なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『アンナと過ごした4日間』

レコードやCDでもライヴでも、始まってから数秒でヤられることがある。
マスターピースになる音楽は初めて体験した時にほんの一瞬で血液が逆流する。

同じようにたったの数秒でヤられる映画もある。

映画『アンナと過ごした4日間』を試写会で見た。
陰鬱な匂いが鼻から入ってきて全身が麻痺してしまった。
腰が抜けたかのように終わってからしばらくは席を立てなかった。
覚醒した。
戦慄すら覚えた。

映画を見て震えることなんて何年ぶりだろうか。

イエジー・スコリモフスキが故国ポーランドで17年ぶりに監督し、脚本と製作も手掛けた映画である。
最近は役者としても活躍している今年71歳の男性だが、
監督した映画だと日本では『早春』と『出発』ぐらいしか劇場公開されてないという。
いわゆる商業的ではないからなのか、ぼくは知らない。
ただこれだけは言い切れる。
『アンナと過ごした4日間』は真正の映像作家が極限まで神経を研ぎ澄まして作った映画だと。

サブ1low

館内のスクリーンに曇天の風景が浮かび上がってきた瞬間に息を呑んだ。
映像の無数の粒に何かが宿っているとしか思えない。
五感に触れるほど彫りの深い映像だけで圧倒する。
まるで写実主義の絵画みたいだ。
日本語と英語の字幕が同時表示されるのだが、セリフが少ない。
特に前半は。
でも寡黙だからこそ雄弁な映像がほとんどを語る。
沈鬱かもしれないが重厚な佇まいに、
映像そのものがもちえるちからを思い知らされる。


むろん脚本も秀逸である。
日本で怒った小さな事件がヒントになったらしいが、普遍的な話と言える。
原題は“FOUR NIGHTS WITH ANNA”。
でも“アンナと過ごした4夜”と和訳すると否応でもセックスを連想してしまう。
違うのだ、この映画は。

ポーランドの地方都市に住む中年男のレオン。
非嫡出子として生まれて祖母を介護しながら、病院の火葬場で働く日々を送っていた。
存在自体がまさにgloomyと言えるほど、究極なまでにくすんでいる。
そんなある日、趣味の釣りからの帰途に豪雨に襲われ、雨宿りのためにレオンは廃工場に。
瞬時にレオンの鼓膜をつんざいたのは、性別判別不能なほど声が変形した断末魔の絶叫。
まもなくレオンの目には強姦されているアンナの姿が。
アンナは自分が勤めている病院の看護師だった。
見ていられなかったレオンは警察に通報するが、
現場に釣り道具を残したレオンは容疑者として逮捕され、
取調べの後に釈放。

いつしかレオンは、
夜な夜な双眼鏡で、
自宅の前の宿舎に住むアンナの部屋を覗き見していた。
仕事と祖母を無くしてからは、
もはや失うものは何もないと思ったのか行動がエスカレート。
ちょっとのすきを狙って、
寝る前にアンナが飲むお茶の砂糖に睡眠薬を入れ、
夜中、部屋に侵入。
ほんの数時間だけ、
ささやかながら深い“愛の行為”を施す。
しかしレオンの至福の時は、
わずか4日間で終焉を迎える。
でもまだ“片想い”のたましいは彷徨いつづけていた。
メインlow

試写会の時にいただいたプレス資料の表紙は12個の“シンボル”で構成されている。
オルゴール、牛、猫、双眼鏡、蝿、斧、鳩時計、指輪、魚、アコーディオン、ヘリコプター、そして蜘蛛。
見る前は意味不明だった。
でも『アンナと過ごした4日間』を一度でも見たら、
これらのものがどの場面で強烈な存在感を放っていたかがすぐイメージできる。
登場人物が少ないだけに、
画面に映し出されるひとつひとつのアイテムがとてつもなく存在感を放っている。
すべてが、
何かを予言している。
何かを暗示している。
何かを象徴している

一見無関係に見える映像も突然挿入される。
ある意味カットアップ。
ある意味フラッシュバック。
これもまた空恐ろしい効果をあげている。

目の前で何かが起こっていると錯覚させる絶品の音響効果も特筆すべきである。
想像力に突き刺さるちょっとした物音。
セリフの意味性にも囚われぬ生々しい声の響き。
音がもたらす恐怖を再認識した。

音楽はシンプルな弦楽奏が、おくゆかしく、しかし強烈に磁場を作っている。
彼の地の民謡みたいな旋律も聞こえてきた。


グロテスクかつピュアな恋愛映画でもある。
社会性だの政治性だのを超えている。
ただスコリモフスキ監督の人生を調べると深読みもできる。
アウシュヴィッツを抱えるポーランドで第二次世界大戦中、
ユダヤ人の妻の一家を守るためレジスタンスに身を投じた父親がナチスに処刑され、
以降、政治的な状況ゆえに故国を離れざるを得ない時期もあったという。
だからこそ70歳になってあらためてポーランドを見つめ直したのか。
この映画のすべてはぼくのイメージするポーランドそのものだ。


緊張感に全身が締めつけられて窒息しそうになる。
けどレオンは行動が奇妙すぎてファニーですらある。
実際レオンは時々ずっこける。
あまりに真剣だからこそ滑稽にも映る。
ぼくにはそこが救いにも思える。


一回見たらもう一回見たくなる。
そしてまた見たくなる。
底無し沼の蟻地獄。
映画館で見ていつまでも尾を引き、
DVDを買いたくなるのはこういう映画である。
だが、あの閉塞的な空気感は映画館の空間で共有してこそ真髄が味わえる。

94分間、いっときたりとも目を離せない。



●映画『アンナと過ごした4日間』
10月より、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開。
公式HP www.anna4.com
(C)Alfama Films, Skopia Films




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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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