なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『セールスマン』

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久しぶりにパーフェクトな映画を観た。
トランプ米国大統領に抗議して
本作のアカデミー賞(外国語映画賞受賞)授賞式への出席のボイコットを表明したことで知られる、
イランのアスガー・ファルハディ監督の作品だ。
大きな賞の受賞みたいなことは権威に認知された感じでウサン臭く思ってしまう僕でも、
これぞ映画!と言いたくなる底知れぬ“ちから”に揺さぶられて飲み込まれた。
一種のサスペンスものながら何度も観たくなるほど謎解きで終わらず、
何もかもが底無し沼のようにディープで一瞬たりともスクリーンから目が離せず、
物語と演技と映像と音楽が交感する“芸術”の映画だからこそ成し得る彫りの深い表現に感嘆するしかない。
これはほんと掛け値なしの傑作だ。

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イランのテヘラン在住で小さな劇団に所属する教師の夫とその妻が中心の物語。
思いがけないことで住む家を失った夫婦は二人の劇団仲間が紹介してくれたアパートに移り住むも、
引っ越しまもなく夫が不在中に妻が何者かに襲われる。
事件が表ざたになることを恐れて警察に通報しない妻に業を煮やした夫は勝手に犯人を探し始め、
夫婦が入居する部屋の前住人が“ふしだらな商売を営んで男を連れ込んでいた女性”だったことも発覚。
とばっちりのアクシデントに巻き込まれた夫婦は“信頼関係”が試される。

以上はほんの序盤だが、映画の性格上、ストーリーを明かすのはここまでにしたい。
話の流れはとてもわかりやすくシンプルである。
だが“主演夫婦”をはじめとして登場人物の静かな熱演により人間の奥底をえぐり掘り下げ、
目が覚めるほど生々しく善悪の彼岸を浮かび上がらせる。
グレイトな表現のすべてがそうであるように様々な角度から様々な要素を溶かし込み、
白黒つける“合理主義”で割り切れないことをそこはかとなく見せている。

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フェミニズムというとニュアンスが硬くなってしまうが、
イランで女性が置かれている状況を炙り出している。
強硬なイスラム原理主義ではなくいちおう民主主義国家とはいえ、
イランでは表に出にくい重圧感が女性を覆っていることがじわじわ伝わってくる。
日本も含めて他の地域でも大差ないが、
やはりイスラム圏では女性に非がなかったとしても夫以外の男性と“接触”したことが公になると半端ない。

ハムラビ法典を意識してなのか“目には目を! 歯には歯を!”とばかりに、
俺の手で敵を討つ!みたいな“男のプライド”に突き動かされた夫の男性の復讐心が凄まじい。
イランで生活をする女性は性の噂が広まると大変なことになるという妻の不安を察しようとせず、
おまえのことを思っているからこそ!とばかりに正義の制裁に邁進する夫。
と同時に“スキがあったおまえも悪い!”と言わんばかりの意識で、
“女は男の所有物”といった感じだから妻からしたら余計なお世話というか、
他人に知られるリスクと自分の心の痛みをまったく理解していないと思っているように映る。

そんな夫に対する妻の態度はとにかく尾ひれがついて話が拡散することを恐れたがゆえにも思えるが、
“赦し”の気持ちを示しているようでもあり、
心にも体にも深手を負ったにもかかわらず憐憫の気持ちも見せる。
今にも死にそうな人間に対しても容赦しない夫との対比がまた強烈である。
終盤は妻の意向おかまいなしで相手がどんな状況だろうが情状酌量無しの夫の激高ぶりもさることながら、
終始落ち着いた佇まいだからこそ痛々しいほど迫ってくる錯綜した妻の感情の震えが壮絶だ。

監督によればこの夫婦の生活様式はイランの“中流家庭”がモデルらしいが、
質素とはいえ共に役者もやっているから文化的な生活を送っていて、
いわゆる“知的水準”が高くてもこうなるという人間批評にも見える。
もともと根っこでくすぶっていたズレとヒビ割れがトラブルで一気に大きく広がったかのようで、
一般的な夫婦関係、いや普遍的な人間関係にも当てはまる。

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いわゆるセールスマンが直接物語とは関係ないだけに意味深なタイトルをはじめとして、
米国の劇作家アーサー・ミラーの戯曲『セールスマンの死』をダブらせているという。
監督は過去にすがって時代の変化に取り残されたその戯曲の初老のセールスマンを
急速に近代化が進むイランの社会状況に重ね合わせたらしいが、
この映画の夫婦の夫の教師にも重ね合わせられる。
現代的なライフ・スタイルと伝統的な価値観の狭間で生きて摩擦を起こすこの映画の夫婦にもつながる。

僕も映画を機に『セールスマンの死』を読んでみて、
ちょっとした会話の中から醸し出される軋轢の空気感や家庭/家族の在り方も触発されたようにも見える。
映画本編でも熱演している夫婦らが役者として『セールスマンの死』を演じているシーンも
一種の劇中劇として要所で簡潔に挿入して映画を引き締めており、
その舞台中で感情が高まったのか
夫が台本とは違う“本音”のセリフをアドリブで言ってしまうところも生々しい。

ただし試写会で観た時点での僕がそうであったように、
もちろん戯曲『セールスマンの死』を知らない方も釘付けになること必至である。

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124分間、一切の無駄がない。
物語だけでなく表現手法もストイックだ。

清流と濁流と奔流が交錯する意識の流れと痛々しく動揺する心理の緻密な描写に舌を巻きっぱなしである。
俳優すべての表情が絶品で、
特に一瞬たりとも気の抜けない精神状態が表れた事件後の主演女優の顔のこわばりように息を呑む。

1950~1970年代のカラー映画を思わせる陰影に満ちて渋味の効いた鮮やかな色合いの静謐な映像にも、
人物たちの淡く儚い心情が滲み出ていてゆっくりと引き込まれる。
さりげなく映し出される現代のイランの調度品や日常風景も生活感を醸し出すことに一役買っている。
落ち着いた話し方のシーンがほとんどにもかかわらずスローなようでテンポがいいところも特筆したい。
カメラの長回しをほとんど使わず、
シンプルでオーソドックスなアングルが中心ながらカメラの切り替えが適度に頻繁な編集も奏功している。
とりわけ夫婦の表情のコントラストをはじめとして、
場にいる人物たちの顔を交互に見せるタイミングが見事としか言いようがない。
特に中盤以降は重い空気が続いて緊張の糸がゆるむことがほとんどないが、
リズミカルな流れだからそ観る者の目をスクリーンから離さない。
そして終盤は観る者すべてが否応無く固唾を呑んで行方を見守る“傍観者”となる。

音楽の使い方も素晴らしい。
ある意味、物語以上にネタバレ厳禁だから詳しく書かないが、
観終わってから初めて気づく“音楽のちから”である。


一般の映画以上に観た人の精神状態によって異なる無限のかたちで触発される。
僕は、観て、“死に体”が救われた。
エンディングを観るとこれもまた“再生”の映画だと信じる。

必見。


★映画『セールスマン』
2016年/イラン・フランス/124分/ペルシャ語
6月10日(土)より、Bunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー。
(C) MEMENTOFILMS PRODUCTION–ASGHAR FARHADI PRODUCTION–ARTE FRANCE CINEMA 2016
http://www.thesalesman.jp/


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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