なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『果てなき路』

『果てなき路(みち)』は、
1932年ニューヨーク生まれのモンテ・ヘルマンが21年ぶりに監督した2011年の映画だ。
原題は“Road To Nowhere”で、
79才の老練を突き抜けたまさにトータルで“nowhere”な甘美のサスペンス作品である。
映画の中でもう一本の映画を見せるような作りによって、
映画でしか創造し得ない“迷宮”の世界へ誘う。

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映画制作現場を中心に物語が展開される。
米国人映画監督のミッチェル・へイヴンは、
“女性の怪死事件”が元の映画『Road To Nowhere』の制作にあたってヒロインを探していた。
そんなある日ミッチェルは映像上で一人の女性に出会い、
彼女が住むローマに会いに行く。
彼女は「ただB級ホラー映画に出演したことがあるだけで女優じゃない」と謙遜するが、
その日のうちにミーティングはデートに進み二人は恋に急落下。
彼女をヒロインに抜擢して撮影を進めていくうちに二人の愛は加速し、
みるみるうちに彼女も本格派女優に加速。
だが公私混同はなはだしい監督に対して他の出演者やスタッフの間から不平不満が漏れていき、
“多重の終末”へと静かに進んでゆく。

“映画は現実よりも奇なり”が“真実は映画よりも奇なり”へと表情を変えていく終盤。
プライベートの現場で“瀕死のトラブル”が発生し、
脚本にないインプロヴィゼイション(≒即興)でその模様を監督自身が独断で撮影。
まもなく監督は現場に立ち会えない状況に監禁されるが、
映画『果てなき路』の中で作られた映画『Road To Nowhere』は
残された者がそんな監督の姿も撮影する“ドキュメンタリー”もプラスして制作が続行される。

Road36Z.jpg

121分間で“3つの物語”を同時体験させる映画だ。
●映画制作プロセスを描いた『果てなき路』のいわゆる本編
●『果てなき路』のストーリーの中で作られる映画『Road To Nowhere』制作の舞台
●その『Road To Nowhere』の物語の元ネタになった事件
以上の“三重構造”である。

そういった調子で場面が入り組んでいるが、
作品全体の流れを損ねるから懇切丁寧な状況説明はない。
だがしばし“物語の迷子”になったとしても引き戻されてストレートに入り込んでいける。
未明の湖畔の光景も薄明かりの室内も
陰影美で目が覚める鮮やかな質感に仕上げた“映像力”と、
映画の中で重要性が語られる“キャスティング”の力で持っていかれるのだ。
大半を米国のテネシー州/ノースカロライナ州で撮影したにもかかわらず、
アメリカ解釈のヨーロピアン・テイストの気品に覆われているのもポイントである。

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ベテラン・カントリー・ミュージシャンであるトム・ラッセルの曲が適宜使われているが、
音楽は必要最小限。
派手なイメージもある映画制作も舞台にした作品とはいえ静けさに支配されたことで常に張りつめ、
現実と空想が入り混じったミステリー・ロマンスである。
“映画の中の映画”『Road To Nowhere』の監督ミッチェル・へイヴンが女優をスカウトした下りは、
モンテ・ヘルマンが『果てなき路』のヒロインのシャニン・ソサモンをスカウトした実話と、
たまたま見かけた女性を抜擢したという点でダブっている。
それ以降の話がヘルマン監督の実体験を踏まえた物語なのかどうかは謎だが、
映画制作の生々しい現場を表裏あぶり出した作品でもあることは確かだ。

Road27Z.jpg

監督と女優のスキャンダラスな関係が物語の軸になっているが、
“コトの前後”止まりなのは、
ダラダラしがちな“お楽しみシーン”の公開は不要だからである。
すべてスレスレで二人が交わったのかどうかもわからないし、
ベッドの上でDVDを一緒に見たとしてもセックスレスの関係だったとも想像できる。
過剰な生々しさを削ぎ落としたかったからにも思えるが、
その代わりに見せどころのツボを心得た女優たちのセクシーな姿態がアクセントになっている。
特にヒロインのシャニン・ソサモンを捕らえるカメラ・アングルは、
意識的に“覗き趣味”を反映させたかのごとくギリギリの露出で性感を刺激。
そういった“寸止め感”こそが最上級の蠱惑である。
本作とつながっている71年の映画『断絶』も一緒に見たある女性は、
「ヘルマン監督は女の人が男を狂わせる感じが好きなんでしょうね」と言っていたが、
そんな調子で見る者を幻惑していく映画だ。

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スクリーンの前で撹乱させるかのようなカオスは、
前述の“三重構造”の3つのキャラを演じる以前に一人の女性である、
本作のヒロインのシャニン・ソサモンが撮影中に抱えた心のカオスの“投影”にも映る。
監督の“愛人”になったことで撮影の日を追うごとに艶やかさが増したような彼女は、
ピュアに監督を尊敬していて愛しているようにも見える。
ただ監督が最初に彼女に「演じるな」・・・“素でやれ”というニュアンスのことを言ったように、
映画が進むにつれてどこからどこまで演じているのかがわからなっていくようで、
女優の宿命に殉じたかのようにも映る。

Road46Z.jpg

終盤は彼女が『Road To Nowhere』制作の“運命”を一身に引き受けて“2つの映画”に終止符を打つ。
エンドロールでスクリーンに広がるヒロインの顔と口のアップが続く映像は、
彼女が“イッた直後”で永遠に時間が止まったように見える。
英語にすればcome”であり“gone”でもある
“イッた余韻”をじっくりと味わわせてもくれる数分間だ。

そのエンドロール、
特に本作はそれが始まっても「あ、終わったな」と思って席を立たないように。
エンディングが3回もあるMOTORHEADの名曲「Overkill」も思い出す意表をつくエンドロールだ。
『果てなき路』は2つの映画のミックスだから執拗なのである。

原題の“Road To Nowhere”の和訳には色々な解釈ができようが、
“どこにも通じてない路”という直訳もハマる虚無な官能美に包まれた佳作である。


★映画『果てなき路(みち)』
2011年/アメリカ/カラー/121分/ビスタ/デジタル
2012年1月14日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開。
www.mhellman.com
(C) 2011 ROAD TO NOWHERE LLC


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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