月からの2年間に撮影されたものである。
20年前の映像ということも“逆に”功を奏して生々しい効果を上げているのだが、
それ以降の現在まで20年ほど間に、
老女たち自身をはじめとして様々なことが起こっている。
同じ状況ではない。
だが元“慰安婦”たち6人たちの“記憶”は消せないし揺るぎない。
頭だけではなく心と肉体に深手として刻み込まれているからだ。

監督の意思はオープニングとエンディング、
そして第二部のほとんどを他の元“慰安婦”とは別枠でストロングな老女一人に絞ったことに表われている。
だが当時の政治的背景などの説明を学者やジャーナリストなどの外部の人間が加えることは一切なく、
日常の光景を挿入しつつ、
当時覚えた日本語を交えた老女たちの証言を記録した映像作品である。
ありのままということを大切にすべく細切れの編集を避け、
一つ一つの話に時間を割いている。
当時の体験と家族への思いを含めて自分自身の人生が自分自身の言葉で語られるから、
“生の声”のインパクトをあらためて知るし、
声のトーンで人間の気持ちは伝わってくるものだとあらためて知る。
もちろん一人一人の見た目や佇まいや動きも気持ちの表われだ。

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キム・スンドクさん © DOI Toshikuni

自分から語り始めるのを待つかのように時間をかけてゆっくりと進める。
とにかく“元・慰安婦”という“全体”でまとめず、
一人一人にじっくり向き合ってことで“個”を丁寧に描いたところがこの映画の最大のポイントであり、
生きてきた道も考え方も何もかも一人一人違うことを浮き彫りにしているからこそリアルな仕上がりになっている。

たとえば“慰安婦”にされていた場所も、
中国の北京や上海、ビルマ(≒ミャンマー)のラングーン、パプアニューギニアのラバウル、台湾など、
当時日本が実効支配などをしていた地域を象徴するように様々だ。
話し方も静かだったり飄々としていたりアップテンポだったり冷めたトーンだったりで様々だ。
「共同生活するのも、みんな生活も違うから我慢するのも苦労だよ」という言葉どおりで、
食事に関することなどで揉めるシーンも映し出していることにより、
老女たちの間で“いさかい”が少なからず起きていたことも想像できる。
日本や自国に対する気持ちも様々で、
韓国社会ではかなり過激な勇気ある内容の発言も飛び出す。

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カン・ドクキョンさん © DOI Toshikuni

女性の貞節が重んじられる儒教が根を張っていた時代だけに、
元“慰安婦”たちは帰国後も世間の目を意識して恐れながら生きて心が“解放”されることはなかった。
「私はなんてひどい運命かと思う」
「一生がとても悔しい」


問題の本質は日韓に留まることではない。
いわゆる“慰安婦”という形でなくても、
たとえば女性云々で言えば、
ナイジェリアのボコハラムの行ないをはじめとする今の世界中の問題と根本の意識はつながっている。
それこそ政治問題に限らず、
どんな立場の人間同士だろうが支配する者と支配される者の恐ろしい力関係も考えてみる。
もっと言えば人間そのものを問い直す。

なぜなら何も変わってないから。

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ナヌム(分かち合い)の家 © 安世鴻

ほのめかす手法、
淡々としたリズム、
肝を凝縮して無駄を削ぎ落とした構成、
といったグレイトなドキュメンタリー作品の流れを踏襲している。

静かな映画である。
だからこそ、心に染み入り、
だからこそ、いっときも目が離せない、ちからがある。


★映画『“記憶”と生きる』
2015年/日本/計215分(第一部124分〒第二部91分)
7月4日(土)より渋谷アップリンクにてロードショー。ほか全国順次公開。
http://www.doi-toshikuni.net/j/kioku/


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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