映画『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』
2018-11-24

1976年の結成時点で女性だけの初のパンク・ロック・バンドになった英国のSLITSのドキュメンタリー。
http://theslits-l7.com/slits.htmlでバンドのプロフィールを書かせてもらったが、
映画自体にはあまり言及してないからネタバレ最小限にしてここで紹介する。
ライヴを含む昔の映像や写真を織り交ぜながらメンバーと関係者の談話で進め、
いわばオーソドックスな音楽ドキュメンタリーの作りである。
SLITS結成前夜から解散中のメンバーの動向を経て再編以降までをクールに追っている。

登場するのは以下の面々だ。
まずはパリマリヴ(ds)、アリ・アップ(vo)、テッサ・ポリット(b)、ヴィヴ・アルバータイン(g)を
はじめとする極初期からの歴代メンバーたち。
映画を撮る前の2010年に亡くなったアリ以外のトークは撮り下ろしのインタヴューが大半で、
もちろん再編後のメンバーたちも含まれている。
1979年のファースト『Cut』の頃に叩いたバッジー(Siouxsie and the BANSHEES、CREATURES)と、
1981年のセカンド『Return Of The Giant Slits』の頃に叩いた
ブルース・スミス(The POP GROUP、PiL)という、
男性ドラマーたちも語っている。
映画『パンク・ロック・ムービー』や『パンク・アティテュード』の監督として知られ、
SLITSの初代マネージャーでもあったドン・レッツも登場。
ジョン・ライドン(SEX PISTOLS~PiL)はアリ・アップの義父で近すぎるからか出演してないが、
娘さんが再編SLITSのメンバーになったポール・クックが“身内”の一人としてしゃべっている。
『Cut』の全曲と『Return Of The Giant Slits』の一部をプロデュースしたデニス・ボーヴェルや、
SLITSの影響下で始めたRAINCOATSのジーナ・バーチの話も聞ける。

“女性だけ最初のパンク・ロック・バンド”ということに関しては、
当時SLITSのメンバーが半ば馬鹿にしていたLAのRUNAWAYSの方が先という説も否定できないが、
総合的に見てSLITSが世界初とみなしても問題ないだろう。
ただし彼女たちはパンク・ロックのレッテルを貼られることを嫌がり、
だからこそ短期間で進化していった。
一番上にアップした画像の4人がSLITSの“クラシック・メンバー”だが、
バンド発起人で画像の左から二番目のパリマリヴ(ds)はレコード・デビューの時点でもう在籍してない。
彼女がバンドから去ったことも影響し、
名盤とはいえ1979年リリースのファースト・アルバム『Cut』は
既にパンク・ロックからポスト・パンクに進化したSLITSの記録になっている。

メジャーな存在にはならかったとはいえ少なからず脚光を浴びた『Cut』以降の人生模様も
ドラマチックで見ごたえ十分だが、
この映画はパンク・ロック時代の“生”のSLITSもたっぷり堪能できる映画だ。
そもそも初期ロンドン・パンク・シーンから出てきたバンドである。
ジョン・ライドンが名付け親でシド・ヴィシャスも在籍したバンドの
FLOWERS OF ROMANCEから枝分かれして生まれた事実が象徴的だし、
SLITSのメンバーの何人かはCLASHのメンバーと付き合ってもいた。
そういうプライヴェイトな話はともかく、
アウトサイダーこそがパンク!とあらためて思わされる時代のスリリングな流れに胸が高鳴る。

もちろんセクシズム云々のアカデミックな話はない。
でも一番筋金入りだったパリマリヴをはじめとしてメンバー全員が天然のフェミニズムに裏打ちされ、
そもそも“歌姫”とかではなく女性が楽器を手にしてバンドをやること自体が
オトコ的な価値観が支配するロック・シーンへの“ファック・ユー!”アティテュードだった。
そんな意識から生まれたSLITSのサウンドが、
オトコ的なロックンロールのフォーマットから逸脱していたことが必然だったこともわかる。
女性でバンドを始めるというパンク・ムーヴメントの最良の影響を受けた“クラシック・メンバー”たちが、
いわゆる女としてのしあわせを手にしたことも興味深い。

メンバー一人一人のキャラがトークや映像から滲み出てくるところもファンとしてはうれしい。
いわゆるパンク・ファッションとは一線を画し、
女性ならではの柔軟かつ鮮烈センスのパンクなヴィジュアルも高ポイントである。
SLITS再編に積極的ではなかったパリマリヴ(ds)とヴィヴ・アルバータイン(g)が
それぞれ筋を通した人生を続けていることを伝える映像と話も、
SLITSらしくて納得させられる作りだ。
テッサ・ポリット(b)がバンド結成前夜から作っていたSLITSのスクラップ・ブックも、
この映画に大きく貢献したようである。

結成当時14歳だったアリ・アップ(vo)の奔放ぶりにメンバーが手を焼いていたことも、
映画の中で使っても問題ないと厳選されたと思しき発言群から伝わってくる。
けど生意気盛りで怖いもの知らずのアリがフロントに立っていたからこそ、
あの頃のSLITSは何もかも知ったこっちゃないリアル・パンクだった。
と同時に再編後の終盤で鑑賞できる生理現象に忠実なアリの屋外でのオチャメな“お下劣行為”は
歳を重ねても変わらない奔放ぶりがよく表れているからお見逃しなく。

★映画『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』
2017年|イギリス|86分|カラー|G|原題 HERE TO BE HEARD: THE STORY OF THE SLITS
監督・脚本・撮影・編集:ウィリアム・E・バッジリー
© Here To Be Heard Limited 2017
【公式サイト】 THESLITS-L7.COM
【『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』 twitter/facebook】 @theslitsmovie
12月15日(土)より、新宿シネマカリテにて〈3週間限定〉公開。
ほか全国順次公開。
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コメント
行川さん及び関係者の皆様、これでまた映画館でパンクを堪能する事が出来そうです。本当にありがとうございます。
Re: タイトルなし
余分三兄弟+さん、コメントありがとうございます。
これまたキング・レコードの担当者の方の熱意が大きいと思います。お楽しみに。
これまたキング・レコードの担当者の方の熱意が大きいと思います。お楽しみに。
情報を知った時から観たいと思ってましたが、恐怖の報酬を観た心斎橋シネマートで上映予定なのでありがたいです。
世界初の女性ロックバンドってなるとRUNNEWAYSもですがTHE SHUGGSはどうなる?とか "言い出しっぺは誰か?" な話になりますが(笑) 誰かのお膳立てや押し着せでなく完全に自分たちのDIY意志でやってのけた痛快さでやっぱりSLITSとTHE RAINCOATSが双璧でしょうかね。
わかりやすい刺激を求めて聴いていた頃はTHE POP GROUPの妹バンド的な紹介のされ方をみて八方破れなテンションを期待したら音スカスカで肩透かし食らった気分になりましたが、何度も何度も聴いていくうちに……。
アルバム『CUT』はデニス・ボヴェルのプロデュースワークでよく整理された音になっていたのもわかりますが、あれは聴くと豊かな気分になります。なんか根元的なとこから沸き上がってくる嬉しさで笑いが止まんなくなってくるので本当に "名盤" です。
女のほうが "パンクって何か" を生理的なとこで分かっちゃってるってゆうのか、ある意味でオトコにゃ絶対敵わないモノを感じちゃいますね。
『恐怖の報酬』初日に観ました。久しぶりに映画観て本気で震えました。凄かった。
ドライでモダンで無情のフリードキンタッチに加え、冷徹なまでに淡々とハイライト場面を処理していきます。
いちど抜け出たら決して振り返らない。
吊り橋渡りの息詰まる極限場面のあと、くぐり抜けたカタルシスを味わう間もなく映画はもう次の難関に行ってしまう。その点でも本当に情け容赦ありません。
出発前のトラック整備、樹を爆破する手段の黙々と丹念な描写。4人の過去の描き方のバサッとした手際よさ。フリードキンの体質でしょう。
上映後、お客さんによっては「編集が粗い」との感想も漏れ聞こえましたが、情緒的に説明過多な映画を見慣れた感覚にはそう捉えられる部分もあるな、とは思いました。徹底して無愛想な映画なので。
実はあれこそが、フリードキンの持ち味なのですが……。
とにかく、映画の神髄をみました。もう一回観ます。TANGERINE DREAMの劇伴もサントラ単体で聴くのと違う魔力的な響きがありました。
世界初の女性ロックバンドってなるとRUNNEWAYSもですがTHE SHUGGSはどうなる?とか "言い出しっぺは誰か?" な話になりますが(笑) 誰かのお膳立てや押し着せでなく完全に自分たちのDIY意志でやってのけた痛快さでやっぱりSLITSとTHE RAINCOATSが双璧でしょうかね。
わかりやすい刺激を求めて聴いていた頃はTHE POP GROUPの妹バンド的な紹介のされ方をみて八方破れなテンションを期待したら音スカスカで肩透かし食らった気分になりましたが、何度も何度も聴いていくうちに……。
アルバム『CUT』はデニス・ボヴェルのプロデュースワークでよく整理された音になっていたのもわかりますが、あれは聴くと豊かな気分になります。なんか根元的なとこから沸き上がってくる嬉しさで笑いが止まんなくなってくるので本当に "名盤" です。
女のほうが "パンクって何か" を生理的なとこで分かっちゃってるってゆうのか、ある意味でオトコにゃ絶対敵わないモノを感じちゃいますね。
『恐怖の報酬』初日に観ました。久しぶりに映画観て本気で震えました。凄かった。
ドライでモダンで無情のフリードキンタッチに加え、冷徹なまでに淡々とハイライト場面を処理していきます。
いちど抜け出たら決して振り返らない。
吊り橋渡りの息詰まる極限場面のあと、くぐり抜けたカタルシスを味わう間もなく映画はもう次の難関に行ってしまう。その点でも本当に情け容赦ありません。
出発前のトラック整備、樹を爆破する手段の黙々と丹念な描写。4人の過去の描き方のバサッとした手際よさ。フリードキンの体質でしょう。
上映後、お客さんによっては「編集が粗い」との感想も漏れ聞こえましたが、情緒的に説明過多な映画を見慣れた感覚にはそう捉えられる部分もあるな、とは思いました。徹底して無愛想な映画なので。
実はあれこそが、フリードキンの持ち味なのですが……。
とにかく、映画の神髄をみました。もう一回観ます。TANGERINE DREAMの劇伴もサントラ単体で聴くのと違う魔力的な響きがありました。
Re: タイトルなし
Re: タイトルなし
Nuggetsさん、コメントありがとうございます。
恐怖の報酬からスリッツというのも粋な流れですね。
RUNAWAYSはバンドの成り立ちがSEX PISTOLSのようにマネージャー(実質プロデューサー)の力も大きかったわけですが、女性だけのロックンロール・バンドの下地がほとんどない時代にああいうことを始めた点をはじめとして、過小評価されていますね。SEX PISTOLSと同時代に始まっていて、代表曲の「Cherry Bomb」がSEX PISTOLSの「Black Leather」の先を行っていたとか、やはり女性のみで初めてパンク・ロックをやったバンドと言っても過言ではないです。ジョーン・ジェットは筋を通し続けていて、L7やBIKINI KILLにもつながっているわけです。
SLITSはファースト・アルバムを同じプロデューサーが手がけたというのもあってTHE POP GROUPの妹バンド的な紹介も『Cut』が出た時点ではあったと思いますが、彼らより結成は早かったわけで、バンドの成り立ちとしてはそれこそSEX PISTOLSとCLASHの妹や従妹や両者の間の子どもみたいな感じです。
『Cut』だけだとTHE POP GROUPの『Y』と同じく、デニスのプロデュースの“作品”でポスト・パンクの音ですが、80年代に入ってから『Cut』以前の音源が断続的にリリースされてもともとSLITSがパンク・ロックだったことが明らかにされた時のような気持ちになる映画です。SLITSのメンバーが『Cut』みたいな仕上がりを本当に望んでいたのかはわかりません。が、JOY DIVISIONのメンバーがオリジナル・アルバム2作をどちらも思っていたのとは違う仕上がりにプロデューサーがしてしまったと否定的なコメントを寄せていているのと、同じような気持ちになるアルバムが僕にとっては『Cut』です。僕からすると、バンドのある一面をクローズアップしていても、プロデューサーの色が強すぎる感じです。
でも複雑な感情をいだくアルバムで
> 聴くと豊かな気分になります。なんか根元的なとこから沸き上がってくる嬉しさで笑いが止まんなくなってくるので本当に "名盤" です。
SLITSは殺伐とした気分でもともとやっていたわけではないでしょうし、ポップなところがよく引き出されていますね。
『恐怖の報酬』の臨場感たっぷりの映画館体験記、興奮が伝わってきます。
> ドライでモダンで無情~冷徹なまでに淡々と~情け容赦ありません。
> 出発前のトラック整備、樹を爆破する手段の黙々と丹念な描写。4人の過去の描き方のバサッとした手際よさ。フリードキンの体質でしょう。
まさに!ですね。
>情緒的に説明過多な映画
がホント多すぎます、特に最近。切るところはバッサリ切らないとぬるくなります。ハードなテーマなのに甘ったれたことやっていて残念な仕上がりになっている映画が最近多いです・・・・それは最近の音楽にも言えます。覚悟を決めてない表現は底意地や計算が見えてきてしまいます。
「徹底して無愛想」なのがカッコいいですね。
Nuggetsさん、コメントありがとうございます。
恐怖の報酬からスリッツというのも粋な流れですね。
RUNAWAYSはバンドの成り立ちがSEX PISTOLSのようにマネージャー(実質プロデューサー)の力も大きかったわけですが、女性だけのロックンロール・バンドの下地がほとんどない時代にああいうことを始めた点をはじめとして、過小評価されていますね。SEX PISTOLSと同時代に始まっていて、代表曲の「Cherry Bomb」がSEX PISTOLSの「Black Leather」の先を行っていたとか、やはり女性のみで初めてパンク・ロックをやったバンドと言っても過言ではないです。ジョーン・ジェットは筋を通し続けていて、L7やBIKINI KILLにもつながっているわけです。
SLITSはファースト・アルバムを同じプロデューサーが手がけたというのもあってTHE POP GROUPの妹バンド的な紹介も『Cut』が出た時点ではあったと思いますが、彼らより結成は早かったわけで、バンドの成り立ちとしてはそれこそSEX PISTOLSとCLASHの妹や従妹や両者の間の子どもみたいな感じです。
『Cut』だけだとTHE POP GROUPの『Y』と同じく、デニスのプロデュースの“作品”でポスト・パンクの音ですが、80年代に入ってから『Cut』以前の音源が断続的にリリースされてもともとSLITSがパンク・ロックだったことが明らかにされた時のような気持ちになる映画です。SLITSのメンバーが『Cut』みたいな仕上がりを本当に望んでいたのかはわかりません。が、JOY DIVISIONのメンバーがオリジナル・アルバム2作をどちらも思っていたのとは違う仕上がりにプロデューサーがしてしまったと否定的なコメントを寄せていているのと、同じような気持ちになるアルバムが僕にとっては『Cut』です。僕からすると、バンドのある一面をクローズアップしていても、プロデューサーの色が強すぎる感じです。
でも複雑な感情をいだくアルバムで
> 聴くと豊かな気分になります。なんか根元的なとこから沸き上がってくる嬉しさで笑いが止まんなくなってくるので本当に "名盤" です。
SLITSは殺伐とした気分でもともとやっていたわけではないでしょうし、ポップなところがよく引き出されていますね。
『恐怖の報酬』の臨場感たっぷりの映画館体験記、興奮が伝わってきます。
> ドライでモダンで無情~冷徹なまでに淡々と~情け容赦ありません。
> 出発前のトラック整備、樹を爆破する手段の黙々と丹念な描写。4人の過去の描き方のバサッとした手際よさ。フリードキンの体質でしょう。
まさに!ですね。
>情緒的に説明過多な映画
がホント多すぎます、特に最近。切るところはバッサリ切らないとぬるくなります。ハードなテーマなのに甘ったれたことやっていて残念な仕上がりになっている映画が最近多いです・・・・それは最近の音楽にも言えます。覚悟を決めてない表現は底意地や計算が見えてきてしまいます。
「徹底して無愛想」なのがカッコいいですね。
日本で上映して下さった担当者の方と行川さん、ありがとう御座いました。
アリへの追悼の意が感じられ、観た後少し悲しい気持ちになりました。
パンクファンとしてはテッサポリットのパンクの始まりから終焉までの歴史的価値のある資料が見れて良かったです。
パンクファンとしてはテッサポリットのパンクの始まりから終焉までの歴史的価値のある資料が見れて良かったです。
Re: 日本で上映して下さった担当者の方と行川さん、ありがとう御座いました。
余分三兄弟+さん、ありがとうございます。
観ていただいて僕もうれしいです。
余分三兄弟+さんのコメントからも愛が滲み出ていますね。
観ていただいて僕もうれしいです。
余分三兄弟+さんのコメントからも愛が滲み出ていますね。
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