なめブログ

パンク/ハードコア/ロックをはじめとする音楽のほか映画などにも触れてゆくナメの実験室

FOOL’S MATE 東條雅人さん(R.I.P.)

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10月3日のライヴの開演直前にDIWPHALAX Recordsの人と話をしていて、
たまたまFOOL’S MATEに話が及んだ流れで訃報を聞いた。
亡くなられたのは先々週の末のことだったという。
一気に重くなった。

正確な死因に関しては何とも言えないが関係者には亡くなったことが通達されたらしいし、
親しかった思われるGacktらもブログで言及しているから問題ないと察して、
ぼくも書かせていただく。


ミュージシャンが亡くなったら誰であっても多かれ少なかれ残念な感情にはなる。
けど何度もインタヴューしたとしても一緒に飲んだとしても、
たいていの人の死に対してはわりとクールに受け止めてしまう。
自分では過剰なほど感情的な人間だと思っているにもかかわらず。
ただ“仕事”を超えて深く親密な関係が築けていたと思うバンドマンの場合は話が別だ。
95年に自殺したSxOxBのトッツァンもそうだった。
原稿が書けなくなるほど重くなる。


もちろん仕事関係、
特に年下で単なる原稿のやり取り以上の付き合いをしていた人の場合もつらい。
10年ほど前、元ミュージック・ライフ誌の編集の方が薬の誤用で急死したときもそうだった。
彼女のときはぼくにしては珍しく御通夜にも出向いたほどショックを受けた。


FOOL’S MATEの編集部の東條さんとの出会いは確か93年のこと。
ぼくがミュージック・マガジンに書いたデス/ドゥーム・メタル特集の記事を読んで、
「良かったです! ウチでも書いてもらえませんか?」といきなり電話が来たのだ。
東條さんが基本的にはメタルの人間だとはいえ、
他誌を熱心に読んで感想を言ってくれたことに感激してもちろん快諾。
最初の原稿依頼はHELL CHILDのインタヴューだったと思う。
それから現H.G. FACTの佐藤くんなどの他の編集部の方からも連絡が来て、
FOOL’S MATEで色々書くようになった

以来、東條さんからは数え切れないほど話をいただいた。
他誌も含めてたぶん最もたくさん原稿依頼の電話をしてくれた編集者の一人だと思う。

ぼくの場合、自分から「このバンドにインタヴューしたいです」とリクエストすることはあまりなく、
編集者の方が持ってきてくれた話を受けるパターンがほとんどだ。
だから編集者の方は自分とバンド/ミュージシャンと間を取り持ってくれるという点でも大切な人である。
実はさきほどまで伊藤ふみおの最新インタヴューの起こしをやっていて、
彼が歌っていたKEMURIもそのひとつだったと記事にまとめながら東條さんを思い出した。
どれだけたくさんのバンドを東條さんが引き合わせてくれたのだろうか。
そういう意味でも感謝に堪えない。


インタヴューの話は原稿依頼が他誌とダブったり気乗りがしないと断ったりせざるを得ないのだが、
すると次回からそのバンドの話が来なくなることもある。
でも東條さんは懲りずに「行川さんにやってもらいたいのです」と何度も熱い電話をくれた。
それはホント口説きにも近かった。

自分で言っていたが女性的……それはマメでこまやかな気遣いに表れていた。
なにしろ誠実でピュアで情熱的。
惚れ込んだバンドに対しての態度もそうだった。
たとえばBRAHMAN。
どんなに誌面が変わろうと最期まで、
新しい作品が出るたびにページを割いて自分でインタヴューを行なって記事にしていた。
ヴォーカルのトシロウも東條さんの熱意に応え、
いくら雑誌の“カラー”が違っていようが積極的に登場していた。

ここ数年ぼくが書くことはなかったにもかかわらず毎月FOOL’S MATEを送ってくれた。
それを読むとインタヴュアーとしての東條さんもいい味が出ていて、
場の空気感が伝わってくる記事にまとめられていた。
アーティストが心を開いていたことがよくわかる。
とりわけ恒例になっていたGacktとのやり取りはリズム感が面白くてよく読んだものである。


最後に会ったのは2年ほど前。
OUTRAGEのライヴのあとにクラブチッタ川崎内で行なわれた打ち上げの席だった。
OUTRAGEとの間の“仲人”になってくれたのも東條さんだ。
その日ヴォーカリストに復帰しかかった橋本直樹も含めて最初の出会いのときのことも3人で話をしたが、
さらに「癌かもしれないから検査を受けているんです」みたいなことを告げられた。

それから約1年後、
つまり今から1年ほど前に言葉をかわしたのが最後の会話だった。
DOLL編集部の山路くんから「連載原稿の“Viva Hate”があと3ヶ月で打ち切りとされました」と言われ、
その文中に“余命3ヶ月と告げられ”と書いたのを読んだ東條さんから電話。
しかも深夜だ。
ぼくが余命3ヶ月だと思って心配であわてて電話してきてくれたのだ。
感激して涙が出た。


東條さん、長いことおつかれさまでした。
安らかにお眠りください。


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行川和彦

Author:行川和彦
                                             Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)
を発表<いずれもリットーミュージック刊>。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、プレイヤー、ギター・マガジン、ベース・マガジン、クロスビート、EL ZINEなどで執筆中。
                                

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