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パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『禁じられた歌声』

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アフリカ大陸北西部のモーリタリアで61年に生まれたアブデラマン・シサコ監督が、
その隣国で幼少期に住んだマリの“現在進行形”を描いた2014年の映画。
原題はこの映画の物語の舞台であるマリの砂漠の都市名“Timbuktu(ティンブクトゥ)”である。

もともとイスラム急進派に支配されて音楽も禁じられたマリの街をテーマに撮るべく
ドキュメンタリー映画の制作を試みて現地で取材を始めたそうだが、
監督のみならず話を訊く住民たちにとっても危険すぎたという。
そこで企画を一度白紙に戻し、
実話を基に脚本を書いて俳優やミュージシャンやダンサーなどを使って粗削りで生々しく仕上げられた。
もちろん重い映画だしショッキングなシーンも少なくないが、
“砂漠色”とも言うべき色彩で覆われつつ様々な意味でさりげなくカラフルなスパイスも効き、
政治的ではなく一種の人間ドラマの力作である。

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娘と父親と母親の家族が主人公。
牛の群れを遊牧する仕事をするかたわら家では弦楽器を奏でて仲むつまじい家庭だったが、
ある日“事件/事故”にまきこまれてしまう。

主人公の娘と父親と母親だけでなく
いくつかの家族/人物を断続的/断片的に描いていき、
一種のモザイク状にストーリーを進めることによって
さりげなく関係がつながっているところなど、
関係が入り組んでいる世界を象徴しているようにも映る。
それはともかく、いくつかのシチュエーションの家族や人間を描いて、
不条理きわまりない彼の地のハードな生活が炙り出される。

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映画の舞台の地域に比較的近い所と縁が深いバンドの
TOUMAST(トゥーマスト)の映画のところでも書いたようなこととダブる。

この映画の舞台のマリのティンブクトゥはイスラム世界でも珍しい女系社会で、
結婚相手を女性が選ぶ権利もある自由度の高い民族が暮らしているという。
映画宣伝の方の話によれば、
カラフルな衣装や装飾品を身に着けておしゃれをした女性が多く、
厳しい環境で暮らしているにも関わらず非常に穏やかな気質の人々が多い場所で、
道ですれ違う時に挨拶としてラップで自分の身の上や、
どこから来てどこへ行くかを伝え合う風習があるらしい。

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イスラム急進派は二人乗りのバイクや自動車に乗ったパトロールで“違反者”に次々と注意し、
言うことを聞かない者には“罰”を与える。
服装は男性にも注文を付けるが特に女性に対しては靴下や手袋まで厳しい。
アラーを讃える歌も含めて音楽厳禁だったりアルコールやタバコも厳禁だったり、
強引な手段で女性が結婚を余儀なくされたり事実婚厳罰だったりするのは、
イスラム急進国家では珍しくはない。
“簡易”な事情聴取の裁判の末に行なわれる鞭打ちの刑や、
石打ちの刑(地面に身体を埋められて頭だけ出された状態で次々に石が投げつけられる)、
もちろん“目には目を歯には歯を”だから必要とあらば銃殺もある。
そのすべては空の下で見せしめのように行なわれる。

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この映画に出てくるイスラム急進派は
黒旗を掲げたりトヨタの車で疾走したりするなどイスラム国もイメージさせるが、
イスラム国をはじめとして各地で問答無用の展開をしているイスラム急進派の中でも比較的“穏健”かもしれない。
マリはイスラム国の支配があまり及んでない国だが、
もちろんイスラム国だけがイスラム急進派ではないわけで、
この映画に登場するイスラム急進派はアルカイダ系のAQIMがモデルと思われる。

イスラムの基本である偶像崇拝否定行為の代表として
“像”を破壊するハードボイルドなオープニングが本作の空気感を象徴しているが、
決して無機的な映画ではない。
ナイーヴでもない。
情緒に流れることなく安易なコミュニケーションや馴れ合いや陳腐な感動を拒否するかのように、
淡々と、ゆっくりと、しかし深々とえぐっていく。
ストイックだ。
それは否応なく彼の地で生きる人間に自然と備わるものにも見えてくる。

刑罰のシーンも必要以上に長時間映し続けはしない。
ポイントを押さえて残酷なシーンを見せるからこそ効果を上げているが、
たとえ劇映画の“フィクション”だとしても見続けるのは難儀なほどむごい。

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殺伐この上ない社会だが、
ギャップが大きいからこそ、のんびりした日常のシーンが映える映画でもある。
広々とした風景や牛やラクダなどの動物の映像、
家族や仲間との団らんの場面からは詩情が滲む。

決してハッピーな映画ではないが、
たくましい庶民の姿もしっかりと描きこんでいる。
ボールを蹴ると怒られるから少年たちのサッカーもボール無しでプレイしているのだが、
パトロールが来たらシラを切れるからそうやって“エア・サッカー”に興じる少年たちの存在も、
悲惨ではあるがユーモラスでたくましく、やんちゃである。

かたやイスラム急進派の人間も一人になったら“ただの人”みたいなところも盛り込まれている。
リーダー格の男は、
こっそりタバコを吸っていたり、
人妻を“狙って”いるようにも見えるし、
舞踏みたいに身体をくねらせたりもしている。
パトロール中の運転をドライヴのように楽しむシーンも映す。

英国のハードコア・パンク・バンドであるEXTREME NOISE TERRORの新作の同名曲でも歌われているように、
まさに“No one is innocent”。
何にも“支配”されてなければみんな“ただの人間”ということを描いているのである。

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しきたりに反発した罰として鞭で40発打たれながらもなお歌い続ける女性の姿はこの映画を象徴する一つだ。
一方で狂ったように歌い舞う派手な服装の老女も登場し、
イスラム急進派もあきれて文句をつけないほどのアナーキーな存在感を放っていて
いいアクセントになっている。

邦題のとおりにこの映画も音楽や踊りがキーワードになっている。
挿入音楽も使われているが、
音楽が禁じられている社会を描く映画の性格上限られているだけに生演奏と生歌のシーンが光り、
そして生々しく生き生きしている。
それがまさに解放されている人間の姿なのである。
ヘタしたら本当に“killed by music”になってしまう地域なわけだが、
ラスト・シーンは行き先もわからない希望に向かった疾走と思いたい。

ひとつひとつの固有名詞は知らなくてもまったく問題ないし、
小難しいことがわからなければここで感じるのもいい。
知る“きっかけ”としても良作である。


★映画『禁じられた歌声』
2014年/フランス・モーリタニア映画/97分/原題:TIMBUKTU
©2014 Les Films du Worso ©Dune Vision
12月26日(土)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー。
http://kinjirareta-utagoe.com/


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)、
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)、
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)<以上リットーミュージック刊>、
『メタルとパンクの相関関係』(2020年~BURRN!の奥野高久編集部員との“共著”)<シンコーミュージック刊>
を発表。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

https://twitter.com/VISIONoDISORDER
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