なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『ヴィダル・サスーン』

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英国出身のヘア・スタイリストとして知られるヴィダル・サスーンのドキュメンタリー映画。
彼のことに無知な人に対しても説得力十分の驕り無しの切り口とパワーで迫る佳作である。

ぼくも使っていたぐらいだからヴィダル・サスーンと言えばヘア・ケア製品のブランド名で有名だが、
そのイメージで軽く見るとヤられる。
もちろんヘア関係の方が見たら触発必至だろうが、
美容に関心がなくてもまったく問題ない。
そんな一人であるぼくも、
“ハサミ一つで世界を変えた”この男性の強靭な物語に大いにインスパイアされた。
そもそもヴィダルはカルチャーを作ったアーティストなのだ。

拠点にしてきたロンドンとニューヨークとLAでのヴィダル本人のインタヴューを中心に、
様々な関係者の談話や彼との対談も織り交ぜ、
さらに昔のヴィダルの映像や写真やニュースフィルムなどもたっぷり盛り込んだ構成である。

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ヴィダル・サスーンは1928年英国生まれのユダヤ人。
ロンドンの下町イーストエンドで5歳から11歳まで孤児院で育ったことも大きく、
父親には捨てられた形だったが、
母親には「息子にはしあわせになってほしい」と願われて成長する。
子供の頃は第二次世界大戦中で母親は大変だったらしいが、
戦前戦後と反ユダヤの動きが激しくてヴィダル自身もロンドン周辺のユダヤ人排斥運動に抗い、
アイデンティティを確かめるべく1948年の第一次中東戦争の際にイスラエル国防軍に参加もする。

帰還後に有名美容師に弟子入りして修行を積み、
1954年にボンドストリートに自分のサロンをオープン。
定期的に美容院に通う必要があった従来のパーマとは違うスタイルを目指して試行錯誤を重ね、
1963年に女優ナンシー・クワンの髪を世界初のグラデーションボブでカットし、
それがVOGUE誌の表紙を飾ってヴィダルの名を広める。
1964年にはジオメトリック(幾何学的)カットの“ファイヴ・ポイント・カット”を完成させ、
スウィンギング・ロンドンのファッション・シーンをリードしつつ
翌年アメリカ進出する。

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映画関係とのつながりも広がっていって特にロマン・ポランスキー監督とは何かと縁があり、
『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)ではミア・ファローノの髪をカット。
1969年には美容学校“ヴィダル・サスーン・アカデミー”を設立して世界中から人が集まる。
1973年にはヘア・ケア製品を開発し、日本での売り上げが一番だったという。
以降もずっと前進して活動の内容を広げ、
2005年に米国ニューオリンズ周辺を襲ったハリケーン・カトリーナの被災者のサポートなど、
プログレッシヴな生き方を続けている。

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ヴィダルは常にユニークな発想を心がけ、
いかに変革するかを“一人”で考えた。
もともと建築家になるのが夢でドイツのバウハウスの建築からインスパイアされ、
ヘア・カットに活かして斬新なスタイルを創造。
音楽でもよくあるように、
“別ジャンル”とミックスした一種の“クロスオーヴァー・アート”を押し進めたからこそ
新しい表現が生まれ得た。
いちおうお客の希望を聞きつつ、
お客の頭の形などを読んで基本的にはサスーン自身のアイデアでカット。
周りの人間は
ヴィダルが髪をカットしていく姿を“動くアート”“パフォーマンス”“ダンス”と評する。
実際過去の映像を見るとカッコイイ。

なにしろ確信に満ちたヴィダルの語り口が実にパワフルだ。
特に大声で話すわけではなく落ち着いた口調だが、
言葉のひとつひとつが力強くて揺るぎない。
美容師としてハサミを握って接客していた頃からトークの経験を積んでいるだけに、
人をひきつける話術も素晴らしい。
言うことがホントいちいち的を射ている。
「お客と寝てはいけない」と美容学校で教えたのも自分が女性にもてまくったから言えるセリフだが、
それはともかく含蓄のある言葉の連射に打ちのめされ、
本をよく読むかなりの勉強家というのもうなずける。

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ヴィダルの人生は努力に裏打ちされている。
若いころに訛りは仕事上マイナスということで美しい英語の発音で話せるように学び、
“他人が9時-5時ならば14時間働かないとダメだ”という姿勢で常にやってきた。
向上心の塊だが、
苦行みたいな生き方に見えないのはハードな時間も楽しんでいるからだ。
14歳のときからチェルシーFCのサッカー観戦に通い、
チームの大切さを会得して仕事に活かす。
身体は精神に影響するということで食べ物にも気を遣って健康を維持し、
自分でもストレッチや水泳などで身体を鍛えてきている。
この映画の撮影当時の姿も82歳とはとても思えない輝き。
もちろんオシャレのセンスも文句無し。
いつまでもフレッシュなんである。

子供の頃の苦い思い出がトラウマのようになっている反動か、
家族に対して特別な思いがあるようで、
自分が作った家庭を大切にしていた。
夫婦揃ってテレビ番組のホストを務めるようにもなったが、
離婚。
そして長女の不幸。
だがあらゆるふしあわせは受け入れて乗り越えていかねばならないとばかりに前進した。

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監督のクレイグ・ティパーはこれが初の劇場用長編作とのことだが、
映画全体のスピード感が非常に素晴らしい。
語りのパートも多いにもかかわらず、
インタヴューと昔の映像との組み合わせ方があまりにも絶妙なのである。
ドキュメンタリー映画が陥りがちの説明的な作りに陥らずにリスミカルなのだ。

昔からマーラーやマイルス・デイヴィスを愛したヴィダルの趣味をポップに活かし、
その時代時代を表すモダンで洒落たポピュラー・ミュージックを使った音楽でも気分を高める。
なつかしのフィルムだけではなく新たに撮影したシーンでも適宜モノクロにし、
カラーと組み合わせてメリハリがある。
視覚的にも飽きない作りの映画だが、
ヴィダル以外の関係者の話もみんな興味深い。
とりわけ60年代にヴィダルのヘア・スタイルと共振するかのごとく
ミニ・スカートのほかにも次々と作品を生んだ、
ファッション・デザイナーのマリー・クワントとの対談が見どころである。
二人がお互いに「あなたがやった」というような会話をしているが、
ヴィダルは間違いなく女性を解き放った。

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エネルギーが放射されてパワーが出てくるエキサイティングな映画である。
個人的な話をすると
パーマをかけていたこともある二十代の頃はよく美容院で手入れしてもらったが、
もう20年以上行ってなくて腰まで伸ばしっぱなしだ。
久々に髪をちゃんとカットしてもらいたくもなった。

「目の前の現実をチャンスに変える」
すべてはそこから始まる。


★映画『ヴィダル・サスーン』
2010年/米国/91分
5月26日(土)、渋谷アップリンク、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館ほか、全国順次公開。
http://www.uplink.co.jp/sassoon/


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まとめteみた.【映画『ヴィダル・サスーン』】

英国出身のヘア・スタイリストとして知られるヴィダル・サスーンのドキュメンタリー映画。彼のことを無サスーンと言えばヘア・ケア製品のブランド名で有名だが、そのイメージで軽く見るとヤられる。もちろんヘア関係の方が見たら触発必至だろうが、美容に関心がなくてもま...

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プロフィール

行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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