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パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『シリアにて』

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“内戦”が続く中東シリアのアパートの中で起こった24時間の出来事を描く“密室劇”。
ベルギー・フランス・レバノンによる2017年製作の劇映画で、
一般市民の女性視点で“現実”を描いた深く静かなる傑作だ。


舞台はシリアの首都ダマスカス。
戦地に赴いた夫の留守を預かる三児の母のオームは
自らが住むアパートの一室をシェルターにし、
家族に加えて赤ん坊を持つ隣人のハリマ夫婦らを市街戦の脅威から守っている。
戦闘地域ゆえに一歩外に出ればスナイパー(狙撃手)に狙われ、
爆撃が建物を振動させ、
強盗が押し入ろうとする。

ある日、ダマスカスに比較的近いレバノンへの脱出ルートを隣人のハリマの夫がを見つけ、
今夜こそ逃げようと妻ハリマに計画を話していた。
脱出する手続きをするために夫はアパートを出て行くが、
外に出た途端、スナイパーに撃たれ、駐車場の端で倒れてしまう。
アパートは女主人オームの義父を除けば“女子供”だけになって戸締りを厳重にする。

シリアにて/サブ1_R

以上はオフィシャル・サイトに載っているストーリーをアレンジしたものだが、
これはほんの序盤である。

親子二代で“独裁”を続けるアサド政権と反体制派との戦いやロシアの介入など、
どういう状況に置かれているかという最低限の説明が会話の中に出てくる。
ただしこの映画は実のところほとんどがアパートの室内での撮影だから、
内戦などで治安が崩壊して実質的に無法地帯となった他の地域に置き換えることも可能だ。

シリアのドキュメンタリー映画『娘は戦場で生まれた』のように爆撃などのシーンはほとんどなく、
ギリギリの状況下の人間心理を丁寧に描いた“リアル・ハードコア”な映画である。

シリアにて/メイン_R

追い詰められた一般市民の密室ストーリーとして古今東西の普遍的な視点で観られる。
シリアだけではなく世界中の紛争地で起こり続けているシチュエーションだからでもあるが、
政治がテーマではないからだ。
24時間ずっと死と隣り合わせである一般市民たちの意識の流れが肝である。

ませていてオチャメな姉妹も含めて俳優陣もみんな熱演だ。
この映画の中で最も壮絶な体験をする隣人ハリマ役のディアマンド・アブ・アブードは、
まるで自分自身が産んだ赤ん坊を守るためには死もいとわないような鬼気迫る演技だ。
ヴァイオレントな“ハイライト”のシーンでは、
生々しいカメラ・ワークと編集で彼女の決死の表情に息を呑む。

何よりみんなを守るべく奮闘する女主人オーム役のヒアム・アッバスの演技に痺れる。
見るからにハードな人生を送って生き延びてきたことが伝わってくる存在感、
凛然とした佇まい、彫りの深い顔に目が覚める。
ジム・ジャームッシュ監督の『リミッツ・オブ・コントロール』(2009年)にも出ているが、
中東が舞台の密室劇という点で共通する『ガザの美容室』(2015年)を思い起こす。

シリアにて/サブ3_R

密室劇といっても『シリアにて』は24時間ほぼ緊迫していて、
常に死を覚悟しなければならない状況だ。
近場の爆発や爆撃の地響きで一日に何度もアパートの建物が大きく揺れ、
陽気な子どもたちも恐怖におびえる。

たった一日の間でこれだけ色々なことが起きてこういうことが毎日続くのはまさにこの世の地獄だが、
否が応でも精神がタフに鍛えられて神経が鋭く研ぎ澄まされて野生の感覚で生きるようにもなる。
だからこそ“生”の尊さを知っている。
“反戦”や“反体制”とかの類の言葉が生ぬるく聞こえる冷厳な現実に毎日直面している人々は、
生き延びるために徹底したリアリズムで動く。
観ていて覚醒されるほどに。

様々な人間模様が見て取れる映画で、
アパートといっても日本のイメージとは異なり、
わりと広くて台所などを含めれば部屋がいくつかあって10人前後が暮らしている。

シリアにて/サブ2_R

女主人オームは、
雇っているメイドや隣人たちも含めて一種の“大家族”として生活し、
その“家族”の人たちを可能な限り大勢が生き残るために非情の手段もとる。
“理想”を目指すための現実的な方法を冷静な判断の下で決行するバランス感覚と、
結果的にだろうが“生贄”になった人をクールに手厚くいたわってフォローする愛。
武器を持たない女性の強さ・・・と書けば陳腐すぎるが、
この女主人みたいな人があちこちの国家のリーダーになると世界が動くと確信もした。


現場の匂いがスクリーンから漂ってきそうなほど“生硬”な映像色が、
終始映画を覆う息が詰まるほどの閉塞感に一役買っている。
近場か遠くかわからないが断続的に聞こえてくる爆発音や銃声も
この映画ならでのリアルな“BGM”である。
だが時折シンプルなピアノなどが奏でる調べは悲壮であると同時に“光の音”にも聞こえる。

オープニングとエンディングに“昨日と今日が同じで何も変わらない日常”が示されはする。
でもこの映画最大の“悲劇”の後の終盤のやり取りと展開には、
和解も含む人間に対する強靭な希望も僕には見えてきた。

必見。

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★映画『シリアにて』
2017年/ベルギー・フランス・レバノン/86分/カラー/アラビア語/DCP
原題:Insyriated(英題/In Syria)
監督・脚本:フィリップ・ヴァン・レウ
撮影:ヴィルジニー・スルデー 編集:グラディス・ジュジュ 音楽:ジャン=リュック・ファシャン
出演:ヒアム・アッバス、ディアマンド・アブ・アブード、ジョリエット・ナウィス、
モーセン・アッバス、モスタファ・アルカール、アリッサル・カガデュ、ニナル・ハラビ、
ムハマッド・ジハド・セレイク
(c) Altitude100 – Liaison Cinématographique – Minds Meet – Né à Beyrouth Films
配給:ブロードウェイ
8月22日(土)より岩波ホールにてロードショー。ほか全国順次。
https://in-syria.net-broadway.com/


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)、
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)、
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)<以上リットーミュージック刊>、
『メタルとパンクの相関関係』(2020年~BURRN!の奥野高久編集部員との“共著”)<シンコーミュージック刊>
を発表。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

https://twitter.com/VISIONoDISORDER
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