なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『ソフィアの夜明け』

ソフィア メイン

2009年のブルガリア映画。
甘えが許されず社会的責任を背負わざるを得ない状況ゆえにガキのままではいられず、
それでもなお青臭い理想との狭間で静かに苦闘する“大人”の青春映画と言いたい。
ゆっくりと想像力が刺激されていく。

本作が3つの賞を受賞した第22回東京国際映画祭の審査委員でもある
ポーランドのイエジー・スコリモフスキ(『アンナと過ごした4日間』他)や、
セルビアのエミール・クストリッツァ(『マラドーナ』他)
の映画にも通じる匂いがする。
東欧ならではのモヤモヤした空気感がたまらないのだ。
島国とは違う軋轢の歴史に翻弄され続けているがゆえに宿った、
息をひそめている混沌が呼吸をしようと顔を出している。
決して暗黒ではないが晴れわたり切らない空の下で育まれてしまった焦燥感に覆われている。

監督のカメン・カレフ(75年生まれ)の長編デビュー作であり、
主演のフリスト・フリストフ(69年生まれ)の俳優デビュー作でもある。
カメンが久々に出会った幼馴染みのフリストに触発されて脚本を書き、
フリストの人生を基に作品化した映画である。
ストーリーはいたってシンプル。
だが中身は濃い。

ソフィア1

イツォ(フリスト・フリストフ)はブルガリアの首都ソフィアで生きる38歳のアーティスト。
絵画では生活できずに木工技師をやってメシを食っている。
そんな日々のフラストレイションも溜まっているのかドラッグ(ヘロイン)中毒で治療を受けているが、
強いアルコールではないとはいえ朝からビールを飲むライフスタイルである。
ただし四六時中ラリっているベロンベロンのヤク中アル中ではなく自己コントロールしており、
ビールも目覚めのコーヒーみたいな感覚に見える。
苦境の中で静かに戦っている。
だが恋人にはつれない。
家族とも絶縁状態のようで家賃節約のために他の男性とルーム・シェアして暮らす。

イツォには17歳の弟がいる。
いわゆる不良ではなく、
親と揉めつつも門限を気にする“いい子”ならではのフラストレイションが溜まり、
“ガイジンは出て行け!”な不寛容集団の一員となる。
そんな折にトルコから二十代の女性が父母とブルガリアを車で訪れるが、
イツォの弟が属する集団につかまって父親が容赦なく暴行されて瀕死の状態に。
その現場に酔いどれ状態で出くわしたイツォが制止するも集団にヤられ、
警察のサイレンで事なきを得る。

重傷の父親の入院先で、
見舞いに行ったイツォとトルコの女性は言葉を交わす。
英語で慎重に言葉を選びながらだが、
それも逆にプラスに働いてお互いのひとつひとつの思いも濃く伝わったのだろう。
惹かれ合うのに時間はかからなかった。
携帯のメール・アドレスも交換し、
少しずつ自分をさらけ出していくイツォと聡明なトルコの女性との間にロマンスが芽生える。
彼女の父親は娘に対してイツォと距離を置くように告げる。
命の恩人とはいえイツォもトルコと政治的に微妙な関係のブルガリアの人間という理由で。
家族に連れ去られるように彼女はトルコに帰されていく。

イツォはトルコの女性にインスパイアされたかのように、
あらためて自分を見つめ直す。
ゆらぎのないイツォが放つ霊的にも映るエネルギーは克己心とすら言える。

一方ひょんな場面で再会したイツォと弟。
イツォは久々に実家を訪れて父と母(産みの母ではないようだ)も交えて食事する最中も、
弟を責めたりしない。
イツォの勇敢な行動を目の前で見た弟は目を覚ます。
タバコを潤滑油に高台の上ですがすがしい空気を吸いながら二人の心がゆっくりと通じ合う。

そして誰もが携帯なんか見て下を向いている場合じゃないとばかりに前を向いていくのであった。

ソフィア2

生活していれば避けることができない政治問題も絡めている。
ところどころで挿入されるニュース音声もそのひとつだが、
人種/民族の問題も映画の特性を活かした自然な形で溶け込ませている。

ブルガリアは東欧といってもヨーロッパの南東に位置する。
第二次世界大戦後は50年近くロシアを含むソ連の実質的な支配下だったことで知られているが、
南東に位置するトルコとの微妙な関係は根深いようだ。
トルコと言えば隣接するギリシャとの緊張関係が続いているが、
ブルガリアは14世紀末から20世紀の頭まで500年余り、
オスマン帝国(オスマン・トルコ)に支配されていたのだ。
イツォとトルコの女性の澄んだ関係も歴史から逃れられなかった。

イツォの弟が属した団体には、
SEPULTURAやニューヨーク・ハードコアのTシャツを着た男たちが集っている。
念のために言っておくとそういうバンドのほぼすべてがネオナチとは関係ないが、
その手の思想の人が気勢を上げるために聴くことは十分ありえる。
イツォの弟は頭を丸めたが、
必ずしもスキンヘッズ=ナショナリスト/レイシストではないし、
リーダー格の男はドレッドだ。
そういった“誤解”も含めてスタイリッシュではないからこそ逆にリアルだ。

そのレイシスト団体のアジトみたいなところではデス・メタルがかかり、
映画の中のライヴ・ハウスではメタル・ハードコアが披露されている。
そういった血の気の多い音楽を白黒つけるような場面で挿入したことで、
対極と言えるこの映画の骨子の“あいまいさ”を浮き彫りにしたようにも思える。
イツォを取り巻くデリケイトな人間関係を描く場面に挿入される音楽は穏やかなものだ。
地元のバンドのNASEKOMIXなどの、
ゆっくりと染みこんでくる音楽も絶妙である。

ソフィア3

イツォ役のフリストの素人と思えない演技力に驚かされる。
基本的にぼくは前情報をあまり頭に入れない状態で試写に臨むが、
見終わったあとにプレス用の資料を読んでびっくりした。
いくら自伝的な映画とはいえ俳優はそんなに簡単なものではないだろう。
だが分野は違えど映画も“アート”であり、
木工を学んだ芸術家ならではの天才的な直感で自己と向き合った。
特に声を荒げるわけではなく大暴れするわけでもなく存在感をそこはかとなく示し、
終始気だるげで落ち着いた佇まいの中に光る彫りの深い演技で迫るのだ。
監督をはじめとしてスタッフ全員が彼からエナジーを感じたこともうなずける。
イツォの弟役も恋人役も本作が映画デビュー作とは思えないほど迫真の演技だ。
特に後者の女性は実生活でもフリストの恋人だっただけに嫉妬のシーンのリアリティは息を呑む。

性的なシーンはほとんどない。
イツォをはじめとして存在自体がセクシャルだから、
機知に富む会話ひとつ取ってもプラトニックなエロティシズムに満ちている。
イツォとトルコの女性が放つ言葉も現実を踏まえつつ研ぎ澄まされていて美しい。
政治的なニュアンスを含みつつ普遍的な思いが込められていてイマジネイションに突き刺さる。

日本の地方都市の雰囲気も思わせるブルガリアの風景も味わい深い。
いわゆる名所をクローズアップするわけではなく、
舞台になったイツォの実際の生活の場を映し出すからこそ人間臭いのだ。
ほろ苦くobscure(ぼんやりした)な“詩心”に覆われた映像そのものも肯定的である。
穏やかな、しかし確かな意思が宿っている。
ストーリーの進行を忘れてしまうほどの鮮烈かつ侘び寂びも効いた映像がゆっくりと全身に焼きつく。
ぼくはアルコールが効いてきたかのように痺れていった。

英語のタイトルの“Eastern Plays”も意味深ではあるが、
淡いようで内なる炎が燃え続ける情熱的な作品だから、
『ソフィアの夜明け』という邦題は映画の本質を捉えている。
特にエンディングで活きた素敵なネーミングだ。
夜明けのしじまで静かなるカオスが息づく力強い映画である。


実のところ主演のフリストは映画のクランクアップ間際に他界している。
緊張感の連続の撮影が佳境に迫ってきて気持ちがゆるんでオーヴァードーズしたのか定かではないが、
クスリが原因だったという。
だがフリストの意志は『ソフィアの夜明け』のイツォの心と体で永遠に生き続ける。


★映画『ソフィアの夜明け』
カラー/1時間29分/日本語と英語の字幕付。
10月23日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開後、全国順次公開。
www.eiganokuni.com/sofia


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コメント

今頃?と言われそうですが、やっとDVDで観賞しました。観終わった後、不思議と力が湧いてきました。
カメラワークや役者の演技がとても力強く身動きすることさえ忘れて見入ってました。主人公イツォは私の友人と境遇や性格がすごく似ていて重ね合わせて観てしまいました。しかも恋人役の女性も本当の恋人だったんですね。彼女の演技も鬼気迫るものがあり、圧倒されました。
素晴らしい映画を観た後は何故か気持ちが引き締まります。
ところで、最近『バット・ルーテナント』のリマスター版DVDがリリースされてハーヴェイ・カイテルにはまってます。行川先生は観られましたか?

Chumbaさん、書き込みありがとうございます。
素晴らしい映画も永遠のものですから「今頃」というフレーズを飲み込んでいきます。身近な人と重なるのであればコクはさらに深くなりそうですね。主人公自身も映画そのものの物語だったようですし。
話題になりにくいブルガリア産ということもあるのか、過小評価されている感のある映画ですね。人間間のクールな距離感が気持ちいいです。ストーリーの面白さを超えた空気感に痺れます。映画は画と音と言葉の総合アートだから、グレイトだと身も引き締まります。
『バット・ルーテナント』は見てないです。頭に刻んでおきますね。

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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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