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パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『夏をゆく人々』

夏をゆく人々メイン


名作は映画が始まって数秒で名作!と確信できるものだが、
何気ない映像で始まる2014年のこの映画もまさにそうだ。

81年イタリア生まれのアリーチェ・ロルヴァケル監督の長編2作目で、
彼女の出身地方を舞台に彼女の子供時代の家仕事の経験を反映させて制作。
一種の家族映画だが、
個人的に気が滅入る“いかにもの感動家族モノ”とは一線を画し、
ピリピリした生活の中で親子/姉妹同士がそこはかとなく敬意を表わし合い慈しみ合っている。
特に父と娘の間の確執と情愛が織り成し続ける静かなる緊張感に目が覚めっぱなしで、
感情の機微が映像と脚本と演技でデリケイトに描き出され、
つつましやかにテーマをほのめかすスクリーンの流れに引き込まれっぱなしの映画である

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イタリア中部の人里離れた土地で養蜂を営む一家の物語。
昔ながらのプリミティヴなやり方での家族経営をリードする職人肌の父親は四人の娘たちに仕事を手伝わせ、
とりわけ本作の主人公と言える長女を“長男”のように扱い、
ミツバチの飼育からハチミツの瓶詰めまでをビシッ!と指導する。

だが経済問題も含む様々な状況が重なって家族の養蜂の作業場は閉鎖に追い込まれつつあり、
そんな中で頑固一徹独断独行な父親は思春期の長女をはじめとする四姉妹や母親とぶつかる。
家族で出向いた湖水浴の場で収録をしていたテレビのコンテスト
(彼の地に根づくエルトルニア文化の伝統に即した家族を紹介する番組)への興味を、
田舎生活の毎日とは別世界への興味と家族を救う賞金も目当てで長女は募らせる。
一方でそういうチャラチャラしたものへの嫌悪感を隠さない父親は、
“息子”が欲しかったのか長女と数歳年上の大人しい男の子を家族に無断で更生施設から預かり、
長女はまた新しい“世界”を知ることになるのであった。

これが前半ぐらいまでのかなり大まかなストーリーである。

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ちょっとしたハプニングを重ねながら何事もなかったかのようにクライマックスへとゆっくり進めていく、
心憎すぎるほどさりげない展開の脚本がまず素晴らしい。
必然性がなければ幼稚にしか見えない大がかりな“サプライズ”に頼ってないにもかかわらず、
いや、だからこそ一時も目を離せない。
音楽と同じく小手先で攻める底の浅い映画は途中で飽きる。
だがこの映画はスローに展開しながらも穏やかなリズムに貫かれ、
場面転換をはじめとしてゆるやかながら引き締まったテンポが良く、
遊びの“空間”と“時間”を設けつつ物語も映像も脚本もムダがまったくないのだ。
恋の芽生えを匂わせていくところをはじめとして、
いつのまにか話が進んでいる作りに舌を巻くしかない。

物語もさることながら何しろ映像にも持っていかれる、
というか引き込まれる、
いやゆっくりと包み込まれるのだ。
淡いにもかわらずひそかにアクが強くて匂いも漂ってくるほどの明るすぎない色彩の映像力により、
映画全体から漂う陽炎のような空気感が見事に醸し出されている。
どのシーンも距離感を活かした押しと引きの撮影がひそかにダイナミックだし、
対象を生き生きと生々しくとらえるカメラ・アングルも絶妙。
養蜂の様子の緻密な描き方も特筆したい。
そこが丁寧に映し出されているからこそ作品全体のリアリティが増しているのだ。

本作のチラシの裏で、
スペインのピクトル・エルセの『ミツバチのささやき』や、
イタリアの大先輩フェデリコ・フェリーニの『道』『甘い生活』とリンクして語られているのもうなずける。

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登場人物たちもよくぞこれだけ魅力いっぱいの俳優を集めたものだとうならされた。
この映画の出演者の中で最もスターと言える女優モニカ・ベルッチがテレビ番組の司会者役を務め、
“華やかな一点”として映画を引き締めている。
ただし彼女は例外的な存在で、
監督がスカウトした俳優初体験の長女役の女の子(当時11歳)をはじめとして有名人がほとんどいない。
いや、やはり、だからこそ渋味も滲む血と汗が香るフレッシュな映画に仕上がっているのだ。
特に四姉妹はどの娘も魅力いっぱいだ。
年が下の方の子は幼女に類されるしきわどいロリータっぽい映像も含まれるが、
それも女性監督ならではとも言える瑞々しい映像で魅せられる。

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おもしろくてチャーミングで飽きないそんな娘たちと仕事をしている父親にジェラシーを覚えると同時に、
ストロング・スタイルの父親を持つ娘たちにもジェラシーを覚えた。

個人的にこの映画の父親は自分の父親とダブるからしみじみと観てしまった。
色々な面で違っているとはいえ、
僕のウチもDIYな自家業務体制だったから休日は否応無しに仕事を手伝わされていたし、
夏はパンツ一丁で家の中にいたし、
口が悪くて粗野だったし、
ハタから見てどうでもいいような高額の買い物をするなど独断専行タイプだったから母親はよく激怒していた。
けど業務的にどうしても負ってしまう傷の絶えない身体で入退院を繰り返しながら最期まで仕事を続け、
ウソばかりのインテリや自己保身の常識人と違って見栄もなく体裁も気にせず正義も気取らなかったから、
家族の中で一番好きだし“真実”だったと今思う。

話を映画に戻すと、
蜂に刺されるのが日常で手間暇と苦労が絶えない自分の仕事に対して自ら述べた
“天然で純粋で自然”という言葉は、
この父親自身のことでもある。
お金で買えないものを大切にして誰にも媚びず自分の仕事に対するプライドをもつ父親に、
“とある場面”で長女が応えているところも心憎い。

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登場人物が実際に歌ったり演奏したり口笛で吹いたりする以外の音楽の挿入はない。
映画の中で聞こえてくる音楽は諸刃の剣で、
やたらと挿入しまくって音楽がエゴになり押しつけがましくなっている映画も多い。
特に感動へと誘うような“いかにもの音楽”の挿入は余計なお世話でしかない。
そもそも映画自体が“音楽”や“詩”になっていたら他に音楽や歌はいらない。
『夏をゆく人々』はそういう映画なのである。

まさにこれぞ映画!とヒザを打ちたくなる作品だ。
家族で観るも良し、一人で観るも良しの映画。
今回の日本公開の時期は本作の季節とぴったりだから、
ますますオススメである。


★映画『夏をゆく人々』
2014年イタリア/1時間 51分
8月22日(土)より東京・岩波ホールにてロードショー、以降全国順次公開。
© 2014 tempesta srl / AMKA Films Pro ductions / Pola Pandora GmbH / ZDF/ RSI Radiotelevisione svizzera SRG SSR idée Suisse
http://natsu-yuku.jp/


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コメント

こんにちは。
またまた素敵な映画の紹介ありがとうございます。岩波ホールの映画は昔から結構好きなものが多いのですが、こちらも魅力的です。
エリセ監督の『ミツバチ~』も『エル・スール』も大好きな作品ですし、殆ど演技経験のない子役ならではの一瞬の閃きが、スクリーンに映し出されてる映画にも、とても魅かれるんですよね。

Re: タイトルなし

yuccalinaさん、書き込みありがとうございます。
岩波ホールで上映される映画は“あの空間/雰囲気”が似合う彫の深い映画が多いですね。この映画も間違いないと思います。
すれてなくてこなれてなくて演技的にも“教育”されきってないからでしょうが、この映画の子役たちも生々しいです。映画でも音楽でも文章でも“手癖”でやってないものは、やはりリアルです。

こんばんは.
ここで知り楽しみにしていて,先週観てきました.

自分もとてもいい映画だと思いました.
いくつも印象深い場面があるんですが,ひとつは,
ときおり響く銃声と対になって,処どころで一瞬聴かれる,
蜂のブンという羽音が凝ってるなと,思いました.

また,終盤の先史時代の壁画を思わせる,美しいダンスシーンを経て,
長女が口笛を覚える場面が,とても好きです!
ドイツからの少年はドイツ語の名をもつ父と,
口笛の技術は養蜂の経験と重なりあって,連綿と続く営みを
新たに受け継いでゆく長女の力強い意志にハッとなりました.
儚いラストシーンには涙が滲みました.

第一印象よりもずっと複雑な要素でできている映画ですね.
行川さんの紹介とオリジナルな解説に感謝です.



Re: タイトルなし

ss2gさん、書き込みありがとうございます。
そういう物音の効果は気づきませんでしたが、確かにそうですね。基本的に静かな映画だからこそ、この映画のポイントの一つの蜂の羽音は映画の大切な空気感を醸し出していますね。
> また,終盤の先史時代の壁画を思わせる,美しいダンスシーンを経て,~~~のくだりの、
ss2gさんの視点も素晴らしいです。
音楽でも文章でもそうですが、やはり想像力を試される・・いや想像力が触発される映画は深くて映画の醍醐味に浸れます。善悪を問うとか、知識を競うとか、そんなことばかり重要視されている世の中で、大切なことを悟らせてもくれますね。物語はストレートでも作りがさりげなく凝っていて、映画の可能性を追求もしていますし。ある意味、観るたびに発見と新鮮な静かな感動にゆっくりと包まれる映画だと思います。時間をおいて、僕もまた観ます。

先日観た映画についてググったところ、たどり着きました。
はじめまして、こんにちは。
とても、よかった。と、じんわり感じる映画でした。こちらのレビューも素晴らしいです。
ちなみに、長女のニクい"とある場面"とはどこのことだったのでしょう?私、見逃しちゃったかな?^^;

Re: タイトルなし

りりこさん、書き込みありがとうございます。
文章から、見たあとの余韻が伝わってきます。
> ちなみに、長女のニクい"とある場面"とはどこのことだったのでしょう?私、見逃しちゃったかな?^^;
見逃してないと思います。出演番組収録中に父親が自分の仕事のことを訥々と話して番組をぶちこわした感じになったあと、長女が行なったお茶目な芸のあたりの場面です。

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プロフィール

行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)、
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)、
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)<以上リットーミュージック刊>、
『メタルとパンクの相関関係』(2020年~BURRN!の奥野高久編集部員との“共著”)<シンコーミュージック刊>
を発表。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

https://twitter.com/VISIONoDISORDER
https://www.facebook.com/namekawa.kazuhiko
                                

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