なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実』

HM1-メイン


60年代初頭に端を発して75年まで続いたベトナム戦争のドキュメンタリー映画。
原題は『Hearts and Minds』である。

72年から2年間かけて制作し、
ベトナム戦争終結4ヶ月ほど前の74年12月にアメリカで特別上映されたが、
アメリカ政府の制作補佐官が上映差し止め要求を裁判所に提出。
だが最高裁が上映を認めて75年1月に一般公開され、
第47回アカデミー賞最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞する。
日本では、75年9月にNET(現・テレビ朝日)が放映し、
87年にVHSでビデオ化されたらしいが、
劇場公開はこれが初めてとのことだ。

アメリカのテレビ局でドキュメンタリー番組を制作してきたピーター・デイヴィスが監督し、
『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』(70年)のカメラマンのリチャード・ピアースが撮影、
『カッコーの巣の上で』(75年)も手がけたリンジー・クリングマンらが編集、
『イージー・ライダー』(69年)などの制作総指揮を執ったバート・シュナイダーがプロデュース。
本作の日本の関係者の方が語った
「普通に興行映画を撮っている人達が映画という手段で戦争を終わらせようと思ったところにも個人的に感動」
という言葉にぼくは完全に同意する。

HM4_convert_20100324162145.jpg

いわゆる政治的なドキュメンタリー映画は多少の予備知識を要するものもあるが、
『ハーツ・アンド・マインズ』は敷居が低い。
様々な要因と思惑が複雑に絡まった勃発に至るまでの経緯から始まり、
ベトナム戦争の背景もポイントを押さえて綴る。
わかりやすく、それでいて深い。

単なるアメリカ糾弾とは一線を画して示唆に富む濃密かつ重厚な112分である。
全体を通して見れば制作者の厭戦の思いは明らかだが、
ストレートな反戦プロパガンダ映画ではない。
見るたびに考えさせられそうだし、
リアリズムに貫かれた映画にもかかわらず善悪の彼岸に持っていかれる。

勃発前のものも含めて様々なニュース・フィルムや戦場の生映像も随時たっぷりと織り込みながら、
ベトナムのふつうの人と政治犯、
アメリカを中心にした各国の政治家、
アメリカ兵とその家族などの、
様々な立場の人間の談話や証言で様々な思いを伝えていく作りである。
BGMによる情緒的な脚色を拒絶するナマの音とナマの映像力で、
ある時は冷厳に、またある時は感情的に。
その構成が実に絶妙だ。

むろん全体の大きな流れはしっかりと考慮されている。
ただしそれぞれの言い分を交互に並べるというよりは、
ある意味で奇襲のように発言が放り込まれ、
意表を突く展開で事実映像も飛び出す。
単純明快に割り切れない膨大な“事実”を映画化するのにはベストの手法だし、
現場ではいつ何が起こるかわからなかったベトナム戦争のカオスを表しているかのようであり、
悲嘆と名誉が渦巻くベトナムとアメリカの百人百様の命の地獄をリアルに提示する。
見る者すべてにベトナム戦争の硝煙と死臭をすりこむ戦場の事実映像で徹底的に疑問を投げかける。

HM5_convert_20100324162044.jpg

当時の政治的な状況の基本的なところを簡潔に説明しているが、
冷戦下ならではの“資本主義/自由主義 vs 共産主義”みたいな図式が挙げられる。
当時実質的に全体主義国家だったソヴィエト連邦(ソ連)や中華人民共和国(中国)をはじめとして、
共産主義に対する脅威が執拗に描かれる。
共産主義は今風に言うのならば格差社会の“堕とし子”のようなものでもあるが、
いわゆるドミノ理論に頭の中が支配されたあの時代のアメリカは今以上に共産主義アレルギーが強かった。

それはアメリカの国是とも言える理念の一つの“自由”と相容れないと考えられているからだ。

ジョージ・W・ブッシュをはじめとして、
ヴォキャブラリーの足りないアメリカ大統領は大義名分として“自由”をセールス・ポイントに“営業”してきた。
個人の欲望を拘束するイメージもある共産主義に抗する時代のアメリカを描くためか、
この映画の中でも“自由”が商売道具である。
“自由”の名の下には何をファックしても許されるのが当時のアメリカだったし、
政治家だけではなく一般の人の間でもそういう考え方が根深いのも今のアメリカだ。

だが自由はデリケイトである
オバマ大統領が“奇策”による僅差で通した最近の医療保険法案に対する反対意見もそうだが、
アメリカ合衆国全体での“自由”の解釈は弱肉強食の下での“自由”という色合いが濃い。
怠け者も勤勉者も同じ自由はあり得ないが、
あまりにアバウトだとエゴが強い人間がエゴの弱い人間を支配する。

HM3-サブ2

ベトナム建国の父とも言われベトナム戦争中に病死した柔和な国家の顔のホー・チ・ミンが、
生前アメリカに裏切られたと解釈できる話も織り込まれる。

ベトナム戦争が容赦ないものになった一因として、
当時のアメリカのアジア蔑視を挙げている点も実に興味深い。
政治家しかり、その“思想”を刷り込まれた兵士しかり、見下す発言がガンガン飛び出す。
過去のいくつかの映画のシーンを織り込んだセンスにも鋭い批評性に満ちており、
80年代の米国大統領が主演の『ロナルド・レーガンの陸軍中尉』を引用しているのは、
本作の“先見の明”を感じずにはいられない。
淡い色合いの映像で映し出されるベトナムはのどかな田園やジャングルで、
そのベトナムの人たちの大半は裕福には見えず痩せ細っているためか、
発言以前に見た目でも絶対的強者が絶対的弱者を押しつぶしているイメージがより強い。

政治家は言わずもがなだが、
ベトナムの一般民衆も一枚板ではないこともさりげなく押さえられている。
ベトナム戦争は内戦が肥大変質化したものでもあるから、
アメリカの弾でもベトナムの弾でも同じと、あきらめ顔の住民も。
敵も味方もへったくれもない、それが戦争だ。
そして間違いなくベトナムの人は全面的に被害者だ。

姉が殺された老姉妹。
子供用の棺を作る仕事の男性。
飛行機からのガスの噴霧で娘を毒殺された男性は、
「着る娘はもういないから服を大統領に持っていけ!」と映画のスタッフに怒りをぶちまける。
九死に一生を得て義足を試すベトナムの人も映し出す。
ベトナムの人々の目には、
たとえ映画のスタッフがベトナム戦争反対の立場で悲劇を伝える側の人間だとしても、
同じ“アメリカ人”が撮影して悲劇を商売にされることへ複雑な感情も見え隠れする。

ゲリラと思しき少年の頭をいとも簡単に市街地の中で撃ち抜く“処刑”や、
ナパーム弾の攻勢の中から走り逃げてくる女の子など、
ベトナム戦争の有名なシーンも含まれている。
性的な辱めも含む捕虜の虐待シーンではアメリカ兵から足蹴にもされる。

HM2-繧オ繝・_convert_20100324161829

そのアメリカ兵も一枚岩ではない。
戦闘意識のルーツを掘り下げるべく、
大昔から戦士(warrior)であることが尊ばれてきた合衆国以前のアメリカの伝統にも言及しつつ、
現地の兵士、帰還兵士、脱走兵が登場する。

爆撃機に乗ったアメリカの兵士には、
ゲームをする子供みたいな無邪気な感覚と黙々と仕事を遂行する大人のプロフェッショナリズムが同居。
機上からの撮影も盛り込んで爆撃機からは遠くて血が見えないことも示すが、
爆撃シーンを観ているとこれはやっぱり自分の心を殺さなければできない。
「自分の子供がベトナムの人の立場だったら?」と質問されて言葉に詰まったりもしている。
最前線で戦闘中のアメリカ兵も直撃取材して死と隣り合わせの現実も叩きつける。
かと思えば仲間と一緒にベトナムの女性を相手にしたセックスを楽しむ“潜入レポート”も生々しい。

アメリカ兵の息子の戦死は犬死ではなく“自由”のための名誉ある死と誇りに思う親もいる。
生き延びて帰国した元兵士は車椅子に乗っても愛国心は消えない葛藤を抱える。
ベトナム戦争への抗議に対して、
脚を失ってまでもお国のために戦ったのになぜ俺らが中指を立てられてしまう非難されるんだ?という、
アメリカ帰還兵の声も聞こえてくる。

色々と“逃れる手段”も用意されていたが、
今と違って当時のアメリカが徴兵制だったことも忘れてはならない。


アメリカが“強姦”したという意味で、
ベトナム戦争は“9.11”以降のイラクやアフガニスタンとも比較はできる。
クルド人の虐殺をはじめとして強権をほしいままにしたサダム・フセイン体制の前者。
女性の仕事も教育も禁じて世俗的娯楽厳禁の極端なイスラム原理主義が支配したタリバーン体制の後者。
どちらも“パンドラの箱”を破壊して混乱を招いたと同時に解放された人も少なくはなかった。
だがベトナム戦争はどうか。

まさにDISCHARGEが問いかけた『Why』の地獄絵図ではないか。

映画のタイトルは、
ベトナム戦争の前期にあたる63~69年のアメリカ大統領だったリンドン・ジョンソンによる
「(ベトナムでの)最終的な勝利は、
実際に向こうで暮らしているベトナム人のhears and mindsにかかっているだろう」
という言葉から引用されている。
自分でコントロールできない感情的な心(hearts)。
自分でコントロールできる精神に近い心(minds)。
当時のベトナムの人だけではなく当時のアメリカの人に対して、
いやこれは普遍的なレベルで言えるだと思う。

メインビジュアル

★映画『ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実』
公開情報は以下のとおり。

“ベトナム戦争勃発から50年
映画で見る戦争(ベトナム)の真実“
『ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実』
『ウィンター・ソルジャー/ベトナム帰還兵の告白』
6月19日(土)より、東京都写真美術館ホールにて同時公開 
公式HP www.eigademiru.com


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://hardasarock.blog54.fc2.com/tb.php/210-9851b2ec

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (9)
HEAVY ROCK (241)
JOB/WORK (294)
映画 (262)
PUNK ROCK/HARDCORE (0)
METAL (43)
METAL/HARDCORE (48)
PUNK/HARDCORE (420)
EXTREME METAL (129)
UNDERGROUND? (99)
ALTERNATIVE ROCK/NEW WAVE (124)
FEMALE SINGER (43)
POPULAR MUSIC (27)
ROCK (83)
本 (9)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

FC2Ad

Template by たけやん