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パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

Mark Stewart + MAFFIA『Learning To Cope With Cowardice』

Mark Stewart _ MAFFIA『Learning To Cope With Cowardice』


The POP GROUPの(一時)解散後にそのフロントマンのマーク・スチュワート(vo)が
1983年にリリースしたファーストの新装リイシュー盤。
プロデュースとミックスはマークとエイドリアン・シャーウッドだ。

“信者”とは言わないまでも
自分にとってマーク・スチュワートが今もトップ・プライオリティであることに変わりはないし、
The POP GROUPの
「We Are All Prostitutes」『For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?』と並び、
自分の人生を決定づけた最重要作品でもある。
オリジナルLPから数えてもう数種類持っているアルバムだから今回は見送ろうかと思った。
音質もボーナス・トラックも含めて、
日本のビート・レコードが2004年に発売した計13曲入りのリイシュー盤(BRC-110)が
CDの決定版と思っていた。
でも無視できない音源に惹かれてまた買ってしまった。

バック・バンドだったMAFFIAとの名義ながら実質的なファースト・ソロ・アルバムだ。
今回は以前のリイシュー盤に入っていたボーナス・トラックは無しだが、
リマスタリングされた音の2枚組で、
『The Lost Tapes』と題されたディスク2には
アルバム本編と同時期の録音と思しき未発表音源が10曲入っている。


約41分8曲入りの本編は
音圧に頼らず丁寧に仕上げられたデリケイトなリマスタリングだ。
派手さがない分どっしりと地に足の着いたサウンドだし、
続けて聴いても疲れないLPに近い質感で引き締まった音の仕上がりである。

レゲエ/ダブ・スタイルだが、
レゲエ・ファンの方にはレゲエに聴こえないのではないか。
やっぱりロックなのだ。
マーク・スチュワート関連作の中で最もゆったりした時間の流れにもかかわらず、
マークのソロ作の中で最も深刻な空気感に包まれ、
音だけでなくヴォーカルも何もかも重い。
だが研ぎ澄まされた意識で閉塞感を突き抜けるサウンドに今も打ちのめされるばかりだ。
SEX PISTOLSが曲名をパクった国歌「God Save The Queen」とは別の“裏英国国家”ともされ、
Emerson, Lake & Palmerやブルース・ディッキンソン(IRON MAIDEN)もやった、
英国ロマン派アーティストのウィリアム・ブレイクの詩を歌う「Jerusalem」に集約される。


約46分10曲入りのディスク2は、
制作途中の曲の断片みたいなトラックや未発表曲を含みつつ
アルバム本編の曲の別ヴァージョンが大半を占める。
とはいえイージーなリミックスものとは次元が違う。
「None Dare Call It Conspiracy」のイケイケ・ヴァージョン、
「Jerusalem」の“プロト・タイプ”ヴァージョン、
「Liberty City」のアグレッシヴ・ジャジーなヴァージョンなど、
聴き応えありありの音源ばかりだ。
SLITSのメンバーを含むプロジェクトNEW AGE STEPPERSの1981年のファーストにおいて
「Crazy Dreams And High Ideals」というタイトルで最初に発表した、
マークの“ソロ・デビュー曲”の別ヴァージョンも収録。
もちろん音質も全曲本編と変わらぬクオリティで一つ一つの音のかたちが見えてくる作りである。


印象に残る曲作りも今回再認識した。
それこそ全曲ギター一本で弾き語れるといっても過言ではない。

僕が買った↓のカタログ・ナンバーのCDにはオリジナルLPと同様に歌詞が付いてないが、
昔の日本盤LPのインサートや以前発売されたリイシュー盤のブックレットによれば、
歌詞は告発というよりおのれの足元を見つめ直しておのれの意思をあらためて奮い立たせる内容。
アルバムの音と共振して吐き出すというより内省的でエネルギーをチャージしている“歌”だ。
“臆病さ/気弱さ/卑怯さに立ち向かって対処することを学び身につける”という感じの
アルバム・タイトルに集約されている。
といった具合に金言が連なる歌詞も確かに大切なアルバムではある。
でも張りつめた無限の空間の中から立ち現れる声と音に宿った強靭な意志に覚醒されっぱなしだ。


音楽誌に“入荷予定”の広告が載ってからあちこちの輸入盤屋に何度も電話し、
一刻も早く聴きたかったから最初に入荷した新宿のお店で買い、
初めて耳を傾けた時に総毛立ち姿勢が正された二十歳の頃を思い出す。

また朝から晩まで繰り返し聴いている。
おのれを引き締め直すべく全身に浴び続けると武者震いがしてくる。


★Mark Stewart + MAFFIA『Learning To Cope With Cowardice』(MUTE CDMSATM1)2CD
ジャバラ状に折りたたまれた16面のジャケットで、
マーク・スチュワートの1982年のソロ・デビューEP『Jerusalem』のアートワークも反映され、
CD盤面も含めて前述のビート・レコードの再発盤に近いデザインだ。
僕が買ったCDは曲を読み取る盤の裏面が黒色になっている。


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コメント

The Pop Groupおよびマーク・スチュワートはポスト・パンク周辺を意識的に漁るようになればいずれ通る道ですので、僕も例外なく突き当たりました。
ただ音源の入手が一番難しい時期で、地方では『Y』『ハウ・マッチ・ロンガー』のアナログ盤などまずお目にかかることなく、盤起こしのブート盤と80年代にCD化された粗末な廃盤CDでそれぞれ初リスニングでしたが、だからこそなのかその解像度の低い音像から受けた印象がリマスターで初めて接するよりもよかった気もします。モコモコした音像の彼方に脈打つエナジーは感じ取れたので。
96年には『Y』がようやくオフィシャル化されたものの冒頭にシングルの「彼女は善悪を超えている」をぶっ込むという噴飯モノのリイシューでしたが、あれでも初体験リスナーにはインパクト十分だったかもしれないですね。
Pop Group、マークのソロ緒作を聴くときに「戦場的」「ポリティカル」と言うのは易いですが、僕は絶えず「都会的」と感じます。
それは決して "洗練された" とかいった腑抜けた意味合いじゃなく、つまらなそうな顔で雑踏を行き交う人々の間を高速でかき分けて、さらにその上にある配管やケーブルが剥き出しの汚れたゾーンにまでエナジーが突き抜けていくような途方もない "噴出" です。
その怒りのエナジーが日々うわべを取り繕って生きるしかない都市生活者の陰湿さを切り裂いていくような。
産業廃棄物処理者というか、人間らしさとか二の次にされる現場に従事する者に支えられて回る社会をやるせなく俯瞰しつつ。
音楽性は違いますがフリクションとの距離がそう遠くないような重金属のメタリックな質感も感じます。
2000年代に出版された書籍『激重音楽』で、より激烈さを増したソロ2作目を選盤した湯浅学さんが「声に血が混じっている歌というものがある。~~そしてマーク・スチュワートである」と書いてましたが、まさにそういう声なんですね。
声そのものが太いので、いわゆる歌唱的にシンガロングしても相当に "うまい" のではないかとも思うのですが、この先もありえない話でしょうね(笑)

Re: タイトルなし

Nuggetsさん、コメントありがとうございます。
The POP GROUPは全アルバムが、ちょい遅れぐらいでメジャーのレコード会社から日本盤が出たのをリアル・タイムで買って、今の僕に至る感じです。レコード店に置いてなくて注文した記憶も。以降のマーク・スチュワートやメンバーのことも含めて一冊の本が書けるぐらい言いたいことだらけです。思い入れハンパないです。
長らく再発されませでしたものね・・・日本だけでなく海外でも。特に『Y』は。再発『Y』は、ゲートホールドの中身が見たくてまたLPを買いましたが、笑っちゃうほどジャケットの印刷が悲惨で音もイマイチになっていました。
別格のセカンドは数種類LPもCDも持っていますが、ものすごく気に入った方はちょっと値段が高くても日本盤でも、再発盤でなく<当時発売された>LPで聴いていただきたいです。CDは別物と思った方がいいですね。特にリマスタリングものは。
マーク・スチュワートのファースト・ソロ・アルバムは、モチーフは別にして歌詞自体はそれほどいわゆるポリティカルではないです。戦場的ではありますが、確かに都会的なニュアンスも。今のシリアでも第二次世界大戦の空襲後の各都市を歩いているような感じです。
> つまらなそうな顔で雑踏を行き交う人々の間を高速でかき分けて、さらにその上にある配管やケーブルが剥き出しの汚れたゾーンにまでエナジーが突き抜けていくような途方もない "噴出" です。
上手い表現ですね。
> 「声に血が混じっている歌というものがある。~~そしてマーク・スチュワートである」
嫉妬する表現です・・・このアルバムもまさにですね。
以降のソロ・アルバムではもっと歌っている曲もけっこうありますし、マークはけっこう上手い歌い手でしょう。オーティス・レディングを引き合いに出した文章が昔ありましたが、R&Bをパンク解釈したような歌唱というか。もちろん意識的にああいう歌い方をしているにしろ、ああいうふうにしか歌えない。芝居がかったというのとは一線を画し、やっぱりナマなんですね。それは40年前から変わってない人です。

返信ありがとうございます。
『Y』は著作権フリーにしたのが権利関係を複雑にしたのか、94年にセカンド『ハウ~』が再発された時も依然リイシューの見通しが立たないままでやっぱりアナログ盤入手するしかないなと血眼で探して、あきらめかけてた時にようやく再発。けど過剰デジベル上げで高音キンキンの音像が今思うと当時のCDリマスター特有の音圧競争だったでしょうか。
CD再発されてアナログ盤も再プレスされたのは今まで何だったんだって感じでしたが、すると今度は『ハウ~』がまた廃盤で入手困難になるという、どないなっとんねん状態で。
『Y』の再プレス盤は内ジャケがそんな杜撰な状態だったんですね、知らなかったです。日本プレスならもっと丁寧な仕事したと思いますが。
今では両作とも紙ジャケCD化もされレコード店に行けばちゃんとポップ・グループのコーナーもある状況なので隔世感あります。
『Y』『ハウ~』は音像がだいぶ違って、エイドリアン・シャーウッドとタッグのソロ以降も『ハウ~』の音像を引き継いだ質感なのでやはり『Y』はリヴァーブ成分多めでデニス・ボヴェルの色が強く出ていたレコードなんだなと。
レコード作りのノウハウなしでスタジオ入りしたでしょうからプロデューサー色に染まったのも仕方なかったか、メンバーたちの望んだ仕上がりだったのかわからないですが。
マークのソロと比較してやっぱりバンドサウンドっていうか、音の軋みがありますね。とくにセカンドのダン・カトシスとブルース・スミスのリズム隊の暴れっぷりはやっぱりバンドサウンドのスリル。ピークレベルの針が完全に振り切れる様相です。スチュワート&マフィアもバンドサウンドの体温ありますが。
『シチズン・ゾンビ』など近作に関しては行川さんはどういう感想をお持ちでしょうか?僕なんかはブレてないなと思う反面、摩擦が足りないなとも思うんですが、わだかまりを精算して来日公演のついでにサイン会にも応じる現在のメンバーたちにそれを求めても酷な気はしますが。
同じことが今のP.I.Lにも言えるかもしれないですが、そういやブルース・スミスはどっちにも在籍してますね。つまりジョン・ライドン、マーク・スチュワートのポスト・パンク二大偉人(と僕が勝手に呼んでいる)と渡り合ってThe Slitsでも叩いたわけでフットワーク軽いですね。信頼されてる人なんでしょうか。
ジョンとマークは変節しないスタンスのブレなさ、インタビューでも相手にほとんど喋らせない饒舌さとか共通項が多いと思うんですが、一度互いの人物観も聞いてみたいと思います。……もしあればですが。
マークのソロのことも語りたいですがあまりに長くなるので別の機会があればということにします。
また長文になりましたが、言いたいことが溢れてしまって。遠慮はいらないところとは思いますけどよろしくお願いします。

Re: タイトルなし

Nuggetsさん、コメントありがとうございます。
『Y』の最初の再発LPは表ジャケット自体の写真がボケ気味で、音も再発LPで今もよくあるdeadな響きになってしまっていました。よくよく考えてみたらこのCDは持ってないんですね・・・・いつか買うでしょうけど。最初LP買った時、わけわからなくて、でも高校生で経済的にそんなに買えない頃は買ったレコードは何度も聴く感じでしたから、そのうちわけわからないところにハマっていきました。ただ、ロックっぽくない音作りをバンドも志向してデニスに頼んだとのことですが、SLITSのファーストと同じく僕はオーヴァープロデュースだと今も思っています。
『ハウ~』はAMON DUUL Ⅱのベーシストだった人が録っているところもポイントかなと。破壊的にストレートで大好きです。ただ『Y』は以降のマークのアルバムの解体志向のルーツの作りではありますね。肉体性には欠けますが。
『シチズン・ゾンビ』は、そのとおりですね。ブレてないけど摩擦はない・・それは79年後半~80年初頭に彼らがそのエクストリームなピークに達してしまって、あれ以上は無理かなと、僕はひいきめに見てしまっていますね。
P.I.Lはバンドが解体した直後の初来日公演の頃から開き直っていますね。というかジョン・ライドン自身がエンタテイナーに徹するようになって。SEX PISTOLSの再編も、最初の時は僕もNGでしたが、2度目の頃は開き直りが素直になって好感を抱くようになりました。
ブルース・スミスは、いい意味で脳天気なドラマーってイメージになっています。The POP GROUPの来日公演でのヴィジュアルにも表れていて、頭デッカチでないからこそあのハジケたドラミングなのかなと。
ジョンとマークの対談、面白そうですね。

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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

https://twitter.com/VISIONoDISORDER
https://www.facebook.com/namekawa.kazuhiko
                                

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