なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

.es at 近江八幡サケデリック・スペース酒游舘 7月30日

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大阪の現代美術画廊ギャラリー・ノマルを拠点に2009年からコンスタントに活動している
“コンテンポラリー・ミュージック・ユニット”のインプロヴィゼイション・デュオ、
.es(ドット・エス)によるアルバム『曖昧の海/Ambiguity Sea』発売記念ライヴ第三弾を観てきた。
会場は.esの“第二のフランチャイズ”とも言うべき滋賀県のサケデリック・スペース酒游舘である。

.esは見ようと思えば年に数回東京でも見られる。
だが.es初体験は酒游舘でなければならなかった。
酒游舘で録音されたいくつかの音源を聴いてそう確信していた。
琵琶湖まで脚を伸ばして湖岸道路を自転車で延々飛ばしつつ近江八幡一帯を走り回る観光も兼ねていたとはいえ、
腰の重い僕に足を運ばせたのは.esと酒游舘のケミストリーに他ならない。
場の交感の“空気”を感じたかった。

今回初めて行ったサケデリック・スペース酒游舘は、
詰めこもうと思えば500人は余裕で入りそうな風通しのいい大きさで天井が高め。
『パンク天国4』や末期DOLL誌で80年前後の関西パンク等の原稿を書いていたことでも知られる
西村明“プロデュース”のスペースだけに音も万全だ。
音の吸収と反響のバランスが絶妙で、
この日も外で鳴いていた蝉時雨が聞こえてきていい感じで混ざる情趣たっぷりの場である。

サケデリック・スペース酒游舘はいわゆるライヴ・ハウスではない。
東京住まいの僕としては80年代なら西武新宿線沿いの都立家政スーパーロフト、
今なら西武池袋線沿いの桜台poolを思い出す“秘密基地”めいた雰囲気だが、
歴史の重みも感じさせる。
西勝酒造の酒を熟成させるための蔵(貯蔵庫)を改造した空間で、
“別館”では美味しい食事や酒なども楽しめ、
特に地酒は旨すぎてすいすいすいすい何杯でも飲めて止まらない魔力を秘めている。
もちろんある種の魔力を秘めているのはサケデリック・スペース酒游舘の空間そのものだ。
酒造りの道具の一部(樽、酒槽―酒を搾る装置)や徳利、絵画などが展示された中でのライヴは、
洋邦ブレンドのビタースウィートの味わいである.esにふさわしい。

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そんな空間での.esのパフォーマンスは、まずヴィジュアルに目が覚めた。

遊牧民族みたいなジプシー風情のインプロヴァイザーや
農耕民族みたいな朴訥とした佇まいのインプロヴァイザーも、
生き様そのものであればもちろんカッコいい。
フリー・ジャズの流れか即興メインのミュージシャンにはラフなルックスの人が目立つ。
だが.esみたいな風貌のインプロヴァイザーを他に僕は知らない。

特別なライティングなどのステージ・セットの仕掛けをしていたわけではないが、
橋本孝之(アルト・サックス、ハーモニカ)もsara(ピアノ)も黒でビシッ!とキメているのだ。
それっぽいメイクを施してないとはいえゴス(ゴシック・ロック)も思わせるが、
特にsaraの方はそういう音楽をまったく通ってないクラシック畑らしいだから無意識だ。
橋本はハンフリー・ボガードを思わせるほど粋にハットもかぶり、
saraは昔の欧米の女優を思わせるロングのドレスとロックな髪。
ただ単にそういう格好が好きなだけかもしれないが、
.esで演奏する時の“正装”であろうし精神集中のためでもあろう。
こっちの気持ちも引き締まる。
CDパッケージも含めていい意味でトータル・アートの表現を実践してきているユニットだけに、
ライヴの時のヴィジュアルも大切なのだ。
実際それを目の当たりにした一夜でもある。


もちろんスノッブみたいな“ポーズ”ともサブカルみたいな頭デッカチともかけ離れている。
いわゆるステージのない会場のスペースの一番奥で.esは動く。
言うまでもなく二人とも派手なステージ・アクションをするわけではない。
さりげなく全身全霊の演奏に伴うちょっとした動きが舞踏に通じる天然の肉体パフォーマンスなのだ。
目と耳で同時に感じる表現ゆえに、
ジャズや現代音楽に加えてブルースや種々雑多な邦楽の彫りの深い歌心が転がる音も
さらに深く輝いていく。

橋本は立ってサックス、椅子に腰かけてハーモニカをもほぼ定位置から動かずに吹く。
どちらの楽器も橋本の内から絞り出したエクストリームな音ながらエキセントリックとは別次元で響きわたり、
極限まで研ぎ澄まされているがゆえに容赦ないシャープな感情の横溢に殺られる。
時に豪胆、だがデリケイトきわまりなく、そして官能的。
すすり泣いたり男泣きしたりの物寂しい旋律の一方で、
ソロ・アルバム『SIGNAL』で全開だったハーモニカ演奏では飄々と頓智も漏れる。
橋本は長谷川裕倫(あぶらだこ)がギターを弾くkito-mizukumi rouberのメンバーでもあり、
それも納得の破天荒な響きもクールな佇まいの中から存分に放たれた。

リリカルでありながらパーカッシヴなsaraのピアノは、
凛として、おてんば、じゃじゃ馬、きまぐれな野生の猫、だがやはり優雅。
ライヴの時のsaraは誤解を恐れずに書けば“娼”という言葉がよく似合う。
“聖娼”と言ってもいい。
やさしく翻弄して手のひらで転がすようでもある演奏なのだ。
ピアノに縛られながらも激しい動きを無意識のうちに見せ、
鍵盤さばきも含めてエロチックですらあり、
だからこそサディスティックに艶めかしい音がハジき出される。


広い空間の中で簡単に交わることのない“個”と“孤”の響きにゆっくりと痺れていった。
二人とも間合いを十分に取って一緒に演奏をしてないパートも多いパフォーマンスで、
片方の独奏を聴きながら“間”や“呼吸”を読んでタイミングを計ってもう片方が入っていく。
後ろで弾いているsaraを橋本が見ることはないし、
saraも鍵盤に集中している。
そのためか二人の音は“絡まり合う”サウンドとは一味違う。
つかず離れずみたいな距離感と緊張感に貫かれ、
あらすじのない物語を編んでいくような張りつめた時間が快感この上ない。

どの.esのCDでも耳を傾けている時に感じる映画のイメージがライヴでも感じられた。
特にヨーロッパのラヴ・サスペンスものみたいな“駆け引き”が見えてきた。
と同時に橋本の音から侘び寂びが滲むから昭和の日本映画の情趣も混ざっている。
そして音のすきまの多いパフォーマンスゆえに思った。
映画『イマジン』を手がけたポーランドの映像作家のアンジェイ・ヤキモフスキ監督が先々月の来日講演で、
「映画は想像力で観るもの」みたいなことを言っていたのだが、
「音楽は想像力で聴くもの」だとあらためて思った。
さしずめ“行間”を聴くことであり“空間”を聴くこと。
そうしたら音楽は無限になる。


アンコールでは.es必殺のアグレッシヴな加速パフォーマンスで昇天。
トータル50分弱。
ライヴの後に呑んだ地酒とあったかい語らいも相まってしあわせな酔い心地の一夜であった。


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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