なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

Boris『New Album』

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成田忍(4-D mode-1)がミックスとサウンド・プロデュースを手掛けた新作。
むろん作詞・作曲はBorisで録音はfangsanalsatan(≒Boris)だが、
バンド・イメージの打ち出し方も含めて昔からセルフ・プロデュースに長けたバンドゆえに、
再びアルバムの音楽面を全面的に託したように思える。
J-POPともニアミスしつつ甘い毒で尖った質感のポップ・チューンで埋め尽くされ、
これまで小出しにしてきたポップ・センスが浮き彫りになって本質が表れた
実にBorisらしい高完成度である。

成田忍がBorisを素材に作ったアルバムにも聞こえる。
無我という言葉は似合わないが、
96年のデビュー作『Absolutego』が“絶対自我”だとしたら、
さらにその逆に進化したような作品だ。


アツオ(ds、per)はCHAOS UKへのトリビュート・バンドのタコスUKをやっていたような人だし、
タケシ(vo、b、g)はオランダを代表するハードコア・バンドのB.G.K.がフェイヴァリットだったが、
少なくても今回そういう色は完全に払拭されている。
ハードコアやデス・メタルやメタルコアなど汗の匂いたちこめる“ロックンロール”がロックだとするならば、
やっぱり本作はポップ・ミュージックに聞こえる。
だがかなり実験性に富んでいる。

曲ごとに凝った音作りが施されているが、
ニューウェイヴ以降のいわゆるUKロック・サウンドの流れを感じさせる。
四つ打ちを絡ませたエレポップのアップ・デート・ヴァージョンみたいな曲あり、
もやもやしたシューゲイザーなムードの曲あり、
エレクトロニカ風の音作りの曲あり、
ダブっぽい音像の曲あり。
トータルで耽美的なコーティングの“ヘヴィ・ポップ”だ。
個人的にはミュージック・マガジン誌のインディ・コーナーでも時々出会うようなトーンでもあるが、
むろんサウンド・プロダクションが突出している。

実際Borisはアート・スクール出身のヘヴィ・ロック・バンドでメタル畑ではない。
インテリやスノッブが毛嫌いする邪悪とか俗悪といった血筋のロックとは違う。
英国のシリアル・キラーであるマイラ・ヒンドリーの写真を初期のTシャツなどにデザインしたり、
“fangs”+“anal”+“satan”という言葉を昔から自主レーベル名などに使ってきているが、
昔からどこかポップな佇まいをキープしてきている。
ぼくがBORISに対して心底たじろぐほどヘヴィと感じていたのは
アツオがシンガー専任だった4人編成時代で、
ぼくが聴いた中では作品だとトリオになってまもなく作った『Absolutego』まで。
当時はBORISに対して“聴いていて偏重をきたすほど重い”みたいな文章を書いていたと思う。

もともと日本のMANGROVE Labelから98年出した2枚目の単独作である『Amplifier Worship』は、
長い曲中心でドローンもいっぱいだったが、
当時のBorisとしては異例だったエイト・ビートの疾走ナンバーといい蛙ジャケットといい、
ずいぶんポップになったなぁと感じたものだ。
紆余曲折を経ながらもそこからBorisはゆっくりと進んできた。
たとえば『Pink』はタイトルからしてポップだったし、
スタジオ録音のいわゆる前作『Smile』(98年)の日本盤は、
イエロー&ハート型くり貫きジャケットといい曲も半分ぐらいは完全にポップだった。
だから『New Album』は意外でもない。
ぼくからすれば遂にここまで到達!という感じなのだ。


その『Amplifier Worship』リリースの際にDOLL誌でやったインタヴューを思い出す。
DOLL誌掲載用にBORISが用意したメンバー写真が、
ワタ(vo、g、kbd)が一人だけ前面に出ていてアツオとタケシが奥に引っ込んでいるものだったのである。
それを見てアツオと話した際に、
もっとワタを前面に出すアピールをしていくようなことをほのめかしていた記憶がある。
確かに以降アートワークなどのヴィジュアル面で少しずつワタが目立つ見せ方になっていった。

ワタはヴォーカルに関して言えばずっとほとんど添え物だったが、
BorisがSUNN O)))と合体した2007年の川崎クラブチッタでのステージのラストを思い出す。
両者のコラボレーション・アルバム『Altar』ではジェシ・サイクスが歌った
アシッド・フォーク・ナンバー「The Sinking Belle (Blue Sheep)」を、
ライヴの最後にワタはたどたどしく壊れそうなヴォーカルで綴ってぼくの度肝を抜いた。
不慣れなことを取り繕わないがゆえの生々しさに驚いたその時の衝撃は以降薄れていったが、
それ以来彼女のヴォーカルが増えていった気がする。
『New Album』で半数近くの曲で歌っているのには驚いたが。
曲によってはフレンチ・ポップ風のコケティッシュな歌声は今回の作風にハマっている。


タケシが歌う疾走ナンバーのぼくの漠然とした第一印象は
GLAYやL'Arc~en~Cielの音楽のイメージだ。
普段自分で聴くことはないがGLAYは音楽もバンドのアティテュードも嫌いじゃないが、
それはともかく非武闘派で非ヘヴィ系のポップ&メロディアスな(元)ヴィジュアル系の香りなのだ。
アップ・テンポのポップな日本語エモ・ロックとも接点を持つだろう。
トリオ編成になってタケシがリード・ヴォーカルをとるようになってからのBorisの一つの売りでもあり、
かつては関西を拠点にしていたバンドのU.の後期(アルバムだと『Line』)の流れを感じさせた。
ただ今まで以上に
あえてそうしたと思えるほどヴォーカルの線が細めの仕上がりで、
“我”を消してポップの中に溶け込まされたようでもある。

“変わった!”“変わらない!”とかいう話も出てくるのだろうが、
色々なことをやりたいミュージシャン/バンドは同時期に色々なことをやりたがったりもする。
Borisが短期間で数枚リリースすることが多いのもそのひとつの表れだろうし、
だからBORISとborisを使い分けていわゆるスタイルの違う音楽をライヴでやってきたわけである。
灰野敬二もその時々で、ある意味やることが違うが、基本的にやっていることは一緒だ。
その灰野と97年にBorisがコラボレーション・ライヴ(後に抜粋してCD化)をやる直前あたりに、
アツオが「憎み抜きますよ」と言っていた言葉がずっとぼくの中に残っている。
ロック馬鹿にはわかりにくい屈折したような発言も最近は目につくが、
今回も音楽にまつわる用語もちりばめられた歌詞の中から浮かび上がる“愛”という言葉も、
素直な気持ちに思える音楽だ。

ここ数年のBorisのステージでギターを弾いていた栗原ミチオの不在によりライヴとのギャップも大きく、
サイケデリック色が薄くてポップなイメージが強まっているように思う。
ライヴでもリード・ヴォーカルをとる場面はあまりないが、
アクが強いアツオのヴォーカルが入ってないのも大きい。


昔はメンバー全員が出席していたインタヴューが、
最近はアツオ以外の発言をあまり見ないのは気になる。
アツオがこういう作りを楽しんでいるのはわかるが、
タケシとワタはどうなのだろうか。


★Boris『New Album』(tearbridge NFCD-27306)CD
20ページのブックレット付。


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コメント

賛否両論みたいですが

自分は好きです、今回のBorisのアルバム。
それから現在、成田氏の4-D(mode1)は復活しております。
2006年にソノシート、LPの音源集『Die Rekonstruktion』を皮切りに、2008年復活作『Rekonnekted』からライブ、マキシシングルのリリースを頻繁に行っていて、昨年は復活してからの第2作『DENKMAL』がリリースされました。

僕としては微妙と言わざるを得ないかなと・・・
彼らのポップ性やアート性はファンならば誰もが知っており
それを批判するつもりは毛頭ないのですが
どうにも音が“軽く”感じられてしまいます
単純に轟音が減ったとかではなく
音の核としての重さと言えばいいでしょうか・・・
異次元の高みに達したアイシスなんかに比べると
僕の心までは響いてこないです

書き込みありがとうございます。

>marblesleepさん、
やはりCDはプロデュースされたものなので、昨年のステージで数曲すでに披露している気もしますが、『New Album』の曲がライヴでどう“amplifier”されるか楽しみです。
4-Dについての詳細な情報にも感謝します。早速“(元4-D他)”→“(4-D mode-1)”と手直しさせていただきます。

>ゾーン・トリッパーさん
言わんとすることが伝わってきます。
微妙・・・なのは今回のぼくの文章にも表れていると思います。必ずしも“ポップ=軽い”“メタル=重い”でもないわけで、ポップ性やアート性を内包していても音が重く感じられる音楽(≒表現)もあるわけですし。
そういう音の軽さはプロデュースによるものかもしれませんが、こういう感触の仕上がりを多少なりとも狙って依頼したとも想像できます。Boris・・・特にアツオは綿密に計画立てて物事を進めてきている印象ですし。
確かに“音の核として重さ”・・・という観点でぼくは“ロック!”と言い切れない感じです。

フレアってNAHTみたいだなあと思いました。

書き込みありがとうございます。
確かにNAHT・・・もっとギターがメタリックでヴォーカルが英語+憤怒10割り増しになると『Narrow Ways』に近くなりますね。

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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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