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パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『ガザの美容室』

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中東パレスチナ自治区のガザ地区の美容室で繰り広げられる実話をもとにした“騒動”の物語。

お客として集まった女同士のすったもんだの確執をエナジーにして進行し、
イスラエルの“軍事的監視下”にある地で本当にギリギリの状況だけに政治性も滲む。
でも不幸ネタ頼りで白黒つけたがる“プロテスト映画”とは別次元で、
政治的な予備知識がなくても楽しめ、
映画の可能性を感じさせる刺激的で示唆に富むユニークな佳作である。

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舞台はガザの美容室。
経営者の美容師と一人のアシスタントがてんてこまいなほど大にぎわいだが、
客は好き勝手に言いたいことを言う女性ばかり。
離婚調停中のワガママ高飛車主婦、
薬物中毒でエロ話好きの女性、
ヒジャブを被ったイスラム教徒の女性、
結婚式に向かう直前に髪などのセットに来た若い娘、
その花嫁の母親で喘息持ちの女性、
出産間近の妊婦、
スマホを手放さない若い娘、
その母親などなどが、
よもやま話に興じている。

総勢13人の女性がそんなふうに午後の時間を過ごしていたときに、
外で銃が発砲された音が聞こえてくる。
銃声が日常茶飯事の地とはいえまもなく送電が止まり、
美容室は戦火の中に取り残される。

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セリフのウエイトも高く、
特に序盤は目立とうとしているかのように自己主張していて言葉数も多いが、
一人一人のキャラの濃さに持っていかれる。
彼女たちの会話の半分ぐらいはパレスチナ云々はあまり関係ない内容で、
そこから普遍的な社会批評みたいなものが浮かび上がってもくる。

女性同士の会話が白熱して自己中心的な言い合いが重なっていくうちに
ストーリーがゆっくりと熱を帯び、
美容室の外が騒がしくなっていく頃には観ている方も張りつめていく。
でも女性がみんなどこか“抜け”ている。
欠点が人間臭くて笑っちゃう言動も地雷のようにちりばめられている。

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登場人物のほとんどが女性で、
ほとんどのシーンが美容室という密室の中で繰り広げられる‘特殊’な設定だ。
治安上の問題か窓がカーテンで覆われて外が簡単には見えない。
イスラエルに“国境封鎖”されているガザ地区の現状を否応なしにイメージさせるが、
そういったことを絶妙の撮影で生々しく捉えている映像に舌を巻く。
映像色もアングルも女性たちの息遣いと匂いが伝わってくるほどで、
美容室内の空気感をナマのままスクリーンに映し出している。

女性たちのおしゃべり以外の音声のウエイトの高さもかなりのポイントだ。
イスラエルが飛ばしているドローンの音はまだ序の口で、
中盤以降は見えない外から聞こえてくる響きの戦闘音が半端ない。
研ぎ澄まされたノイズ・ミュージックも適宜挿入され、
ブレンドした音声が閉鎖的な状況下で張りつめた雰囲気を高めるのに一役買っている。

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トランプ米国大統領がイスラエルの首都として認定したエルサレムの東部を含むヨルダン川西岸地区も
パレスチナ自治区だが、
この映画の舞台のガザはそこから離れの地でイスラエルに囲まれた海沿いの狭い自治区である。
前記のトランプの無神経な決定以降にまた激しくなっているように、
パレスチナとイスラエルの“交戦”の大半はガザで起こっている。

ただしこの映画の美容室の外で行なわれている戦闘は“パレスチナ vs イスラエル”ではない。
イスラエルに“幽閉”支配された困窮状態が原因とはいえ、
一種の“内部抗争”というところが映画の肝だ。
パレスチナ内の政治の世界でも穏健派ファタハと強硬派ハマスという二大勢力が“内部抗争中”だし
(注:ガザ地区を実効支配している組織だけにハマスは映画の中の女性がよく言及する)、
この美容室内も女たちの“内部抗争”である。
まるで敵は外ではなく内にいるとばかりに。

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そんな女同士の“争い”がオーヴァーヒートしていくうちに美容室内が停電。
イスラエルが色々と封鎖していて燃料等もなかなか入ってこない地だから節約しながら明かりを灯す中で、
美容室の外の爆音が激しくなっていく。
外で何が起こっているのかよくわからず恐怖感が高まったことで女たちが目覚めていく。
男たちが火器で争っているときに、
なぜ私たちは争っているのか、と。

戦争を起こすのは男だけとは限らない。
80年代の英国サッチャー首相はフォークランド紛争に“点火”した。
フランスの人気極右政党の国民戦線(国民連合)の党首マリーヌ・ルペンも、
前任の父親より現実的で穏健とはいえ政権を握ったらどうなるかわからない。

でもこの美容室からは女だらけの中で炙り出された天然のフェミニズムが漂ってくる。
もちろん説教臭くなくメイクやオシャレと同じく普段の生活の匂いで香ってくる。

“オチ”と言ってもいい結末は観る人それぞれの解釈にゆだねたい。

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★映画『ガザの美容室』
2015年/パレスチナ、フランス、カタール/84分/アラビア語/1:2.35/5.1ch/DCP
監督・脚本:タルザン&アラブ・ナサール
出演:ヒアム・アッバス、マイサ・アブドゥ・エルハディ、マナル・アワド、ダイナ・シバー、ミルナ ・ サカラ、ヴィクトリア ・ バリツカほか
字幕翻訳:松岡葉子 
提供:アップリンク、シネ・ゴドー 
配給・宣伝:アップリンク
6月23日(土)より、アップリンク渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開。
http://www.uplink.co.jp/gaza/


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)、
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)、
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)<以上リットーミュージック刊>、
『メタルとパンクの相関関係』(2020年~BURRN!の奥野高久編集部員との“共著”)<シンコーミュージック刊>
を発表。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

https://twitter.com/VISIONoDISORDER
https://www.facebook.com/namekawa.kazuhiko
                                

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