なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『エッセンシャル・キリング』

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前作『アンナと過ごした4日間』も日本で浸透し続けている、
ポーランドのイエジー・スコリモフスキ監督による2010年の映画。
今回もまた一瞬たりとも目が離せない静かなるダイナミズムで迫り、
映画でしかできない深遠な表現に息を呑むストロングな傑作である。

共同で脚本も書いたスコリモフスキ監督は『エッセンシャル・キリング』を、
“シルベスタ・スタローン主演の映画『ランボー』と
(ロシアの)アンドレイ・タルコフスキの映画を足して割ったような作品“と語っているという。
確かにまるでタルコフスキが脚色した『ランボー』をスコリモフスキがプロデュースしたみたいだし、
序盤が『ランボー』だったのに
いつのまにかタルコフスキの『ストーカー』や『サクリファイス』に昇華されていくような作りなのだ。

主人公のムハンマドを演じるのはヴィンセント・ギャロ。
ミュージシャンでもあり『バッファロー’66』などを手掛けた映画監督としても知られている。
他にも色々な人物が映画の中に登場するが、
ほとんど彼の一人…いや“独り舞台”だ。
終盤では同じく歌手としても活躍しているエマニュエル・セニエが淡いアクセントとして一役買っている。

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冒頭の舞台はアフガニスタンの砂漠。
過激派の偵察活動を行なう地上の米国兵士をムハンマドはバズーカ砲の一撃で“殺害”する。
地上部隊と一緒に動いていたヘリコプターの米軍は一人で逃げ走るムハンマドを追いつめて生け捕り。
水責めの拷問を収容所で受けたムハンマドだが、
護送車で別の場所に運ばれる途中に運転のアクシデントで事故が起こったタイミングに“脱出”。
以降、中盤以降は深雪の森の中を逃亡するドラマである。

ときおり追っ手のヘリコプターが迫る中で隠れながら逃げまくり、
必要に応じて民間人を適宜“殺害”して移動しながらなおも逃げ続ける。
心身ともに傷ついて力尽きかけたところで一軒家にたどり着く。
そこには一人の“ろう者”の女性が。
銃を向けられながらも彼女はムハンマドを介抱し、
与えられた白馬にまたがって翌朝ムハンマドは最果ての地に向かう。

例によってストーリーはシンプルである。
だがやはりシンプルな物語だからこそ彫りの深い映像と演技と音で勝負。
奇想天外な展開やトリッキーな作りで策を弄する映画が子供っぽく映る圧倒的な重厚作品だ。

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セリフから察するに序盤はタリバン(タリバーン)を掃討すべく米国が動いているシーンだ。
タリバンは9.11の頃にアフガニスタンで政権を握っていたイスラム組織。
世俗的な娯楽を徹底的に禁じ、
学校教育の場から排除するなど女性に人権を与えない極端な政策を強行する。
“9.11”直後の米英らのアフガニスタン攻撃はアルカイダ/ビン・ラディン退治だけでなく、
タリバン崩壊を目指していたと解釈することもできる。
だが政権の座から落ちたとはいえタリバンは生き延びて今も徹底的に“個”を押しつぶし続ける。
諸々の問題を引きずるアメリカにとってはベトナム戦争以上の長期戦になっている。

ただし、ぼくには主人公のムハンマドがタリバンの一員かどうか断定できなかった。
一匹狼の“テロリスト”とも強引に解釈できる。
ともあれ国際政治はすべての物事の背景にある抜き差しならない現実だと思わせる導入部だし、
“殺害”を続ける主人公の名前をイスラム教の開祖とタリバンの最高幹部と同じムハンマドにし、
下卑たセリフを米兵に語らせているところに監督の思いも見え隠れしている気がする。
だが本作は政治の映画ではなくテーマは“彼岸の彼方”にある。

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スコリモフスキ監督は本作について
「私の興味は追跡にあり、
戦争や獣性、原初的な生存行動において
あらゆる人間は捕食者と被食者になりうるという主題の追求にあった」
と語っている。
さすが言い得て妙である。
“捕食者”と“被食者”はいわゆる食物連鎖だけでなく人間と人間の関係にも当てはまるが、
生存本能、自然の摂理、体制以前に人間を問う姿勢など、
『エッセンシャル・キリング』は“生”の根源的な問題を冷気であぶりだした。

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さりげないユーモアにも磨きを掛けている。
欲望に必死なシーンほど滑稽に映るのは『アンナと過ごした4日間』の主人公の中年男性と一緒だ。
木の実などの植物を食べるシーンはナチュラルに見えるが、
逃走中のムハンマドは飢えていたから腹ペコだから釣り師が獲った魚を奪い取る。
赤ん坊に母乳を与えている女に乳にもガツガツ吸いつくが、
だがそれは肉欲より食欲、
いや肉を喰らうという意味で真の“肉欲”とも言える。

スコリモフスキはヴィンセント・ギャロを
“動物の強さを表現できる俳優”
“自分自身の動物的衝動を役に取り込み、野性の生存闘争を完璧に演じきった”
と評する。
この映画は、鹿、犬、蟻、魚、もちろんヒト・・・“動物”がキーワードとも言える。
“生”のためにヒトを“殺害”して犬を“殺害”する。

そこで映画のタイトルの意味合いを考えてみる。
“本質的な殺し”であるが、
“絶対不可欠な殺害”とも訳せるではないか。
戦争やテロの類いも含めてなのか生き延びるのに必要な栄養を摂るためも含めてとも解釈できる。

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それにしても悲鳴こそ上げるが、
主人公ムハンマドのセリフは一切無し。
言葉に頼らぬハードボイルドである。
顔の筋肉と皮膚の軋みと震えで心理を表す。
そもそもコミュニケーションを取るような場面がとほんどない。
そもそも傷を舐め合う相手もいない。
独りだ。

深夜にムハンマドの夢の中で妻と子供の姿が
“アッラー”を含む何かの“教え”の言葉とともに“砂漠色”で立ち現れる。
なぜ俺はここでこんなことをしているんだ……と自問自答するシーンのようでもあるが、
家族はいるから孤独ではなかった。
だが冒頭のシーンからして“集団”ではなく“個”で戦っているムハンマド。
いや、この映画ではひたすら“孤”の戦いである。
まさにロックの常套フレーズのNowhere to run, Nowhere to hide, No Escape。
逃げも隠れもできない。
そんなムハンマドに終盤用意されたのが白馬。
精神的に追いつめられている人は終盤で救いを感じるのではないだろうか。

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音でも映画に引き込むスコリモフスキの手腕は健在だ。
ヘリコプターの音やチェーンソーの音などに加えて、
身が引き締まるオーガニックな音楽が静かに挿入される。
自然放熱する“アンビエント映画”とも言える本作にふさわしい。

過剰な演出もない。
高潔ですらある。
俳優の存在と冷徹な映像で語らせる。
序盤の砂漠のシーンから中盤以降の雪の森のシーンまで、
カラーだがモノトーンにも近い感触の映像の澱み無き流れに場の空気が変わる。
躊躇しない大胆なカメラ・アングルにも意味性抜きに殺られる。
なにしろ映像も音もストーリーも贅肉を“殺ぎ”落としている。
これだけ濃密にもかかわらずすべてが必然で83分無駄がない。
ストイックだからこそ目がつぶれるほど美しい。
過剰な感傷を排して余韻を残さずに終わるのもスコリモフスキならではだ。

イエジー・スコリモフスキ監督

実のところ5月下旬にスコリモフスキ監督は来日し、
“EUフィルムデーズ2011”イベントの一環で繰り広げた質疑応答の公開トークもぼくは体験した。
「ヴィンセント・ギャロは極寒の中でも頑張ってくれた。ギャラも良かったからな(笑)」とも言った監督。
本音と冗談のミクスチャーをポロリと漏らすそんなユーモア・センスにしろ
ちょっとやそっとでも動かない姿勢がモロに表れた↑のヴィジュアルにしろ、
まるでレミーと兄弟である。
今年の5月に73歳になってますます盛んだ。

そしてぼくは
“essentially killed”。
本質的に殺られたのである。


★映画『エッセンシャル・キリング』
2010年/ポーランド、ノルウェー、アイルランド、ハンガリー/カラー/英語、アラビア語、ポーランド語/1時間23分/35mm
7月30日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。
http://www.eiganokuni.com/EK/


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コメント

ギャロは昔の音楽でしか経験がないですが、かなりな名演のようですね。肉喰いですが、日本のいわゆる名も無き兵士達もそれをやり、生き延び戦っていた事実も思い出しました。Nowhere to run, Nowhere to hideってDRILLER KILLERも1stの?曲目で歌っていましたね(メインになってる曲間が痺れます)D-BEAT好きなんですけど、歌詞についてはもう少し意識したほうがいいと思う最近です。それが普通になってしまっていて侮辱にもなりかねないと思う時があります。

かくさん、書き込みありがとうございます。
肉食は極限状況では起こりえるとも思います。
DRILLER KILLERは気づきませんでしたが、「Nowhere~」はDISCHARGEが「Dooms Day」で歌っています。あとSEEDSの「No Escape」・・・これはCHELSEAもカヴァーしました。このへんのことを書くとまた長くなるので本文ではカットしました。
D-BEATものも一種のロックンロールみたいに歌詞も定番化しているのかもしれませんが、イージーな印象が強まっていて最近は新しいのをあまり買ってないです。

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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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