なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

映画『ギリギリの女たち』

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『愛の予感』『春との旅』などで知られる小林政広が監督と脚本を手がけた映画である。

東京都出身ながらも宮城県気仙沼市唐桑町に居宅を持つ小林が、
2006年に書いた脚本を東日本大震災の被災地の復興を願いながら再構築し、
昨年8月に地元で撮影。
出演者は、
長女・高子役の渡辺真紀子、
次女・伸子役の中村優子、
三女・里美役の藤真美穂だけ。
震災後に実家で15年ぶりに“邂逅”した3姉妹の確執を生々しく描きながら
未来を見据えた佳作である。

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時は2011年の夏。
気仙沼市唐桑町の一軒家の実家に、
ニューヨークで舞踏をしているダンサーの長女がまず帰ってくる。
多少物は置かれたままだが殺風景な家の中を“物色”しているところに、
東京で主婦をしていた次女が帰ってくる。
言いたい放題の噛み合わない会話をしているところに、
しばらく定住はしてなかったとはいえ一人で家を守ってきた三女が現れる。
自分を取り残して好き勝手なことをしていながら突然戻ってきた二人に姉に対し、
三女は15年分の怒りを爆発させて「さっさと出てけ!」と迫る。

三人それぞれが近況を話しながら言い分を叩きつけていくうちに、
長女が断続的な頭痛の末に倒れる。
一時“休戦状態”になり、
父親の思い出話、
次女の東京の賃貸マンションの前まで行ったにもかかわらず訪ねなかった三女の話などで、
心が打ち解けていくようにも見える。
だが話を聞いていくうちに次女の“甘え”が鼻についた三女は「とっとと死ね!」と激昂。
そんな最中に長女の姿が見えないことに気づいた二人は浜に向かう。

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まず独特のタイム感を醸し出すカット割りに引き込まれる。
冒頭の35分がワン・カットで、
トータル101分間で28カットという大胆な作りによって
静謐な時間の流れがより濃密なものになっているのだ。

プライドが高くて口が悪いだけでなく病気で倒れた父の介護をするなど実は責任感がある長女、
クールに見えて“おセンチ”で涙もろい次女、
洞察力も生存力も十分な自称“のら猫”の激情家の三女、
といった具合にキャラがはっきり分かれている三姉妹の演技力も大きい。
カット数が少ない作りゆえに要求される一刻一刻真剣勝負のエナジーの持続により生命力も溢れている。
いわばほとんどが“ライヴ”なのだ。
時間が進むにつれて3人の表情が明らかに変わってくるところも見どころで、
意識の流れが目でもわかる生々しい心理描写が素晴らしい。
声の震え具合で露骨に心情吐露をする三人の役者魂にも感服する。

そういった強烈な演技力だからこそ色々と深読みもできる。
監督の意図と違うかもしれないが、
ぼくが感じたことを書かせていただく。

たとえば二人の姉はヒトのエゴを集約したようにも映る。
一方で責任を背負わされて逃げられず地元に一人留まって“家”を守ってきた三女は
ずっと貧乏くじを引いてしまったと思っていたのかもしれない。
「自分の勝手で地元を捨てたくせに・・・今さら何? 調子よすぎない?」
とすら思ったのかもしれない。
そのうえ男関係も含めて自分を棚に上げた“不幸自慢”をする二人の底意地が透けて見えて、
すべてが“免罪符”のための行動に思えたのかもしない。
なぜなら得意げに放つ“自慢話”はうっとうしいだけだから。
どんな人間にも一人一人違うかたちで不幸があるわけだし、
無数の深手が刻まれた人間はギリギリまでその愚痴を爆発させない。
ズタズタになった”はらわた”の血をぶちまけるかの如く「ふざけるな!」と海に向かって叫びまくる
三女を見て思った。

確かに三人とも“会わない間にどれだけ苦労してきたか”を他の二人に叩きつける。
だが“不幸自慢”の映画とは次元が異なるし、
むろんイージーな“家族の絆”礼賛ものでもない。
そんなもん完全に突き抜けている。
グレイトな映画のすべてがそうであるように
やはり映像そのものがすべてを言っている。
静かなようで実はエネルギッシュ&パワフルな映像力に魅せられる。

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その核はもちろん表現がチャーミングな三姉妹。
会話もポイントの映画だが、
多少なりとも終始張りつめた三人の顔つきや行動のひとつひとつに“ギリギリ感”がよく表れていて
まったく飽きることがない。
次女がワンピースのまま海に入ってはしゃぐシーン、
仮設住宅そばの公園のブランコに乗って次女と三女が延々と会話するシーン、
波止場で三人が揉み合うシーン、
家の前で三人がおにぎりを食べるシーンなど、
喜怒哀楽の振幅の激しさにおんなを超えて人間を感じる。
家屋や風景などが“すっぴんのまま”映りこんでいてゆっくりとリアルに迫ってくる。
なにしろすべてが呼吸をしているみたいなのだ。

カット数が少ないだけに見られる風景は限られているが、
変化に富む景色は必要ない。
限られたひとつひとつの風景が詩情となって鼻をくすぐる。
震災後ということを意識的に強調することはなく、
瓦礫などはナチュラルな感じでカメラのレンズに入ってくるだけ。
悲劇を“売り”どころか、
ストーリーの“きっかけ”にはしても“ネタ”にもしてない。
だから普遍的な視点でも見ることができ、
たとえば予備知識を与えずに外国で上映されたとしても少なからず静かなる感動を呼ぶだろう。
セリフがわからなくても
ある種の空漠感は映像力と演技力で持っていくのだ。

音楽がまったく使われてない点も特筆したい。
三人の声の“ノイズ”や山と海の“調べ”だけで十分。
他に何も必要ない。
人畜無害の綺麗なメロディも必要ない。
ゆっくりしたリズムがあるから。
静かなヴァイブレイションがあるから。
作品全体に鼓動が鳴っているから。

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「決めた! 前向きにいきなくちゃダメ。
女ってのは過去にとらわれない生き物、めそめそしない生き物。
古代の昔から女ってのはそういう生き物。女々しく過去を振り返るのは男だけ。
あ、みんな忘れた! 全部忘れた!」
「生きる! 働く! また男つくる! 子供産む!」
三姉妹とも生き様は違うが、
女性ならではのそんな言葉の連打を聞くと
ちょっぴり泣けて元気になる。

道は自分自身が切り開くしかない。
けどたとえ仲良しでなくても“きょうだい”を含めて“仲間”がいたら
醜いところもすべてさらけだしてぶちまければ開かれるものもある。

必要以上に家族の大切さが喧伝される昨今だからこそ、
“身内”に対して「さっさと出てけ!」「とっとと死ね!」といった
ヘイト・フィーリングに満ちたナマの言葉の連呼も痛快だ。
だからこそぼくはいわゆる“震災後”の表現の中で最も誠実な作品の一つと言い切れる。


★映画『ギリギリの女たち』
2011年/101分/デジタル
7月28日(土)より、ユーロスペース、シネ・リーブル梅田他、全国順次公開。
<公開中、三姉妹に限らず女性三名でご来場の方は、お一人様当日料金1,000円で本作をご覧頂ける
“女性三名割引キャンペーン”の開催も決定>とのことだ。
http://girigiri-women.com/
(C)2011 モンキータウンプロダクション/映画「ギリギリの女たち」製作委員会


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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